第118話「数選抜」
前回のあらすじ
・エイビスからシャルルフォーゼへの話を聞こうとしたが、ロビンの訪問により失敗した。
悪くない朝だ。思わず抱き枕で寝てしまったけど、案外柔らかいもんだな。まるで水が固まっているみたいな感触だった。今度からはこれで眠ろう。
もう一度触れてみよう。本当に柔らかいな。あれ、こんなに長かったっけ?
布団がめくりあがり、人の姿が見える。銀髪の彼女は顔を真っ赤にして拳を構える。血の気が引いていく。エイビス、冗談だと言ってくれ。
「シ・オ・ン~?」
「待ってくれミカロ! エイビスも昨日いたんだ。きちんと隣のベッドで寝ているところを見ているはずだ」
隣のベッドに厚みはない。どこに消えた。ある意味で彼女も裏切り者だ。
「問答無用っ!」
まるで両手斧をくらったような鉄の一撃。今は眠っていた方が幸せだ。横になったまま静かにしておこう。
「ふんっ!」
分かっていたと言わんばかりに扉の開く音。きっと聞いていたに違いない。
「シオンさま、今大きな音がしたのですが。ミカロ、どうしてあなたはそう暴力を振るうのですか」
「知らない。シオンに聞いたら?」
「そうでしょうか。わたくしにはその顔を見ているだけでどのように思っているのか分かるのですが」
「……通して」
「はい、ごゆっくり」
幸いにもミカロがお風呂に入ったのなら、そこまで時間も厳しくないはず。しばらくは彼女と追究するには十分だ。
「エイビス、どうしてあんなことを? ミカロがデリケートなのは知っていると思いますけど」
「確かにあの場で起きていたのはシオンさまを除いてわたくし一人でしたが、起きたときの状況が少し奇妙だったように思います。それに星を使っていてもわたくしにシオンさまを持ち上げる腕力には足りておりませんので」
「そうだね。ごめん、なんだか困惑しているみたいだ。エイビスが僕らを崩壊させようとする必要もないのに」
「わたくしこそ真相がわからず申し訳ありません。できることならわたくしがシオンさまのお隣で添い寝させていただきたいほどですもの。気になるところですが、一足お先に失礼します。セプタージュでまたお会いしましょう」
エイビスは礼をし、部屋を出ていく。わざわざ彼女がするはずもない。言っていた通りミカロのベッドに忍ばせるくらいなら、いつものように自分が入りこんでいるのも確かにうなずける。
とするとシェトランテが仕掛けてきたのか? それにしては手口が面倒だ。カードキーぐらいは確かに解除するのはお茶の子さいさい、荷物を運んでいたロボットで僕も持ち上げるのには難しくないだろう。それならエイビスが起きているはず。前に喉が渇いて水を飲んでいたら、明かりも点いていないのに彼女は僕に話しかけてきた。熟睡できているのか心配だけどそれだけ緊張を張り詰めている。気づかないとは考えにくい。
シャワーの音が聞こえなくなると、ミカロは僕の元へと姿を見せた。まだ気に入らないのか、目を合わせてくれない。
「あの毒、エイビスが治療してくれたの?」
「うん、偶然にも居合わせてね。おかげでミカロも元気そうだから安心したよ。エイビスがいなかったどうなっていたことか」
「そっか。シオン、今日は私誰かと違う部屋で眠るかもしれないからよろしく。お互い頑張ろうね」
足早に準備を整え逃げるように外へと出ていく。そりゃ後ろから抱き着かれていると思いだしたら寒気もするだろう。見ているだけでも辛いらしい。
行くか。心は自然と扉を閉めたまま動かない。
入り口を寂しく出ると、目の前にはロビンさんの姿。昨日が過ぎればそれだけでよかったんだ。両手を揃えて前に出す。
「その手は止めてほしい。私はシオンを捕まえに来たわけではないからナ」
「え、そうなんですか?」
「だだ聴取だけに関しては必要と言わざるを得ないナ。課題が終わったら指示した場所まで集合してほしい、構わないナ?」
「はい、わかりました」
課題の集合場所は一日目と同じ広場。仮面の男が待つように壇上から空を見上げている。絶対に熱いと思うが。
「今回はまず闘技場を個人で自由に選択しその場所へと向かってもらう。課題については移動した後に説明する」
仮面の男が下がるとデバイスに闘技場の選択画面が表示された。七つから一つを選ぶだけ、そんなはずはないよな。あるとすればバトルロイヤルか。
「ここは全員別々の闘技場になるようにしましょう」
「バトルロイヤルだといいけど、たぶんそうに違いないよね」
「異論はない。例え相手になっても文句は言うなよ」
「もちろんですよ」
せっかくだから七番を選択しておこう。本来なら幸運な数字だが、星でいえば曰く付きに変わってむしろ選びにくいものだ。三人も僕とは違う数字を選び終えると、闘技場の正面に移動していた。シャルルマーナさんと同じ能力を持った人物がセプタージュにもいるのか。
後ろから足音。どうやらこのアンラッキーナンバーを鑑みたのは僕だけじゃないらしい。
「この数字なら一人でバトルロイヤルを呑気に見ていられるかと思ったが、やはりお前か。そういえば頂点に立つと約束していたことを今思い出した。ここに来たのもうなずける」
「F.Zさんも佳境を選ぶほど困っていたんですか?」
「さてな。信用が定まらなかっただけだ」
その割には僕に笑顔を向ける。やれやれ、話をするのが面倒になってきた。
振り向く正面にはこちらに跪く、いや見上げている石像。困ったことに憶えがある。日よけにはぴったりでうれしいが。
「いつまでそのままでいるんですか、炎帝さん?」
煙を散らした先に人の影。いつものように布の類は見られない。彼女の姿だけは見ても緊張しないのは気のせいだろう。
「ここなら他の輩と出会えると思ったものの、なぜこうも引き寄せる。まさか転移を操作したのか?」
「それができたら苦労しませんよ」
そうだったらチームが3人のはずがない。僕以外に困惑を抑えきれない5人がいるだろうが、簡単にはズルできないみたいだ。
空から揺れ落ちる便箋。取ろうと飛ぶも、すまし顔で炎帝が行く手を塞ぐ。人の造形物を持つには不便な手でそれを掴み、わざわざ煙をまた撒いて開く。
「一度しか言わんからよく聞け。これからは各チーム対抗でバトルロイヤルを行う。参加人数は自由だが、それで圧勝できる形式とは異なる。交代は敵1人撃破で1度可能となる。だそうだ」
バトルロイヤルか。他は考えても意味がない。それに他のチームもおそらく僕らと同じ人数で来るはずだ。
待機場のカウントがゼロとなり、光が包んだ先には大きな会場ステージ。全体の人数を見ると小さく思える。八割方が初期メンバーか。おまけに五つにしか人がいない。辞退なんて冗談ではなさそうだ。
「数選抜、開始!」
合図と共に待機場が沈む。揺れが収まるなりシェトランテは珍妙な機械を右手に僕を見て笑う。体が浮かんでいく。
「うじゃうじゃして面倒なのよ。おとなしく消えてくれるかしら?」
袖に刺さった剣。鮮血に思える模様が炎帝の小指にも。さすがに対応が早い。
「何をゆったりしている。あの装置を壊す」
「勢いも奪われている。しょうがない、任せい」
足は糸のように伸び、石へと変わる。石像へと変化したときには重力は消えていた。二人を囲み、彼らは武器を構える。シェトランテはカモフラージュをしたのか。
その割に僕への人員はやけに少ない。手を狙い定める男と紫髪の彼女が刀を構えているだけだ。
「お前の手助けをするわけではない。狙いがこいつであるのなら貴様も敵だ」
「生意気な口をきくな。そんなに倒したいと言うのなら、とどめくらいはくれてやろう」
「わかった」
納得するのか。挨拶代わりの散弾。狙いは浅いが列状の攻撃となると相手の動きに集中できない。僕の性質を理解してか、影で足を抑えようとはしない。代わりに足を直接狙い、片足になった途端ヒラユギの刀手だけが目の前に姿を現す。
後退し距離を取る。ここまではフェテルゼウスさんの思う通りだ。彼女は僕に目を合わせる。
風弾を背に彼女の元へと駆け出し右手に飛び乗る。
「炎帝!」
髪が重力に引き付けられるほどのスピードで上昇し、火を纏う。両手斧を最下点に急行下。炎帝さんも拳を振り上げる。
「炎宴!」
急いで反対側へと移動する。スピードは徐々に遅まっていき、進まない。そこにまた鮮血の剣が袖を貫く。
彼女が剣で押し直すと、人数は少なくなっているけれどあまり変化は見られない。それくらいでやられてくれるみんなじゃないか。
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