第117話「安堵」
前回のあらすじ
・シャルマーナのおかげで部屋に逃げ込めた。
・ミカロの解毒に成功するも、エイビスが部屋に入ってきてしまった。
扉を素早く開閉し、エイビスに姿を見せる。傷はないようで安心だ。
「捕まったはずじゃ?」
「全ては鎮圧のためですわ。事情聴取を終えるとすぐに釈放してくださいました」
エイビスの目線はベッドへと移っていく。その道を遮ることなく譲ると彼女はミカロに毛布をかけた。何も言ってくれないのが少し不気味だ。
「毒をやられたみたいなんだ。できるだけ抜いてあると思うけど、エイビスから見てどう思う?」
「血清が必要な事態ではないと言えます。体中に力も入っていませんし、問題ありません。さすがシオンさまですわ」
「そんな器用にはできないよ。波動が上手く起用してくれたおかげで助かったけど、口で吸収したって聞いたらミカロ怒るだろうな」
「彼女なら顔を真っ赤にしそうですが、そこはシオンさまにお任せいたします。人を思いやる心を無下にするほど、彼女は強欲ではないことを知っていますでしょう?」
「そうだよね。ありがとう、エイビス」
「いえいえ」
素直に話せたけど二人の顔を見られない。エイビスが言っているように文句が来るはずもない。正拳の一発は来るかもしれないが。それがミカロなんだ。不安になる必要もない。
「無事だとわかったら疲れが出てきたみたいだ。お風呂に入ってもいいかな?」
「はい、ミカロのことはお任せください。と言ってもわたくしがいるとむしろ困惑しそうですが」
「ありがとう、助かるよ」
「ごゆっくりとお過ごしください」
風呂のときは小一時間ぐらいかと思ったが、夜になってもミカロは目を覚まさない。心臓は確かに脈打ち、呼吸も行われている。僕が記憶を取り戻したときもこんな不安を心に抱え悶えていたのか。大丈夫だと分かっていても心が落ち着かず、意味もないのに歩いてしまう。
エイビスは僕に紅茶のカップを差し出す。
「焦っても仕方がありません。落ち着いてくださいまし」
「ありがとう。とはいえなんか不安なんだ。上手くいっているかどうかも納得できなくて」
「心配ありませんわ。シオンさまがどれほど素晴らしい方なのかはわたくしたちが一番良く知っていますもの。それにミカロも疲れて眠っているだけなのかもしれませんし。わたくしでもなかなかここまで和らげるのは難しかったですから」
お世辞ってわけでもないのか。確かに血清を使っても毒は残る。けれどそれは体で十分に抵抗できる量だから気にならない。吐き出したとはいえ、全部を吸いきったような気もする。うれしいが、やっぱりエイビスとの距離は毎回近い。手を挙げるだけで触れてしまいそうだ。
「すみませんシオンさま。近づきすぎましたね」
「あ、ああ。そうだね」
今回はえらく素直な反応だ。心を読む能力でも身につけたのかな?
「昨日はありがとうございます、シオンさま。おかげでやっと恩返しができました。まだ十分にできてはいませんけれど」
「こっちがお礼を言いたいくらいだよ。おかげでシャルルフォーゼさんを見つけられたからね」
せっかくだから聞いておくか。ちょうど暇だし、さすがに夜までは拘束されているわけではなさそうだ。
「エイビス、聞きたいことがあるっ」
タイミング悪くなったベルの音。こんなに時間が経って兵士が押しかけてくるとも思えない。ミカロを運んでからすぐにカーテンも閉めたから見ていられたわけもない。シェトランテがわざわざ伝えるのも矛先違いだ。とすればセインかウルカさんあたりか。
立ち上がるとエイビスは首を振り、彼女がドアアイに目を近づける。風呂場に隠れておくか。裸と言い張ればさすがに近づくまい。扉を開けると女性の声が聞こえてきた。聞いたことがあるような気もするけれど、名前が出てこない。
「はい、伝えておきます。それでは」
エイビスが扉を閉め、顔を見せると彼女はほっと胸をなでおろす。上手くいったか。相変わらず自分のペースにもっていくのが上手いや。
「誰だった?」
「名前は知らないのですが、一人は今日の課題を説明してくださった方でした。シオンさまのことを心配しておられたようですが、さすがですわ。もうセプタージュの関係者と交友をお築きになっていらっしゃるなんて」
「偶然だよ」
まさかロビンさんが来るとは思わなかったな。いや、彼女だからこそか。僕も出ようかと思ってしまうくらいの油断は生まれていた。現場慣れしている。エイビスがいてくれて助かった。明日は不安だが、セプタージュをわざわざ遮ったりはしないだろう。
「シオンさまはまだ戻ってきていないとお伝えしましたが、監視カメラで確認されるのは時間の問題かと」
「いや、それはないよ。僕はある人のおかげで直接ここに送りだされたんだ。カメラには何も映っていないと思うよ」
「そのような方までご友人に? わたくしも頑張ります!」
「いや、友人じゃないさ。きっと裏切ってくる。今のうちに餌を撒いておいて、信用を勝ち取ろうとしているんだ。それにバルフリートさんと協力しているからそんな関係には慣れないと思う」
「そう、ですか」
少し残念そうだ。確かに瞬時に遠くまで移動できる能力は強いし、魔法攻撃も簡単にはかわせない。シェトランテの友人ではないにしろ、いがみ合っているだけで協力関係になるのは難しくなさそうだ。
何よりここへ移動させることができたのが証拠だ。ミカロが言っていたけど転送する場合はその位置にマーキングするか、既に空間の配置を認知している必要がある。シェトランテの差し金だろう。警告とはずいぶん行儀がいい。
本当に眠っているらしい。ミカロもこんな風にため息をついたんだろうな。そろそろ寝ようか。
「エイビスはどうする? できれば明日までいてくれると助かる」
「はい、もちろんです。わたくしはドレッサーで構いませんので、どうぞベッドで眠ってくださいまし」
「そんなことできるわけないよ。辺境で寝るのに慣れているから、僕はドレッサーで寝るよ」
「それでしたらわたくしはミカロの隣でシオンさまはベッドでいかがでしょう?」
「それでいこう」
反対が上手くいかないと思ったに違いない。けれどこれでミカロも起きたとき、誤解することなくエイビスが治療してくれたと納得するだろう。バルフリートは騒乱を求めているのだろうか。
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