第116話「魔女」
前回のあらすじ
・シャルマーナと戦闘するも、課題は終了し、バルフリートが総戦を求めた。
「これは、シオンさまの能力なのですか?」
「まだ効果は把握できていないけど、うまくいってよかったよ」
「やっかいな能力だね。パーティに招待できやしない」
どうせ選別の何がしかとでも言うのだろう。僕は有者でないから分からないが。
「セプタージュに戻りましょう。あなたの目的にはその後にでも付き合いますよ」
「俺が人の提案を受け入れるはずないだろう?」
刃物で切ったような足に付いた弧状の傷。ミカロの攻撃に少し似ているが、彼は指を銃のように構えているだけで扇の類は持っていない。
「エイビスは専守を頼む」
「そうしたいところですが、危険すぎます。わたくしも前に参ります」
刀を抜くことなく相手に向けて携え、覚悟を決めたその眼に小言は伝わりそうもない。お互い時が経ってからは一度も連携したこともないのに、自信が体から溢れ出てくる。波動の心配なんてどこかに消えている。
「行くよ、エイビス」
「はい!」
指の向きと弾丸の軌道はほぼ同じ。放たれるその瞬間に左右へと動けば当たる心配はない。後は幅さえつかめれば簡単だ。
「シオンさま!」
攻撃の合図。集中を研ぎ澄ましたようなエイビスの極鋭な目付きに寒気が走る。
「龍尾!」
放った弾丸が分断した。今なら避けるのは難しくない。屈み男へと飛びかかる。
「斬散!」
「こっちも二人いるんだよ?」
黒柱が両手斧の行き場を塞ぐ。触れられることを恐れてかガードはしても攻撃には転じてこない。あくまで波動は使わせないつもりか。
「深層臨界・斬!」
黒柱が砕けていく。このチャンスを逃さない。少女の上を取りたたきつける。足元から雷がほとばしる。
「砲雷!」
鉄同士の擦れ合う音。鉄体の虎は僕に睨みを利かせ両手斧を押し返す。彼の足は不自然に彼女の真上に浮いている。彼女のこぼれる失笑が耳を打つ。
「ププッ……フフフ、やるじゃない。確かに本性を見せないのは礼儀がなっていないわよね。ごめんあそばせ」
虎の足位置まで身長が上昇し、体も少女とは言えないほどの大きさと凹凸を見せる。シェトランテが一番に発現した意図もわからなくない。
夜に会ったあの魔法使い。ゲートから姿を現す青いスライム。僕たちを飲み込むには十分な大きさだ。エイビスに熱が使えればいいが。
鉄が駆け出している音。やけにうるさい。二、三十人くらいはいるか。
「そこで何をしている。現在は待機の命令が出ているはずだ」
「うるさい兵士だ。俺はお前たちの犬ではない」
「関係ない人を巻きこまないでもらえますか。この人はあなたの言う有者ではないのですから」
「いいだろう。シャルマーナも見破られた今、お前たちを留めておくわけにもいかない。死ね」
指の照準を僕に合わせ、動かない。小刻みに震えるばかりで何もしてこない。ヒントは既に地面で僕を待っていたに違いない。
「撃てませんよ。あなたの手段は見切りました。文字通りね」
「鎮圧開始ィ!」
兵士たちは銃を僕らに構え、エイビスの斬撃で破壊された場所から放ちつつ近づく。手を広げ弾丸は手を貫通した。見つけてしまった。嬉しさより悲しさが大きい。どうしてこんなときに。盾になってエイビスだけでも逃がす!
「離してくださいまし!」
「黙れ。全員を生存した状態で捕らえろ。話は後で聞く」
「待ってください。シオンさまは今回復しなければ」
「拘束を解くと思うか? 黙って歩け」
「シオンさまっ!」
エイビスの声が遠ざかっていく。彼女を守れただけでも満足だ。視界が霞んでいく。今は言われるままに従おう……
★★☆
「起きなさい。でないと置いていくわよ?」
兵士たちの報告し合う声。まだ誰かを探しているのか。おかしい、体が熱くない。
隣にはシャルマーナの姿。起き上がり周囲に耳を澄ませても声の大きさに変化はない。逃走中か。
「どうして君を助けたのか、って顔をしているわね」
「よく分かりましたね」
「顔を魔法も変わらないわ。見れば一目瞭然よ」
一緒なはずはないが、ミカロならなんとなく納得しそうだ。
周囲には二人の移動兵に隊長らしき者を加えた定位置兵が五人。これだけ離れているとどうしてもここにいることが他に伝わってしまうか。エイビスは捕まって閉じ込められているに違いない。交渉したいが話にもならないか。シャルマーナが肩を突く。
「今からあなたを部屋に戻すわ。外に出ないでほしいけど強要はしない」
「エイビスとバルフリートさんはどうするんですか?」
「私の知ったことじゃないわ。救いたいのなら今すぐこんな息苦しい場所を出て兵士にでも聞くといいわ」
「わかりました。部屋までお願いします」
地面にゲートを作りだし飛び込む。確かに僕たちの部屋だ。シャルマーナさんは敵意があるというわけではないらしい。シェトランテの恩恵でないといいが。
政府とは戦う覚悟はできている。セプタージュがどうなろうとエイビスは救う。ミカロはどこだろう。あの場所にはいなかったのだから、外の騒動を見ていれば戻ってきているはずだが。
インターホンの一鈴。早速お出ましか。ホテルに迷惑をかけたくないが、仕方ない。
小さく屈んで扉を開けようとした矢先、ドアアイの光景に考えを変える。健康とは言い難い衝撃の後を語る首から体へと流れる紫色のアザ、落ち着きのない息循環。それでも銀髪の彼女は笑顔でいる。
「シオン、よかったぁ……」
魂が抜けたように身体が僕の胸へと飛び込んだ。彼女をベッドに運び横に寝かせる。よほど体力を消耗しているのか、目を覚ましている素振りがないし心臓の音も頼りない。誤解を招きそうだがあのアザが気になる。迷ってもしょうがない、脱がすか。
アザが三つにも分かれて分散している。寝顔が少し歪むたび、小刻みに移動しているような気がする。動かなくても眉間の力はこもったまま。毒か。
これまたやったことのないものだが、試してみるしかない。皮膚ならともかく粘膜ならまだ救いは高いだろう。
彼女の吐息に顔を近づけ目を閉じる。救うためとはいえ、すまないミカロ。どんなに殴っても構わないから、許してほしい。彼女の息が入りこんでくる。
柔らかな感触に空気が破裂放出する音。時折甘美な声が零れる中、紫色のアザは次第に元の白色へと変わっていく。眉間に力を入れている様子もない。成功したみたいだ。
「うっ」
洗面台に異臭と異物をぶちまけた。吸収したんじゃなく吸引に成功しただけか。口に苦い味がまだ残っている。まだ吐ける気がする。
「シオンさま。鍵が開いたままですが、いらっしゃいますか?」
まずい。いや嬉しいが、今のミカロを見たらきっと不自然に思う。隠れているか、真実を話すべきか。決めた、抱え込んでも二の舞だ。
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