第115話「有者」
前回のあらすじ
・F.Z.と遭遇し、戦うもウルカに邪魔され中断に。
・セインとは分かれて誰かと遭遇しないか動いてみることに。
刀の刺さっていたような数個の縦長穴。木壁にも両手斧で与えたらしい傷も残っている。さっきまでいた場所に間違いない。それにしてもF.Z.さんには殺気らしきものがない気がする。僕を試したのか? 手加減するために血を流すとも考えにくい。
もう一度会って確かめたいが、それは叶いそうにない。視界を有利に働かせてウルカさんから探してみるか。さっき合流しておけば吉だったが、セインには変えられないものがある。
背後の風が消えた。振り向いても姿は見えない。吹き付ける風が恐れるようにそれを避け、その間だけ形が目視できる。その形は人型に似ている。まだバレていないと思っているのか透明を解こうとはしない。
「奇襲を狙っても無駄ですよ」
「そんなことないよ」
声はいなかったはずの背後からした。地面から飛び出す黒柱。両手斧を出す間もない。
「ふん!」
後退し両手斧を構える。飛びかかる黒柱を弾く。けれどそれは湾曲し僕の右側を塞ぐ。魔法物体か。地面にはまだ盛り上がりが残っている。地面に衝撃を放つと彼らは海を泳ぐ魚のように身を端に寄せる。彼女の放った黒柱が腹を貫く。けれど痛みが流れてこない。
「お兄ちゃん、勉強が足りないね。考えの先の先まで読まなくちゃ、この先は勝てないよ?」
「……その通りだ。どんなに優れていようと頭は定理を考えてしまう。自分を信じて疑わないことは成長しないと決めつけているのと同じだ」
「よく分かっているじゃん。バイバイお兄ちゃん」
疑っていることがあった。風、火、水、雷。見えるもの全ては取りこむことができる。けれど初めて遭遇したもの、例えば見えないものは取りこめるのか不安だった。自分でも自らのことを理解していないとはなんとも恥ずかしい。腹に刺さっていたはずの槍は消えてゆく。憎悪が少女から溢れ出ている。闇は僕に取り付いていく。
「お兄ちゃん、嘘は私嫌いだなぁ」
「君の力は僕に効かない。退いてくれないか?」
「それは私一人の話でしょ? 輪星の前に名を呼ぶ。行進せよテルマーレ!」
丸々と太ったお腹。けれどそれを支える長く太い足と七色に光る二角。眉間に皺寄せる顔と鋭い目突きは温厚とは思えない。僕はどうも牛に好かれているみたいだ。馬牛さんよりは少し小さい。
「ヴンッ!」
角を掴み対峙する。勢いはそこまで強くないが、闇が彼の元へと流れていかない。弾かれているのか。
横腹を突き攻撃の起点に、ならない。まるで鉄筋のように震えもしない。彼女の姿が見えなくなった。すでに鍋の具財か。
「来い!」
「ブゥオオオオ!」
両手斧を背に戻し拳に力を込める。角を掴み千切り、千切り、千切れろぉおおおお!
「廻螺!」
拳は勝手に彼の皮膚に触れ、角をもぎり取った。ついている肌は腐敗しているが、七色に光っているままだ。彼の角は再生した。回復するのなら、体ごとやるか。
闇を頭に武装し彼へと駆けぬける。槍を突き付けられているような痛み。一本で倒れていたらF.Z.さんに笑われてしまう。
「ぜぁあああ!」
体の側面を通りすぎ、彼は倒れた。そして気づいた。体は骨だけで肉はほとんど削り取られている。これが彼女の攻撃か。何も知らず拳で受けていたら、スケルトンの仲間入りを果たすところだった。
お腹は大丈夫なのか。触れてみても変化はない。コントロールしている感覚はないが、自分には発動しないらしい。ただ、こんなのは僕の求めるものじゃない。
「大丈夫。今から何とかしますから」
触った途端に彼は姿を消した。少女が彼を取られると思ったに違いない。さっきみたいにどこかで隠れている気配もない。自分の攻撃が通じないと思って逃げたのか。
駆けだしてくる音。けれど妙に刻みが遅い。モニターを付けているのだろうが、姿を認知して近づいてこっちに来ない可能性もある。
近づいてくる。一歩一歩と僕に足を進め、刀を首に突きつける。緑髪の彼女は動かない。
「エイビス、やっと二人で会えたね」
「そのお声、確かにシオンさまですわ。髪は結んで後ろに隠していたのですが、さすがですわ」
「モニターが運よく外せたんだ。だから恰好でわかったよ」
手探りで僕を見つけようとする彼女の手を握ると、彼女は僕にもたれかかった。体に傷はない。まだ戦闘には遭遇していないのか。
「鍵ではなく、誰かを倒すのが条件であったりするのでしょうか。シオンさまは誰かと戦っていらっしゃったのですよね?」
腹の空いた服を触ってくる。やはり距離が近い。彼女が不安なのか知らないが、より密着している気がする。
「いや、ガーディアンを倒すと取れるみたいです。けど咆哮がしないということはあの1体だけしかいなかった――」
「シオンさま、少々お待ちください。モニターにまた映像が」
全員がこれを見ているはずだ。あの少女だったらこの隙に狙ってくる可能性がないとは
言い切れない。どうした? 何も来ない。牛の復讐はしてこないのか?
エイビスは僕の首に手を回し、押し込むように僕の体とくっつけて来た。顔を見るなり偶然にも彼女は僕の口を指で塞ぐ。
「私の腰を持ち上げて飛び上がってくださいまし!」
ここは従うしかないか。彼女に限って罠なんてあるわけもない。飛び上がると風が巻きあがり、集合場所が見える。そこにあったのは円状に連なる鉄の壁。周囲には見覚えのある顔が何人かいる。
「チームでの脱出は終了、残留メンバーはこの場所で待機とのことです」
「わかった」
少女にヒラユギ、F.Z.さんにウルカさん。セインにシェトランテも。全員で1四人か。偶然にしては出来過ぎている人数だ。これ見よがしにシャルルフォーゼさんが裏切るメリットもない。犯人がこの中にいるのか。
「まさかここまでうまく計画が実行できるとはな」
「バル君はやっぱり強かったね。みんな弱すぎだよ」
全員の中でシェトランテの目突きだけは何か恨みめいたものに見える。僕と目が合うとそれをゴーグルで隠す。切るにきれない関係なのだろう。
「全員聞きなさい。この男は何らかの方法でチームメイトを気絶させ、今回の課題を終わらせたのよ。この目で確認したから間違いないわ」
「さすが東部の化女。その通りだが悪びれる気はない。むしろ感謝してほしいくらいだ。有者かどうかを選別したのだからな」
買収というわけじゃなさそうだ。あらかじめ何らかの対策をとっていたんだろう。僕は偶然助かっただけな気もするが。
「有者とは?」
「意味はどうでもいい。俺が戦うにふさわしいやつはここにいるだけのこと。始めようか」
「哀れだ、北の英雄。何がために貴様が生きているのかまるでわかっておらんな」
「ならば死ねばいい。この暗黒で一人寂しく」
手を鳴らすとこの場全てを囲むほどの紫色のゲートが現れた。足が沈みエイビスの手を握る。体は危機を知っていたのか、考えるより先にそれらを体に取りこんでいく。二人を覗いては僕たちしか残っていない。
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