第112話「銀髪の彼女は用心深い」
前回のあらすじ
・セインと分かれた後、ミカロと食事に行くことに。彼女は和らいだような顔を見せた。
もみあげを扇ぐ風。その変異に目を覚ます。風は姿を消した。犯人の姿は見当たらない。時計は集合の二時間前。
まだ消費もしていないのに眠ることのできた一時間を無駄にしたと考えると気分が悪い。隣にはまだミカロがいる。ベッドは2つあるのにわざわざ僕の所で寝なくてもいいのに。……ミカロ?
緊急事態宣言のごとく目を最大限広げ両手に力を込める。彼女の静かな寝息を前でかなりの場違いの体勢にこのまま起きたらきっと笑われる。
何を慌てている。ただミカロと一緒のベッドで寝ていただけじゃないか。エイビスと一緒に眠ってしまったこともある。僕だけがミカロにこっぴどく怒られたが。顔を洗って気持ちを落ち着けよう。
目に入るお湯の張られている浴槽。昨日までの疲れが姿を現したのだろう。僕のベッドで眠っているのも頷ける。ミカロが骨を折れてくれたことが何よりうれしい。
久しぶりにミカロを起こしてみるか。今度は右拳が飛んでこないといいけど。
扉を開いた先、ベッドまでの道を塞ぐ扉の姿。こんなところには間違ってもなかったはずだ。蜘蛛の巣のごとく縦横に張り巡らされピアノ線のような固い糸で編まれた扉。困ったことにドアノブはなく、虫が通れるほどの隙間も見えない細やかさ。
ミカロは自分が早く起きられると踏んだのだろうが、できれば解除の方法を教えてほしかった。魔法陣に触れたらどうにかできそうだが、素人が穏便に終わらせられるわけがない。ここは両手斧でいこう。
「ふんっ!」
勢いの均衡する扉中腹。その奥にはバスローブに鉄扇子を構える奇妙な恰好のミカロ。僕の顔を見るなり冷や汗を流して目を逸らす。ここは一つ僕も怒っておくか。
「ミカロ、どうして教えてくれなかったんだ」
「ごめん。今解除するから」
ミカロが魔法陣に手を置くと、左半分が欠けた状態になり扉は消えた。そこを鉄扇子で刺すとダイヤモンドの欠片に似た輝きを散らして消えた。彼女はドレッサー前、椅子に座って縮こまったまま動かない。
「怒らないの?」
「ここまでは考えてなかったからね。教えてくれなかったのは少し残念だったけど、人がしてくれたことに怒るのは傲慢だよ。毎日これを?」
「当然。いくつか試してみてこれが一番しっくりきたの。サイズに対して頑丈だしね。打撃はともかく発射物に長けているから奇襲は防げると思って」
ミカロも確かに成長している。今までの守られているだけの彼女ではない。僕は疑ってはいても警戒はしていなかった。彼女が勝っている。
「何か改良思いついた?」
「それよりセプタージュを終わらせるのが早いよ、きっと」
「それもそうだね」
今日指示されたのは開拓地とも言っていいほど、左右から奥まで平らな大地が続いている平野。チェインさんがわざわざ作ったと言われれば納得だが、多少草や花が茂っているところを見ると違うか。
ミカロも同じ場所のようで各メンバーで異なる場所にいるのだろうと思ったが、二十数人集まっているのを見るとそうでもないらしい。各チームが集う前を番人のように立ちふさがり仁王立ちするヒラユギの姿。宣戦布告に似ている。
彼女の背を歩くまでの距離は数分のようで眠って起きたような時間の流れを感じる。ミカロは僕に気づくなり走り出したが、彼女を見て足を止める。
「大丈夫?」
「平気。ちょっとビックリしただけだから」
わずかに指が震えている。姿は見えないがシェトランテもどこからか見ているのだろう。彼女の手を取りセインを探す。ミカロは反論も動揺もしない。
「頑張ろう」
「……うん」
ミカロの言葉が寂しく耳に入る。ウルカさんが僕に気がついたようでいつもと変わらず何かワクワクしそうなことを秘めている悦び顔で手を振って来る。彼女が隣にいるから睨んできたりはしないだろう。相変わらずみんな集合が早い。
「やっと来たねシオン君。といいたいところだけど、始まるにはちょっとかかるみたいだよ」
「そうですか。よく教えてくれましたね」
「いや、憶測だけどそんな気がするんだよ」
「わかりました」
ミカロが落ち着くのにはちょうどいい時間だ。まだ震えが止まっていない。その場にいなかったこともあるだろうが、彼女を戦わせるのは酷か。
「もう大丈夫。シオン、ウルカ、またね」
「お互い頑張ろうね」
「ミカロ、また」
「うん」
ウルカさんから出てくる自信の秘密はわからないが、確かに開始時間を過ぎている。それにあの人がいない。
「シャルルフォーゼさんの姿が見えないみたいですけど」
「奥にいるよ。盗み聞きは私の趣味じゃないから行かないけど」
「聞き捨てならんな。私は知り合いに確認をとっていただけだ」
さっきまで奥にいたはずなのにいつの間にかこの場所にいる。いや、聞いているよりもウルカさんに嫌味を言われるのが気になったのか。なかなかの地獄耳だ。
奇遇にも話をしていたのはあのメイドさん。素直に情報を教えてくれるとは到底思えない。
奥には道をふさぐほどのただならぬ人数の中心で口を開く髪の長い女性。話し合いは長そうだ。それだけ危険を含んでいるのか。
「またもやお会いしましたね」
「あのときはどうもありがとうございました。昨日の影響ですか?」
「いえ、すぐに済むことです。時間厳守に協力いただき何よりです」
やっぱり何も話してくれないか。メイドさんのデバイスが受信反応を示すと、彼女は全チームの中心で礼をした。誰もが戦闘の構えに変わり、一触即発の一時に気分が緊迫していく。
「準備が整いました。ご案内いたします」
内なる悪魔は腹の中で思う存分、暴れることのできるその日を待ちわびているに違いない。そんな現実が見えそうだ。
各チームで横に並び、両手に手錠、視界をモニターゴーグルで遮られていく。まるで罪人を護送するときに似ている。そして聴覚も特殊なデバイスで封じられた。
「正面に五歩お進みください」
耳に直接響く声に従うと、周囲からためらうほどの寒気がした。移動させられたせいで自分の位置がわからない。
風の音もない。擦れる葉の音が聞こえる。耳と両手の拘束が取り外されていく。手錠の互いに触れ合う音は背中のまま変わらない。
「合図があるまでは動かぬよう」
厳格な物言いだ。暗闇を歩いた経験がないのでもちろん動く気はない。きっとこのモニターでルートか何か表示されるに違いない。そうでもないと戦闘が成立しない。
耳へと伝わるソーダ菓子のような散発音。映像の先にはロビンさん。体と裏腹に大きいイスに座り、カンニングペーパーを膝に乗せているところがなんとも可愛らしい。
「こんにちは諸君。三日目に着てチームとも打ち解けてきたところだろうナ。ルールは簡単、フィールドの中心にあるポータルに辿り着けばその場所から脱出できる。ポータルはチームで一度しか使えないが、誰かがいないと発動しないという制限はない。検討を祈る。またナ」
最後に合わせたカメラへの目線。僕を見ていたときの純粋な目にそっくりだった。なんてそんなわけないよナ。
さて、道はいつになったら見えるのかな。残念ながら接続障害が起こっているわけじゃなさそうだ。同じ状況なら大抵は動いたりしないだろう。すぐ近くに誰かいるように配置されていてもおかしくないが、息遣いは聞こえてこない。
動くか。背中が外側であると信じて下がる。ぶつかった木壁の感触。角を探り慎重に曲がる。全員が同じことをすれば確実に誰かと出会う。一歩進むごとに耳を澄ます。最初に音で位置を示した者が真っ先に叩かれる。できれば僕がなりたくない。
なんだ、ポケットに何か入っている。金属の棒に数個の凹凸、鍵か。これで外せたのか。慎重に動いていた自分が恥ずかしい。両手で穴の位置を確かめ差し込む。鍵は回らない。やっぱり罠だったか。捨てるわけにもいかない、とりあえず持っておくか。
正面か右。あえて右を選ぼう。囲まれるのは勘弁だ。嫌な予感がする。選んだ矢先、困ったことにそこから人とは思えぬ吐息のような咆哮が静寂を破り一歩ずつ近づいてくる。安全の確認もできず左方向へと飛び込む。咆哮は僕を通りすぎ遠ざかっていく。僕らを生かす気はないみたいだな。
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