第110話「よろしくナ」
前回のあらすじ
・F.Z.と出会うも、協力の話はうやむやに終わる。
・S.C.から話の誘いがきた。
着くなり待ちくたびれたように頬を膨らませ、やり場のない怒りを拳に注ぎ正拳突きで空へと流していく。僕の顔を見るなりそれは戻ってきたように見える。
「遅いよ! 何分待ったと思ってるの?」
「5分は遅刻に入らないよ」
「シオン君は遅刻したら負けなの。わかった?」
「その横暴さだけはなんとかした方がいいと思うけど」
「ならないよ、シオン君がそのままの限りね」
結局僕のせいか。なんだかんだ二人はよく似ている。まだ連合を組まれていないだけ平和だ。おっと、今のうちに話を戻しておかないと。夜になられちゃたまんない。
「何か用があったんだろう?」
「そうそう、危うく忘れるところだったよ」
「冗談は勘弁してくれ」
「そうだね、ごめん。私のこと、シオン君には話しておこうかと思って」
楽しさが消え失せるような深刻で真剣な眼差し。心まで気が引き締まる。やっと聞くことができるはずなのに、うれしさはどこかに逃げ隠れている。
「場所変えようか」
投げられたジュース缶を片手に闘技場の座席へと腰掛ける。ひんやり冷たく今をわすれさせてくれるようなリンゴ味がうれしい。
「前々から言おうとは思っていたけど、時間が取れなくてごめんね」
「気にしてないさ。今聞くことができるならそれで十分だよ」
「ありがとう」
緊張が高ぶるほど口を固く結んでしまうのがセインの癖だ。そのおかげで両親がどのように亡くなったのか、その後どうやって今まで生きてきたのかも知らない。無理に残酷な話をさせるのも気が引けるが。
また今度にするか。いつでもではないが、彼女のいつかは来るのだから。
「言いたくないなら構わないよ」
「私はこの世界の管理者なの」
「管理者?」
「そう。正しくはその一員だからまだまだ修行中だけど」
昔の思い出が少し気にかかる。聞いたことがあるような、ないような。まぁ答えはすぐ隣にあるのだから考える必要もないか。
「どうして旅人なんてウソを?」
「ウソじゃないよ。LSの人や各議院と交流を持つことも重要だから、一番下の私は移動してばっかりなの」
「まぁそう言われると納得できなくもないが、ちょっとだけ心配したよ。身寄りがないと思っていたから」
きっとパートナーもそのうちの一人に違いない。セインのことだからきっとリーダーだろうな。言い切った今でも落ち着きなく不安をバタ足でかき消す姿がなんとも修行中らしい。
「モキュキュ!」
「うん、そうだね。シオン君、手を重ねてくれるかな?」
「これは?」
モキュの頭に描かれた魔法陣。どこかミカロの失敗作と似ているが、気のせいだと信じよう。
「これは秘密保持の契約。シオン君は他の人に絶対に私が管理人であることを話せない。けれど代わりにこれから先で管理者の意味を知ることができるよ。破られたとき何が起こるかは私もわからない」
試しているかのような言葉。望むところだ。彼女の上に手を重ねる。白光が僕らを包み、親指に星型の紋章が浮かび上がる。なんだ、頭が痛い。
セインの目線で思い出が映像のように流れ込んでくる。他に三人。全員で四人なのか。そうか。これを恐れていたのか。
☆☆★
「シ・オ・ン!」
耳を塞ぎたくなるような爆音。嫌がる目を無理やりに開き、見えたのは僕を睨むミカロ。月光に輝く虹色に見える彼女の髪がなんとも風流だ。いつの間にか夜になってしまった。
「まったくよく呑気に寝ていられたわね。こっちはまだ救出されてないかと思って探しまわったんだからね?」
「連絡するの忘れてた。ゴメン、ミカロ」
「まぁShineがいたからよかったけど、何かあったの?」
さすがに本当のことを言うわけにもいかない。なにか適当なことで誤魔化そう。こういうときにまともなことが思い浮かばない。クソッ。
「私が敵に遭遇して、穏便に済ませたかったけど戦闘になって、隙を狙われて危険なときにシオン君が来てくれたおかげで助かったの。そのまま寝ちゃったけど、かっこよかったよ」
「そうなんだ。でもそれって他のチームだよね。誰だろう?」
「あり得なくもないけど、私とシオン君は元気だから問題ないよ。恨まれるのは慣れているから」
「今気にしても犯人はわからないよね。しょうがない、シオン行くよ」
「わかってるよ。セイ――」
別れ言葉を遮るサイレンの音。闘技場は鉄のシェルターで包まれていき、空は黒く濁った色になっている。寝るには気にしないが、起きた今にとっては最悪だ。
戦闘最前線機関。いつ狙われても何もおかしくないか。
「まさか夜の隠し日程とかじゃないよね?」
「いや、デバイスにも何の情報も来ていないしそれは違うみたいだ」
「シオン君はどうする? 答えはもう知っているけど」
「もちろん行きますよ」
外に出るとそこには偶然にもメイドさんの姿。今日は花びらを持っていないから面倒な話をしなくても済みそうだ。何より背中に構える十字の武装品がむしろ気になってしょうがない。
「助けは無用です。よくあることですので。あなたがたはセプタージュでの疲れを癒すことだけを注力してください。それでは」
話す間もなく建物を飛び移っていく。自分通りの話をできないことが嫌味だったはずがこうも時間が短いと寂しく思ってしまう。なんとも僕はわがままだ。
「一応聞くけど、あんなこと言われて止まらないよねシオン?」
そんなことを言う割にミカロの顔が一番に目を戦闘に向けて煌めかせているじゃないか。先に言われてしまうと、なぜか恰好悪く見えてしまうけれど悪い気はしない。
後方に着地の反応。その方向には僕らをあざけ笑う女性。華奢で補足小さい顔はミカロが羨ましがりそうだ。
「今日は運がいいわ。三人もいるなんて」
「それはよかったナ」
上空から現れた斬撃。転げ落ちる首元から溢れ出ていく血の池。そこにはそれを実行できたとは思えないほどナイフほどのリーチで小さい錆びの付いた刀。そして言葉の割に小さすぎる体。武装を解けるにはなれない。
「あ、闘技場汚しちゃった。しかたない、ボスに謝ってもらうしかないナ」
「あなたは?」
殺気がこちらに向く。けれど幽霊のようにそれが消え、彼女は首を傾げる。近くに寄って来る。ナイフを使うのに正しく、彼女は確かに小さく目を合わせるのが難しい。
「先約がいたのか。申し訳ないことをしたナ」
「いえ、早い者勝ちですから。構いません」
「分かってくれてよかった。友達になろう、ナ?」
「はい」
不審はあったがこちらに攻撃の意志がないだけまだ安心だ。けれど彼女に何か影のようなくらい過去があるような気がしてならない。違うといいが。
「ロビィィィイン!」
火花が走るほどのスピードで姿を見せたのは、何か文句を言いたげな苦虫を噛んでいるような顔の青短髪の女性。横から見える後ろポケットの一冊の本が何とも知的を思わせる。名前はロビンさんというのか。
「敬称がないナ?」
「さん! どうして勝手に行動するんですか!」
「物事は思う通りにはいかない。行動を正しかったことにしていくしかないんだ、ナ?」
「今度からは報告して行動を正しくしてください」
「理解した。自由にしてもいいかナ?」
青髪の女性に対しては殺気めいたものが完全に見えない。ただの仕事仲間ではないみたいだ。当然僕より距離が近い。
「ダメです。ボスの命令ですから従ってもらいますよ」
「ちょっと待っていてほしいナ」
僕のズボン裾を小さな手で握り、ロビンさんは小動物のような愛らしく光輝く目を見せつける。青髪の女性はなぜかため息で納得を見せる。なんでこれはオッケーなんだ。僕は時間が正しくてもそうでなくても怒られるのに。
喉唾が波打つ。
「名前、聞いてなかったナ」
「シオン・ユズキです。あなたはロビンさんですよね?」
「うん、シオンはロビンでいい。またナ」
遠くから見れば親子としてとられそうな二人は街灯の道を駆け抜けていく。メイドさんの言う通りになってしまったのが少し気に入らない。
カリカリと木を削るように紙の上を走るペンの音。セインは何を書いているのだろう。表紙を壁に僕には見せてくれない。左からミカロが覗きこもうとするところをモキュが塞ぐ。仲間はずれにならなくて済んだ。
「これでよし。やっぱりシオン君は誰とでも友達になれちゃうんだね。羨ましい限りだよ」
「そのせいで面倒事も多いけどね」
敵を探してもまたあの二人と出くわしてしまうような気がする。今日はおとなしく指示に従おう。セインについても文字としてまとめておく必要がある。
「それじゃあ私は宿舎に戻るよ。シオン君はちゃんとミカロちゃんを守ってね」
「もちろんだよ」
「Shine、明日もよろしくね」
「うん、明日も頑張ろう」
僕らも宿舎に戻るか。
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