第108話「雷角の男は貫く」
前回のあらすじ
・シオンたちはLSのチェインと対峙するも、勝敗がつくことなく課題を終えた。
電撃が体を走り抜ける。両手斧を背にベッドから飛び降りる。ミカロの寝息以外、音はしない。シェトランテの腕輪が光を放ち、データを受信しているようにグルグルと回っている。僕の見ている位置に文字が浮かび上がる。ロビー。行くしかないか。
ミカロが起きていたら反対されそうだけど、眠っていれば話は別だ。まだ口ケンカにならないで済む。彼女にとって僕からの援助は不必要でも自分からは助けに行きたいたちなのだ。
フロントは仕事を終え、月明かりだけがロビーを照らしている。中央のテーブルに湯気の舞うカップが2つ。風景としては魅力的だが罠の予感がしてならない。
「毒なんて仕込むと思った? まぁどうあれあなたは飲まないと知っているけど」
「こんな夜中に何の用ですか?」
「二人きりで話をするにはちょうどいい頃合いだったからよ。予告があったら警戒されると思って驚かしたけど、あまり嬉しそうじゃないわね」
セプタージュでは平等といったはずだが、シェトランテがそれを忠実に従うはずもないか。単純に監視している誰かが疑いを持った可能性もある。
「予告してくれたら心の準備ができたからね。今度からはそうしてもらえると助かるよ、シェト」
「わかったわ。今度からは望み通りにしてあげるわ。ところで柱の裏に隠れているのは知り合いか誰か?」
シェトランテに注目した柱からヒールを突き黒のドレススカートを着た女性が姿を見せる。右手に持つ杖は少し不釣り合いだが。
「これがあんたの夫ね、シェト。紹介してもらえるかしら?」
「彼女は西部出身の魔術師、シャルマーナ。ハイヒールはただのコンプレックスだから聞かない方がいいわ」
「天才が抜けていること、それにハイヒールのこともあるけどあなたには関係ないわねシオン・ユズキ。よろしく頼むわ。シェトよりは友好な関係を築きましょう」
シェトランテが名前を教えたのだろう。まるで熱湯に触れているような彼女の熱い手に驚きを隠せない。その笑みは前から知っていたような表情にも見えて気持ちが落ち着かない。
「ところで子供の話は既にしているのかしら。5年10年と引き延ばしていても意味はないわよ?」
「余計な世話よ。とはいえもう可能性がないとは言えないけど」
「そう、それなら心配は無用ね」
嘘渦巻く会話だが、本音を言えば少し助かっている。紅茶カップの数からしてシャルマーナさんはシェトランテの予定には入っていなかったのだろう。うかつに本音の話もできまい。逃げるには最適な状況だ。
「夜も遅いですし、そろそろ失礼しますね」
「そうね。あんたもちゃんと自分の宿舎に戻りなさい」
「アンタの言葉なんて知ったことじゃないわ。またねシオン」
よく知らない人物から名前を呼ばれるのは嫌な気分だが、彼女のおかげで何も悩まず眠れる。あるがとうシャルマーナさん。
集まった場所は昨日戦闘した闘技場。またチェインさんが出てくるのか? あの言葉が副因を持っているようで少し怖い。
「遅い。また月夜を眺めていたのか?」
「面目ないです」
朝起きるとミカロの姿はなくフロントから一通の手紙を渡され、この集合場所へ向かうよう指示された。時間は開始5分前だがシャルルフォーゼさんにとっては時間より僕が最後に来たことが気に入らないようで目も合わせてくれない。なんとも理不尽だ。
「またここですか」
「LSがここに来ることはほぼないよ。チェインさんは帰るところを見送ったからね。あれがウソだったらそうとうなドッキリだけど」
「となるとそれ以上の存在が出てきそうですね」
とはいえ人によるところがある。黒墨さんは僕を悪人として殺そうとしている戦い方だったが、チェインさんはずいぶん甘い戦い方だった。セプタージュでもあの7人は管理しづらいのだろう。
殺気が体に伝わる。周囲にはいない。空か。砂埃の着地で姿を見せる2対の角、そして青光りする四足。牛にしては細やかなお腹は馬を思わせる。
馬牛は僕らに飛び込む。駆け抜ける空間を広げは走り抜く間に陣形を整える。マシュさんとウルカさんのバックアップが何より心強い。
「グフアアァ!」
走行コースのように左右に放たれる電撃線。呑気に突進などさせるか。駆け出しを側面から飛び込む。
「宝燐獅子!」
「詩舞時雨!」
十字の傷が入った程度でマシュさんへの突進は止まらない。ウルカさんが飛び上がる。動きが変だ。足の向きに電撃線。引っ張られているのか。
「ウルカさん、下がってください」
「やっぱり誰かの弱点を拾ってくるよね」
馬牛はウルカさんへと向きを変える。体へと飛び込むと尻尾が側面をかすめる。壁に飛ばされたときにはもう眼と鼻の先。シャルルフォーゼさんの移動でも間に合わない。電撃戦の断片を掴んだ。
「波龍!」
「ゴアアアア!」
ひるんだ隙を駆け出す。太ももを走り抜け両手斧を斜に構える。彼の毛が上空に逆立っていく。振り上げる。
「シオン離れろ!」
上空は黒く陰り馬牛の元へと青稲光が落ち闘技場に弾けていく。自慢じゃないが2年間には自信がある。油断は自分への首鎖だと言う師匠の言葉が耳に残る。油断なく全力で挑むさ。
「宝燐・雷光!」
期待以上に伝わった電力は馬牛だけに伝わり倒れた。シャルルフォーゼさんはいつの間にか背中にいる。電力を帯びているせいで彼女の髪がそっちに引っ張られている。離れたいが水は差せないか。
「まだ倒れていない感じがします」
馬牛は風を起こし稲光が空へと飛んだ。目の前には人影。角の生えた男、彼が正体か。
首を掴みかかり肩にずれる。右斜の拳と対の拳。左の一蹴で距離を取っても彼は止まらない。ついていくだけで攻撃に移れない。カウンターも当たらない。
「どうした、さっきの妙技は使ってこないのか?」
「僕は一人じゃないですから」
「儚夢!」
シャルルフォーゼさんの攻撃をパズルのように最隣の隙間で避け、背負い投げる。両手斧を振り下ろした先、彼は彼女と共に電磁バリアに隠れる。攻撃しても傷の付く感触はない。
「コントロールしているわけではないのか。ならば終わらせるとしよう」
彼はボタンを押した。シャルルフォーゼさんは黒沼の中に消えていく。手を伸ばす隙もない。倒されれば死か。
「シオンさん」
「邪魔をするな!」
放たれた電撃を両手斧に吸収する。右拳が少し痛む。
「隠しているとはずいぶん余裕だな」
両手の電気が分離し、彼と同じ形に変化していく。3対1か。髪が触れ合うたび火花のような音が散る。
「一瞬で楽にさせてやる」
「成功するといいですね」
一撃に重みはあってもくい込んだような感覚はない。雷の衣が体に取りつくかと思えば縮小と拡大を繰り返すだけ。1体に手を突っ込む。来い!
「ヴアアアア!」
火花を散らし消滅する。量が限られているのか。高速で背中をとるが一蹴が作戦をかすめる。やっぱり後ろに目があるのか。4つの拳を構え突き進む。
「閃牛!」
「雷星!」
もう一人の分身も砕けた。手が熱い。いやさっきで火が付いたのか。火が体を覆う。熱くない。
「まるでコピーだな。我らは変化を好む、来い」
風を放ち逃がす隙を与えない。馬牛は後退するどころかむしろ近づき僕に笑みを見せる。
「炎天空破!」
デバイスにClearの文字。嘘でないと信じたいが、馬牛は倒れたまま動かない。
「シオン君!」
背からウルカさんの声。ふりむくなり頭に降り注がれるバケツ量の水。彼女なりの悦びを現しているのだろう。笑いとくしゃみしか出ない。
「アレ、服が燃えてない。おかしいなぁ」
服のどの部分もウルカさんが持ち上げてみるが、煤の付いているわけでも焦げ付いてもいない。今はコントロールできるから傷はないが、前は何枚も燃えていたのを思い出す。
「ともかく大丈夫みたいだね。よかった。戦えなくてごめんね」
「いえいえ。こういうときもありますよ」
ウルカさんよりマシュさんが動かず済んで満足だ。心配なのはシャルルフォーゼさん。まさかどこかに連れ去られた、なんてことは言わないよな。馬牛は立ち上がり僕を見たまま動かない。敵意は感じられない。
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