第107話「桃髪の女性は再戦を望む」
前回のあらすじ
・セインに責められるが彼女はチームを思ってしたことだった。
・セインと北の宿泊地を攻略に向かうが、そこにはチェインがいた。
「せっかくだから楽しみましょう。あなたの能力を知りたいもの」
「Shine、離れるぞ」
「わかった」
突然上空に連れてこられたように背中から風が吹き抜けていく。セインの言うようにバイク音は猛獣の咆哮並みの騒音だ。
「振り落とされないでよ、シオン君。でもあと30秒ぐらいしかもたないけど」
「彼女を知っているのか?」
「嫌な思い出しかないけどね」
「よかった。爆発事件でも起こされると結構面倒なのよ」
バイクから飛び降り両手斧を構える。彼女の笑みは変わらない。吸収できれば少しは楽だが。
「距離を取ったようだけど感謝するわ。おかげで被害が出るのはあなたたちだけだもの」
「アーディレイジ!」
チェインさんは一閃を避けセインを弾き飛ばす。なぜ避けた。見る限りはただの剣筋だったはずなのに。昨日の影響が残っているのか?
乱雑に攻撃をして確かめる。右クロス、左クロス、正面。どの攻撃も鉄の跳ね返る音が帰って来るばかりでダメージには伝わっていない。8連での攻撃も一撃も頬や節々にすらかすらない。足での直接行使は空を飛んでかわす。当たったところで大した威力にはならない。
けれどセインの攻撃は確実に避けている。光が苦手なのか?
「Shine!」
彼女の腕を掴み、光を取り入れてゆく。両手斧は金色に輝いていく。これで攻撃が当たる。けれど彼女は動かない。土を巻きあげた一撃に鉄の反響音が聞こえる。
数度攻撃しても彼女はかわそうとしない。手をかざすばかりで余裕の口笑みが映る。何が守っているんだ。
「爪?」
チェインさんの目つきが鋭くなった。一瞬しか見えなかったが、何か透明な物体が動いていたようにも見えた気がする。召喚まで使えるのか。
「シオン君も見えてきたみたいだね。戦えそう?」
「少しはあの顔を曇らせることができそうです」
手で触れることができれば能力がわかる。その前に重力に似た攻撃で腕ごと地面に落とされなければだが。
見えない爪。砕くか。
「Shine、攻撃するから吹き飛ばされないようにしてくれよ」
「冗談でしょ!」
魔術紋が焔を呼び出し両手斧が包まれていく。頂部の槍に沿って渦巻いていく。これを使うのは初めてだ。
「行くよ、スピーディア!」
セインは腕に光の魔法を放ち加速を強める。予想にしていなかった火を噴くほどの速さ。それよりもチェインさんが驚きの顔をしていることが何より満足だ。
「翔燥槍牙!」
彼女はそれでも避けない。今度は反響音などなく火走り、骨のように砕けた。吹き飛んでも無傷のまま立ち上がる。
「さて、せっかく砕いてくれたんだもの。こっちも本領を出さないと失礼よね」
「やりましょう。Shineは下がっていてくれ、ここからは俺がやる」
「……わかった。でも負けても運んであげないよ」
正面に対峙する。彼女の顔は少し喜んでいるようにも思える。一撃で決められるだろうか。風が両足から吹き抜ける。
「嵐森」
「あ、ちょっと待って」
彼女は空に浮かび離れていく。デバイスからは北の宿泊地が攻略完了に変わっていた。ゆっくりと降りてくると僕に両手を合わせる。
「せっかくだけど戻るしかないね。また戦おうよ、シオンくん」
「致し方ないですね」
チェインさんは僕に手を振り、指を鳴らすと姿を消した。目的は僕ら選抜メンバーが戦うこと。LSは残念ながら入っていないか。
セインは気味悪く笑いを手で隠す表情をしている。さては時間が残り少ないことを知っていたな。
「まだ生きていたのか。てっきり捕まったと思うていたぞ」
戦いに集中していて全く気がつかなかった。紫髪の和服刀士は僕を睨む。殺気が僕を取り囲むように増えてゆく。まだ彼女だけが正面にいるのが救いか。
「来ると思っていましたよ。けれどセプタージュに個人感情はご法度のはずでしょう?」
「無論だ。せっかくなので宣告でもしようと思うてな。いつ襲うかわからんぞ、気をつけておけ」
「来ますよ、いつか戦うときが」
彼女が背を向けるとミカロとウルカさんが訪れた西の宿泊地を解放した連絡が入り、8人全員で集まったときには課題は終了していた。
LSと戦えなかったことも悔しいが、ベッドに戻れることが何より幸せだ。自分の全てを受け止めてくれる。喜びも悲しみも怒りも憂いも。まるで天国だ。
気になるのは宿泊地に戻ってもシェトランテの姿はないことだ。安堵と言いたいが、いつでも見張っているという余裕を語っているのだろう。昨日の出来事が衝撃だったために、エレベーターを乗る、扉を開けるということですら警戒が姿を見せる。それに自分でも飽き飽きしている。
シェトランテの部屋前にあるランプは暗闇のままだ。やはりここにはいないのだろう。
「やっぱり気になる?」
「いや、シェトなら大丈夫さ。それより今のうちに休んでおかないと明日がもたない」
「うん、そうだね」
ミカロはセプタージュ中の入浴はシャワーで済ませている。見張っていると約束しても彼女がお風呂に入ることはない。理由を聞けば今日はそんな気分ではなかったとか、早く魔法陣を書きたかったとそれなりのものを並べてくる。
毎日何時間と彼女がお風呂に入っていたあの日々がウソのように世界から消え去っていた。
文句を言いたげに見ていたせいかミカロは指を突きつける。
「言いたくないけどもう分かった。私だってシオンのことが心配なの。こんなこと言わせないで」
「そうか、ごめん全く考えてなかったよ」
「謝らないで。だから言いたくなかったのに」
どんよりと淀み沈んだ空気の中、ミカロはポーチバッグからテーブルに薄い紙を広げペンを取り出す。魔法陣が1つ1つ描かれてゆくものの意味はさっぱりだ。書き順なんかはあったりしそうだが。
「シオンも早く浴びてきちゃいなよ。私見られていると集中できないたちだから」
「わかった。とびきり強力なやつを頼むよ」
「もちろんそのつもり。今度は勢いだけで敵を吹き飛ばしちゃうかもね」
ぽかぽかと暖かい蒸気とともにベッドに戻るとテーブルの魔法陣を置いたまま、暗がりにひとつひとつと消えてゆく通りの明かりを眺めていた。こんな景色を見ているとセプタージュであることを忘れてしまいそうになる。隣にいる彼女は今敵であることを思い出してしまう。
「はい、これ。大切に使ってよ。私がいつもいられるとは限らないし」
「そうだね。できるだけ他のものでカバーしてみるよ。ありがとう」
「気にしてないわ。私も勉強になるし」
確かに見慣れたものを書くのは何度か書慣れていそうなミカロには難しくない。けれどある疑問が浮かんで消えない。
「ミカロは魔法を使わないのにどうしてこれを毎回書けるなぁ。星霊を呼ぶにしても一回きりで十分だろう?」
「一回で上手くできるわけないでしょ。星霊のものは混合魔法陣っていう二重網掛けを基本としているから、根気持ってやらないとなかなか完成しないの。アクエリオスのときなんて二十回くらい書いたことあるくらい。間違えた私が悪いけどさ」
「書くことが上手くいっても妙なものを呼び出したりしたのか?」
「そうそう。アクエリオスだったら海水だけとか、壺だけとか。一定周期でお店の壺が消えてしまうって一時期話題になったこともあるくらい」
「そう、なのか」
もう少し聞いてみたいがなんか闇をつまんでいるような気がしていたたまれない。
「それなら魔法を軸にしようとは思わなかったの? それだけ努力しているなら嫌でも身についていると思うけど」
「確かに子供のときは星霊たちと攻撃するか、サポートするか迷ったよ。でもある人が言ってたの。戦うならやっぱり前線がいい、って」
「へー、それって憧れの人ですか?」
「そうじゃないよ。けど会えるのならもう一度会いたいかも」
ミカロの会いたい人か。それくらい言える歳だからきっと結婚もしているのだろう。確かに彼女が諦める理由もわからなくないが、少し顔が赤らんでいる。それだけ思い出深いものってことか。彼女の顔が僕を見たまま動かない。チョコチップでもついているのか?
「ちょっとだけシオンに似ているかも」
「そんな偶然あるとは思えない。気のせいだよ」
「そうだよね。あの人は絶対にヘンなことしないし」
論点が違う気がするけれどつっこまないぞ。何度かミカロと論争になったが、なんだかんだ過去の不祥事を挙げられて負けてしまうのだ。黙って不戦敗する方がまだ心が安らいでいられる。彼女も無駄に攻め込んではこない。
「これから少し先になるかもしれないけど、シオンみたいに魔法で武装するのもアリかなーとは思ってるよ。失敗するのは慣れているし」
「気を付けてくださいよ。足がまるでロケットに変わったと錯覚できるよ」
「さすがにそこまではいかないでしょ」
「大げさですけどそれくらいの信念が必要ってことです。ミカロなら風で慣れているかもしれないですけど」
ミカロは鉄扇子を磨き終えると僕に確認を取ってから電気を消す。寝息の音だけが周囲に響く。眠気が笑う。彼女と一緒でなかったらすぐに眠ってしまっていただろう。今日のデジャヴを繰り返しそうだ。
「今日は助けてくれてありがとう。けど明日は味方じゃないからね」
「ええ。わかっていますよ」
素敵な朝に美麗な夜。幸せだ。
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