表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

中編

 昨日撮った広瀬くんのマンションの写真を彩華に見せた。彩華はぽかんとした顔をしたあと「愛菜ちゃん、すごいね」と感心したように言った。

「彼女いるかどうかも、わかったら教えるから」

「あ、ありがとう」

 彩華がちょっと苦笑いする。

 あ、もしかして引いた? こんな私のこと。

「あ、あのっ、私、彩華が彼と上手くいったらいいなぁって思って……彩華が嫌だったらやめるけど」

 彩華はじっと私の顔を見つめる。私は女で、そんな趣味はないけれど、彩華に見つめられると、なんだかすごくドキドキしてしまう。

 それほど彩華は可愛いんだ。

「愛菜ちゃん……」

「は、はい」

 彩華がぎゅっと私の両手を握りしめる。

「愛菜ちゃん優しい。ありがとう」

 ふんわりと彩華が笑顔を見せる。私は少しだけ胸が痛くなる。


 彩華のことは好きだ。ずっと小さい頃からの友達だし、いい子だし。

 だけどどうしてだろう。中二の時、彩華が引っ越しをする日。

 愛菜ちゃんと離れるのが寂しいと泣いた彩華の前で、私は泣けなかった。

 私は彩華と離れられることに、少しほっとしていたんだ。

 これでもう、彩華の引き立て役にならなくて済むって思ったから。

 だけどそんなことを思った自分が恥ずかしくて、情けなくて、嫌いになった。ずっとずっとそのことが胸の奥に引っかかっていた。


 放課後。四組の前の廊下で、さりげなく広瀬くんを待った。少しすると、男子四人でふざけ合うようにしながら、広瀬くんが教室の中から出てきた。

 私はそのあとを追いかける。今日は男子と一緒に帰るみたいだ。

「昨日田中が、後輩に告られたって話聞いた?」

「えっ、マジで? 誰よ」

「テニス部の一年。ユミちゃんって子」

「あっ、知ってる! あのポニーテールの子だろ!」

「で、田中何て答えたの?」

「それが断ったらしい」

「は? あいつ何様のつもり?」

「俺だったら絶対付き合う」

「お前、女なら誰でもいいんだろー」

 あははと声を上げて笑う男子たちは、どうやら田中って子の恋愛話に夢中のようだ。声がデカいから、少し離れていてもその内容まで聞こえてしまう。

 そんな中、広瀬くんは特に会話に入ることもなく、でもうんうんと頷きながら、にこにこと笑っていた。

 リレーの時はグイグイ攻めてたけど、普段は控え目な人なのかもしれない。


「あ、でもさ。広瀬もこの前告られてたじゃん? 三年の先輩に」

 私はドキッとしてさらに聞き耳を立てる。広瀬くんの後ろを歩く男子の横幅が広くて、肝心な彼の姿がよく見えない。

「おい、マジかよー?」

「体育祭で広瀬のこと見て、いいなぁって思ったんだってさ」

 うそ、マジで? 私たちより速攻で告白した女がいたっていうの? これは、こんなことしている場合ではないんじゃ……。

「で、広瀬、どうなったの?」

「うん?」

 広瀬くんが周りのみんなを見る。みんなも広瀬くんに注目する。そして私も大注目する。

「付き合わないよ。だって知らない人だし」

「はー? 付き合えよ。付き合っちゃえばいいんだよ!」

「お前、彼女いないんだしさぁ」

 いないんだ。彼女。それに断ったんだ。その告白。

「んー、だって好きでもない人と付き合ったってしょうがないじゃん」

「あー、もったいねー」

「お前そういうこと言ってるから、彼女できねーんだよ」

 友達の言葉に広瀬くんが笑う。そして急に立ち止まったかと思ったら、突然振り向いた。

 えっ、なんで!

 興奮していた私は、広瀬くんたちのすぐ後ろにいた。振り返った広瀬くんとばっちり目が合う。

「…………」

 長いような短いような不思議な沈黙のあと、私は何事もなかったように通り過ぎた。ただの通りすがりの女子高生のふりをして。


 ああ、危なかった。これじゃ、ストーカー失格。接近しすぎだよ、私。

 でも広瀬くん……彼女いないんだ。

 コンビニの前で立ち止まり、小さく息を吐く。

 よかった。



「だからね。彼とはゆっくり友達になっていったらいいと思うの」

 次の日、私は彩華にそう伝えた。知らない人とは付き合わない広瀬くんだから、まずは友達になったほうがいい。

「うん……そうだね」

 彩華はちょっと恥ずかしそうにそう言った。

「できそう? 彩華」

「うーん……」

 彩華と仲良くなりたくない男子なんているわけがない。その上、彩華に想われてて、告白なんてされちゃったら、断る男子なんているわけがない。そうきっと、広瀬くんだって。

「今度一緒に話しかけてみる?」

 私が言うと、彩華は少し考えてから、にこっと笑って言った。

「大丈夫。ひとりで話しかけられる」

 けっこう勇気あるんだな、彩華。私は無理。こっそりあとをつけるだけで、精一杯だ。

 彩華の笑顔を見ながら、私は広瀬くんに話しかける彩華の姿を想像した。そうしたら、ちょっと胸がもやもやした。


 それからテスト期間に入って、しばらく私はそれどころじゃなくなっていた。

 でもテストが終わったら、また広瀬くんのことを考え始めた。

 広瀬くんの姿は一週間見ていない。会いたいなって思った。

 だからその日も彩華と別れて、こっそり四組の教室をのぞきに行った。これは彩華のため、彩華のためだと、誰にでもなく言い訳しながら。

 だけどそこに広瀬くんの姿はなくて……私はひとり寂しく校舎を出た。


 ――明日の放課後、アイス屋さん行かない?

 歩きながら彩華からのメッセージを確認する。だけどそれに返事をせず、私はスマホをしまった。

 なんとなく家に帰る気になれなかった。私は駅を通り過ぎ、踏切を渡って真っ直ぐ歩く。

 この道は、広瀬くんのマンションへと続く道。私はぼんやりと考える。

 彩華が広瀬くんに話しかけたら。彩華が広瀬くんの友達になったら。彩華が広瀬くんの彼女になったら。

 それでも私はいつもみたいに、彩華の隣で笑っていられるんだろうか。

 なんだかわからないけど、涙が出た。へんなの。何泣いてるんだろう、私。意味がわからない。


 ミャー

 小さな鳴き声が聞こえて立ち止まる。ここはこの前、広瀬くんがしゃがみこんでいた場所。そして私は生垣の下に、あの時の茶トラにゃんこを見つけた。

「ああっ、カワイイ!」

 広瀬くんと同じようにしゃがみ込む。胸に通学バッグを抱えて、のぞきこむように生垣の下を見る。猫はもう一回、小さい声でミャーっと鳴いた。

 やだもう、カワイイ! 連れて帰りたいよぉ。そんなことを思った私の背中に声がかかる。

「そいつ、なかなかそこから出てきてくれないんだ」

「うん、そうみたいだね」

 思わず答えてしまってから、ハッとした。顔を向けると、隣にしゃがみ込む人の姿が目に飛び込んだ。

「おいで。ほら。こっち、こっち」

 その声に私は大きく体を動かし、バランスが崩れ、アスファルトの上にしりもちをついた。

「あ、わ、あのっ……ひ、広瀬くんっ」

 隣にしゃがみこんでいる広瀬くんが、私のことを見る。

「俺の名前、知ってるの?」

「あ、いや、あの……」

 落ち着け、落ち着け、私。

 立ち上がろうとしているのに、体が固まって動けない。だって不意打ちだ。いつの間にかこんなところに、広瀬くんがいるなんて。

「どうしたの?」

 広瀬くんの声が耳に聞こえる。

「泣いてたの?」

 私は慌てて目をこする。

「ね、猫アレルギーなんです」

 そう言った私の顔を、広瀬くんがじっと見ている。心臓がバクバク鳴って、耳まで赤くなっていくのがわかる。


「林、愛菜さん……でしょ?」

「えっ」

 突然名前を言われて声も出ない。どうして広瀬くんが私の名前を知ってるの?

 広瀬くんは照れたように笑って、私から視線をそらす。

 私はしばらくぼうっとしていた。広瀬くんも私の隣にしゃがみこんだまま、黙っていた。

 猫が小さく鳴いて、生垣の中に入ってしまった。

「最近……俺のあとつけてるよね?」

 心臓がドキンとする。逃げ出したいのに、体が動かない。

「なんで?」

「それは、あのっ……私の友達が、広瀬くんのこと、いいなって言ってて、それで……」

 広瀬くんが私を見た。近い。もう耐えられない。早くこの場所から逃げ出したい。

「ひ、広瀬くんは……好きな人とか、いるんですか!」

 じっと私のことを見つめていた広瀬くんが、静かにつぶやいた。

「うん。いる」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ