前編
Twitterのお題で書いてみました。
「3日以内に13RTされたら『だって、ヒロインじゃない』というタイトルで『ストーカー』の話を書きます」
佐藤彩華は私の幼なじみで親友だ。
私たちは桜の花が咲く、幼稚園の入園式で知り合った。
長い髪に淡いピンク色のリボンをつけた彩華は、私と並んで、とても可愛らしく写真に写っている。
私たちはおててをつないで毎日遊んで、小学校も一緒に通い、中学生になってからも一番の親友だった。
中二の時に彩華が突然引っ越すことになって、少しの間バラバラになったけど、奇跡的に私たちは同じ高校に入学した。
そして高二の今、彩華とは去年に引き続き、また同じクラスだ。
パーン
ピストルの音にハッとする。
グラウンドに目を向けると、軽やかにゴールテープを切ってゴールした、彩華の姿が目に映った。
女子のクラス対抗リレー、今年も彩華のおかげでうちのクラスが一位だ。
「彩華すごーい!」
「はやかったねー」
アンカーの大役を務めた彩華の周りに、クラスの女子が集まっている。私がぼんやりと突っ立っていたら、彩華が私に気がついて、手を振りながら駆け寄ってきた。
「愛菜ちゃん!」
うっすらと額に汗を輝かせ、にこやかに微笑む彩華は、まるで彼氏に駆け寄ってくる彼女のようだ。
こんなに可愛い彼女がいたら、どんな男子でも大喜びだろう。
「さすがだね。彩華」
私がそう言って微笑み返すと、ますます嬉しそうに彩華が笑った。
「ありがとう。でもみんなで頑張ったからだよ。愛菜ちゃんのことも応援するね。出番はいつだっけ?」
私は慌てて彩華の前で両手を振る。
「いい、いい! 応援なんてしなくていいよ! 私が出るのはただの玉入れだし」
「玉入れ? えーっと、男子リレーの次だね」
彩華がプログラムを見ながら確認してる。ああ、もういいのに。玉入れなんて地味な競技、応援する人なんていないよ。
パーンとまたピストルが鳴った。ひと際大きい歓声に、私と彩華もトラックに目を向ける。
二年生男子のクラス対抗リレーが始まった。
「あ、ウチのクラス一位だよ! がんばれー」
彩華が声を上げて応援してる。
いい子なんだ。彩華は。素直で真面目で一生懸命で。
幼稚園の頃から可愛かった彩華は、そのまま美しく成長し、今では誰もが振り返る美少女だ。
おまけに運動神経も抜群で、頭もいい。
そう、彩華は何をやってもみんなの注目の的で、いつだってヒロイン。
そしてそんな彩華のずっと隣にいる私は、何もかも平凡な普通の人。
顔は悪くもないけど良くもない。成績は中の中。これといって得意なものもないし、何をやっても可もなく不可もなくといったところ。
幼稚園の頃も、小学生の頃も、中学生の頃も、そして今も――私はいつもヒロインの隣で笑っているだけの、目立たない脇役だった。
「えっ、やだ、あの人すごくはやいー」
彩華がそう言って私の腕をつかんできた。
最下位でバトンを受け取った四組の男子が、ぐんぐん前を走る子たちを追い抜いている。
「あー、だめぇ、抜かされちゃうー」
彩華が悲鳴のような声を上げている。トップを走っている、坊主頭で体だけはデカい野球部の山田が、四組の男子に抜かされそうになっている。
「わー、バカ、山田! 何やってるー!」
私も彩華と一緒に叫ぶ。だけどゴール間近で山田は抜かされ、ゴールテープを爽やかに切ったのは四組の彼だった。
誰? あの子。すごい。はやい。かっこいい。山田と違って、小柄だけどスラリとした体型だし、遠目に見たらイケメンそう。何部? 何て名前? あんな男子この学校にいたっけ?
「愛菜ちゃん?」
ハッと我にかえると、隣の彩華がじっと私のことを見ていた。そして私と視線が合うと、ちょっと目をうるうるさせながら微笑んで言った。
「かっこよかったよね? 今の」
私の胸がぎゅうっと痛む。
幼稚園の頃好きだった、やんちゃなケンちゃん。小学校の頃好きだった、運動神経抜群の翔太。中学の頃好きだった、バスケ部キャプテンの遠藤くん。
共通点のなさそうな私と彩華だけど、好きになる男の子はなぜかいつも一緒。そう、彩華も私も、スポーツマンタイプの男子にときめいてしまうのだ。
だけどそのたびに私は、自分の想いをこっそりと隠して、彩華のために奮闘した。中学の時なんて、私が頑張ったおかげで、彩華は遠藤くんと付き合うところまでいけたんだから。残念ながら彩華が引っ越す時に、別れちゃったけど。
「あ、うん。そうだね、かっこよかったね。彼女いるのかなぁ?」
何気なく言った言葉に、彩華が少し哀しそうな顔をした。
あっ、そんな顔しないで。大丈夫。私がなんとかしてあげるから。
「よし! 私が彼女いるか、探ってくるよ!」
「え?」
「大丈夫、大丈夫! 私に任せて!」
「愛菜ちゃん?」
いつもみんなを応援してくれる彩華だから、私も彩華を応援してあげたい。
放課後、彩華は駅前にできた新しいアイスクリーム屋さんに行きたかったみたいだけど、「また今度ね!」と断って、私は急いで教室を出た。
普段彩華とは一緒に帰らない。校門を出て私は右に、彩華は左に帰るから、帰り道が逆なんだ。
だからいつも彩華は他の友達と帰っていて、寄り道したい時だけ私と帰る。
教室に残された彩華は少し寂しそうだったけど、友達がいるから大丈夫だろう。
私は今日、やることがあるのだ。
廊下に出て四組の教室へ行く。深く息を吸い込んで教室の中をのぞこうとしたら、中から出てきた人とぶつかった。
「いたっ」
「あ、ごめん」
顔を上げて驚いた。あのリレーの人が目の前にいる。まさに私が探していた人。しかも近くで見るとやっぱりイケメン。
「だ、大丈夫?」
「は、はいっ」
なぜか私は気をつけの姿勢でそう答えた。リレーの彼がちょっと照れたように、にこりと笑う。
なんだ、ヤバい。笑顔すごくカワイイ。
「どうしたの? 広瀬」
「あ、うん。なんでもない」
後ろから来た女子が彼に話しかける。広瀬……広瀬くんっていうのか。私は頭の中にメモを取る。
そんな私を残して、広瀬くんは女子と一緒に歩き出した。私はこっそりとその後を追いかける。
ふたりはおしゃべりをしながら廊下を歩き、校舎を出て、校門を右に曲がった。私の帰り道と同じ方向だ。今まで気付かなかったなぁ、彼のこと。
私は少し距離を取りながら、ふたりの後ろを歩いた。ふたりは時々笑い合って、女の子が広瀬くんの背中をぽんっと叩いたりする。
そしてコンビニの前まで来ると、角を曲がっていく女の子と手を振って別れた。
彼女なのかなぁ……だけど並んで歩くふたりの間隔はなんとなくよそよそしかったし、別れ際もあっさりしていた。ただの友達なのかもしれない。
彩華。まだ望みはあるよ。
広瀬くんはそのまま真っ直ぐ歩いた。私は見失わないようにしながら、少し後ろを歩く。
踏切を渡って、駅とは反対側の住宅街に来た。電車通学の私にとって、線路の向こう側は未知の世界だ。
制服を着た広瀬くんの背中をじっと見つめる。こんな時間に帰るってことは帰宅部なのかな? それなのに運動部の連中をあっさりと抜かしてカッコよかった。
あのリレーのシーンが頭によみがえって、ちょっと胸がドキドキする。
と、突然広瀬くんが立ち止まりしゃがみこんだ。私は慌てて電柱の陰に隠れる。ちょっとはみ出ているかもしれないけど仕方ない。だって他に隠れるところないんだもん。
住宅街の真ん中。人通りのあまりない場所。しゃがみこんだ広瀬くんは動こうとしない。
どうしたんだろう。心配になって電柱から顔を出し、その姿をのぞきこむ。すると広瀬くんがそっと手を伸ばし、その指先をちろちろと動かした。
「あ、猫」
私は思わずつぶやいた。広瀬くんの視線の先に、生垣の隙間から顔を出している、小さい茶トラの猫がいた。
広瀬くんはその猫を呼ぶように、かすかな声で「にゃー」とか「みゃー」とか言っている。猫はそんな広瀬くんをじっと見つめて、様子をうかがっているようだ。
カワイイ! 広瀬くんもだけどあの猫も。
私、猫大好きなんだよね。弟が猫アレルギーで飼えないけど、道端で猫を見かけるとついこんなふうに立ち止まっちゃう。だから広瀬くんの気持ちはすごくわかる。
すぐに駆け寄りたくてうずうずしていた。猫のそばにも、広瀬くんのそばにも。だけど私はそれをグッと我慢する。
しばらく猫に「おいでおいで」と言っていた広瀬くんが、しびれを切らしたのか、じりっと猫に近寄った。その瞬間、猫はさっと生垣に引っ込んでそのままどこかに行ってしまった。
「あーあ」
残念そうに立ち上がる広瀬くん。その時一瞬、広瀬くんが振り向いた気がして、私はあわてて電柱に隠れる。
でも広瀬くんはまた、何事もなかったかのようにゆっくりと歩き出した。
しばらく歩いた先にある、大きなマンションの中に、広瀬くんは吸い込まれるように入って行った。ここが広瀬くんの家。徒歩通学だったから近いのかと思っていたけれど、かなり近い。
いいな、通学が楽で。私はこれから電車に二十分揺られて、帰らなくちゃいけないのに。
スマホでマンションの写真を撮って保存した。
明日彩華に教えてあげよう。広瀬くんの家。それと、広瀬くんが猫好きなこと。
彼女がいるかどうかはわからなかったけど、私はなかなかストーカーの素質があるようだ。