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狐と遊ぼう

作者: 空人

「じゃあその物件、見てみましょう」

 そう言った僕の顔を、不動産の仲介者は信じられない物を見るように見つめ返した。

「えーと、私の話。ちゃんと聞いて頂けたのでしょうか?」

 あくまでも丁寧に、慎重に、仲介者は聞き返す。

「もちろん。あ、あまり時間も無いので、早速行きませんか?」

「はあ……」

 仲介者は尚も気乗りしない声を上げ、重たい腰を上げる。

 僕の方も、その理由に思い当たる事があって、あえて突っ込む事はしない。何せこれから僕らが訪問しようとしている、1Lトイレ風呂別駅近なのに格安の物件は、所謂“曰く付き”の部屋なのだ。

「詳しく調査をしても、部屋自体には何の問題も発見できませんでした。だけど、間違いなく借りれられた方は、一週間もしないうちにその部屋を出て行かれるんです」

 退室した者はその理由を語ろうとはしないらしい。

 俄然興味が出てきた僕は、意気揚揚と歩を進める。後ろから溜め息が聞こえようとおかまい無しなのだ。



「ここですか?」

「え、ええ……」

 どんな古いアパートかと思ったら、案外綺麗は鉄筋コンクリート造りだった。

 こんな所で怪現象なんか起きるのだろうか? そう疑ってしまいたくなる。最も、今まで僕はまともな怪現象と云われるものなんかに出会った事は無い。精々が、疲れた夜に金縛りにあった事があるくらいだ。それすら、入眠時レム睡眠の仕業だと知識として知っていたから、怖いと思う事も無かったのだ。

 仲介者は神妙な面持ちで、件の部屋の鍵を開けた。

 部屋の中は、南向きの大きな窓のおかげで大変明るく、フローリングの清潔さを際立たせている。とても怪現象の温床となっているとは思えない。

「へえ、良い部屋じゃないですか」

「ええ、皆さんそうおっしゃいます。でも、それでも一週間持たないのです。ね? やっぱりやめましょう。もう少し条件をゆるくして頂ければ、安心安全な物件がございますので……」

「うーん……」

 とは言えこれ以上の物件が、そうそう有るとは思えない。

 考えながら部屋を見回すと、ぽつんと床に置かれた“お面”が目に映った。

「何ですかこれ?」

 白塗りの狐顔のお面を拾い上げ、仲介者に見せる。

「さ、さあ。インテリアじゃないし、前の入居者の忘れ物でしょうか? でも確かに先日、清掃業者が入ったはずなのですが」

 或いはこれは、怪現象の始まりなのかもしれない。

 だんだん面白くなってきた僕は、同じ事に気付いて指先を震わせている仲介者から、お面を取り返した。

「じゃあ、これは僕が預かりますよ。前の入居者から連絡が有ったら教えてください。ちゃんと保管しておいて、ちゃんとお返しします。違うなら、それはそれで面白そうだ」

「は、はあ……。って、ご契約するんですか!? こんな怪しいのに?」

 おいおい、あんたの紹介だろう。と突っ込みたかったが、契約が流れても面白くない。僕はゆっくりと頷いて、次の日から、その部屋は僕の居城となった。



 本当に知りませんよ、と仲介者は最後までこの部屋に人を入れたくないようだったが、取りあえず二日目までは、何事もなく過ぎていった。あのお面も、夜中に動き出すでもなく、おとなしいものだった。

 だがそれは、いよいよ三日目の夜に現れた。

 自前のせんべい布団の上に正座する僕の前には、藍染めの着物を着た子供が居るのだ。年の頃は十才前後だろうか、おかっぱ頭で、あの狐のお面を目深にかぶっている。青白く発行しているそれは、紛れも無い怪現象なのだが、不思議と怖いと感じる事は無かった。

「えっと、君は、誰?」

 答えを期待した訳ではなかった。実際答えらしい答えは無かった。ただその仔は、こちらに向かって手を伸ばし、声は出さずに唇だけを動かした。

 唇を読むなんて高等技術を身につけた覚えは無かったが、それは確かにこう動いた。

 ――あ そ ぼ ?

 少しだけ怖いと思った。

 すると怪現象はそこで終わった。目の前には青白い光は無く、子供も居ない。ただ狐のお面だけが置いていかれた子供のように、泣き顔を残していた。

 


 電話口で仲介者に報告すると、彼はなぜか嬉しそうに別の部屋を勧めてきた。

 狐の面を弄びながら、あの仔に悪い事をしたような気になっていた僕は、その誘いを断わると、もう一度会って本当にあれが悪霊の類だったのか確かめてたいという様な言い訳を返した。

「もう、どうなっても知りませんからね!」

 耳が痛く鳴る様な音を立てて、電話は切られた。

 何がそんなに気に入らないのかは解らなかったが、宣言した以上はあの仔にもう一度会うまでここを離れるつもりは無い。

 夜になると、あの仔は再び現れた。

 狐面の下で幼い顔は笑っているようにも見える。昨夜と同じ様に遊ぼうと口を動かす。今度こそ、怖いとは思うまい。そう自分に言い聞かせながら、目の前に話し掛ける。

「良いよ。何して遊ぶ?」

 とはいえ、この部屋に小さな子供と遊べるようなものは無い。あるといえば某社から出ているコントローラーの振り回しすぎで問題になったゲーム機だけだ。一応コントローラーは二つある。

 おもむろにその一つを差し出し、テレビとゲーム機の電源を灯す。最初は不思議そうにコントローラーとテレビ画面を交互に見ていた狐だったが、内蔵されていたサッカーゲームをやって見せるとすぐにやり方を覚え、僕と対戦出来るようにまでなっていったのだった。

 それから毎夜、僕達はゲームで遊んだ。

 そうして三日目の夜、いつもは僕が寝落ちするまで一緒に遊ぶ狐が、一時間程遊んだ後ぺこりとお辞儀をして消えた。狐のお面は残っていなくて、代わりに一枚の紙きれが置かれていたのだった。



「やっぱり一週間でしたね」

 仲介者がホッとしたようにそう言ったので、さすがに突っ込みを入れようと思ったが、寸前で思いとどまる。あまり語らない方が良いだろう。鍵を返して立ち上がると、僕はあの仔が最後にしたように一礼をして、不動産屋を後にした。

 次に薦める物件を漁っていた仲介者が慌てて呼び止めるが、僕が振向く事は無い。彼は幾度か繰り返したのかもしれない肩をすくめるポーズで僕を見送って、次の仕事に目を向けた。

「さて、次はどんな所に住もうかな」

 呟きは空に消えて、それを追いかけるように紙切れを陽にかざす。

 おそらく遊んであげたお礼なのだろう。あの仔が置いていったそれは、サッカーくじの当たり券だった。



<了>

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