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黒猫物語

作者: 坂本 真琴

テスト的に書きましたら、長くなってしまいました。気楽に読んで頂きたい。

挿絵(By みてみん)


風が鳴る。

部屋を通り抜けるたびに、涼やかに。リンの黒い毛を柔らかく揺らしながら。

風鈴の音を聞きながら、リンはゆっくりと伸びた。

今年の夏もこの縁側なら涼しく過ごせそうだ。日差しを避けながら微睡む。


「リンちゃーん。ご飯よー。」


リンは弾かれたように顔を上げた。お母さんが呼んでいる。昔から続いている咳払いも聞こえる。

今日のご飯は何かな。軽やかな足取りで廊下を進みキッチンに行くと、お母さんはリンのお皿にキャットフードを入れていた。


またカリカリかぁ。


恨めしそうに見上げると、お母さんはニッコリと笑った。


ため息をついてから、キャットフードの入ったお皿に顔を突っ込む。

ご飯を食べたら、夜まではゴロゴロしよう。早く夜にならないかな。今日は良いお天気だから、綺麗なお月様が見れそうだ。


リビングから歌が聞こえる。古い外国の曲だ。女の人が、気持ち良さそうに歌っている。


食事を終えて縁側に戻ると、日陰が少し減っていた。



その夜は、まんまるのお月様が顔を出していた。

月の光をたくさんまいて、庭に湛えている。


月の光を浴びながら、リンはゆっくりと伸びた。

伸ばした四肢は光をはじいて鈍く輝く。それは紛れもない皮膚の色。


夜の間だけ、リンは人間になれるのだ。




立ち上がりクローゼットに向かう。こっそりと扉を開けて、お母さんの赤いワンピースを取り出した。

頭から被り、袖を通す。洋服を着るときは、いつだって心が弾むんだ。姿見の前でクルリと回るとスカートがヒラリと揺れた。鏡の中のリンは大きな目を細めて微笑んでいる。


縁側に揃えてある靴を履き、庭に出た。

今日はどこへ行こうか。昔よく行った公園へ、久しぶりに行ってみようかな。

家の塀を飛び越え、そのままの勢いで駆け出した。


公園に着くと、真っ先に大好きなブランコに乗った。鎖を掴んで少しだけ揺らす。誰もいない公園に、ブランコのきしむ音だけが響いている。ブランコの音にあわせてリンも歌い出す。歌詞は分からないから、メロディーだけで。お母さんがいつも聞いている、あの女の人の歌を。


風が鳴く。

公園の木々を揺らしながら、ザワザワと。


「その歌知ってるかも」


不意に後ろから声がして、リンはブランコから飛び上がった。全身が脈打つほど驚いた。体全体が揺れている気さえする。

振り返ると、背の高い男の人が立っていた。少しだけ背中を丸めて、大切そうにダンボール箱を抱えている。黒髪で着ている服も真っ黒だ。

「誰の歌?」

男の人は首を傾げて尋ねてきた。リンは少し恥ずかしそうに答える。

「知らないの。お母さんがいつも聞いてるだけで、私は何も知らない。」

男の人は残念そうに、ふーん。と言った。リンは無知な自分が嫌になって強引に話題を変えた。

「その箱は何?」

リンの質問には直ぐに答えが返って来なかった。男の人は迷った様子で、うーん。と言いながら、それでもしばらくすると箱の中を見せてくれた。

箱の中には白い猫がいた。お腹の辺りを赤黒く汚して、ただ横たわっている。

リンはこの猫を知っている。この辺りで暮らしている野良猫で、一度だけリンの家に来たことがあった。目が合うとプイっと顔を背けてどこかへ行ってしまった感じの悪い女で、好きにはなれなかった。

「可哀想に。家の前で車にはねられたみたい。ここに埋めてあげようと思ってさ。」

白い毛は艶を無くして、生気を失っていた。好きにはなれなかったけど。そうか。死んでしまったら、やっぱり哀しいんだ。

「あの木の下がいいよ。よくあそこでお昼寝してたし。」

近くの木を指差してリンは言った。

「そうなんだ。ありがとう。」

どうしてお礼を言われたのか、リンには分からなかった。


「ところで、こんな時間に女の子が一人で何してるの?」

スコップと軍手を片付けながら男の人は言った。

「別に。散歩?夜だし。」

「夜に散歩?危ないよ。」

「平気。夜は好きだし。」

そっか。と男の人はため息をつくように笑った。

「明日も散歩するの?」

「どうだろ。多分。」

「そう。じゃ、また明日。君も早く帰りなさい。」

掌を顔の横に上げた後、後を向いて男の人は公園から出て行ってしまった。


また明日ってどう言う意味だろう。あの人、明日も来るのかな。何をしに?どうして?

来た道をトボトボ歩きながら、その事ばかり考えていた。

初夏の夜。湿気を孕んだ空気がリンの心を熱くする。ザワザワと、ざわめく様に。シットリと、はり付く様に。

歩みは自然と遅くなり、家に着く頃には、空が白くなり始めていた。



今日のご飯もカリカリだった。ゴホンと咳をしながらお母さんが用意してくれたキャットフードだ。最近咳が酷くなっている気がするな。

食べながら、リンは考える。


とりあえず今日も行ってみよう。同じ時間に。同じ公園へ。来たら尋ねよう。どうしてそう言ったのか。

来なかったら、それはそれでいいじゃないか。


食事を終えると急激に眠くなったきた。

縁側に横になり、いつもの様に風鈴の音色を子守唄に、夢の中に落ちていく。

夜を待ちわびながら。



「お、来たね。こんばんは。」

ブランコを揺らしながら、男の人が手を振っている。弾む息を整えながら、リンはブランコに向かって歩いた。

「走って来たの?」

「うん、ちょっと運動しようと思って。」

隣のブランコに腰を下ろしながらリンは答える。本当は来る途中、自然と駆け足になって、気が付いたら走っていただけだけど、それは恥ずかしい事の様な気がして誤魔化した。

「ねぇ。どうして昨日、また明日って言ったの?」

リンは今日一日、何度も何度も心の中で呟いた質問を、ハッキリした口調で投げかけた。

「え?だって君、今日も散歩するつもりだったんでしょ?」

「そうだけど、あなたを誘ったつもりじゃなかったんだけど。」

冷たい言い方になってしまった事を、リンは激しく後悔した。対話に慣れていないので、どう答えるのが正解か分からない。でも男の人は気にもしていない様子で、ハハっと笑って答えてくれた。

「僕も散歩したかったからさ。」

「そうなの?」

「うん。僕も夜は好きだしね。」

「ふーん。変な人。」

その後は何を話す訳でもなく、ずっと二人でブランコに座っていた。ただそれだけだった。

そして男の人は不意に立ち上がり、じゃ、また明日。君も早く帰りなさい。と言って帰って行った。


その日から、毎晩二人は公園に散歩に行くようになった。同じブランコに座って、時々ほんの少しの会話をして、ただ時間の経過を待った。そして、また明日。と言って手を振り合って帰る。ただそれだけ。でもリンにとってそれは退屈な時ではなく、大切な物のような気がしていた。

夜が近付く度に、何だかワクワクしたし、お母さんの服を着る時も、なるべく可愛い物を選ぶようにしていた。

この気持ちが何なのか、リンは知らなかった。でも悪い気はしなかったのだ。


本格的に暑さが増してきた頃、いつもの様に公園に行くと、男の人は嬉しそうに言った。

「今度の日曜日さ。仕事が休みだから遊園地でも行かない?隣町に新しく出来たでしょ?あそこ。」

しまった。と、思った。こんな風に誘われる事を、考えていなかった訳ではなかったのだけれど。

何も言わないリンを見て、男の人は気まずそうに聞いた。

「何か予定があるの?」

「そうじゃないけど…」

「僕と遊びに行くの、嫌?」

「そんな訳ないじゃん…」

言い訳を考えるリンを見て、男の人は少し寂しそうに笑った。

「いいんだ。言ってみただけだから。君にも事情があるだろうし。」

そう言うと、立ち上がり、君も早く帰りなさい。と呟いて公園を後にした。


また明日って言ってくれなかった。いつもの二人の合言葉。私が黙っていたから?怒っちゃったのかな?


ブランコに座ったまま公園にぽつんと残されたリンは、時間が戻ればいいのに。と思った。



次の日もいつもの様に公園に行った。でも昨日の言葉の通り、男の人は来なかった。

次の日も、その次の日も。その次の日も。

鳥が鳴き始めるまで待っても、男の人が公園に来る事はなかった。


私が悪いんだと、自分を何度も何度も責めながら、家から公園を往復するだけの日々が続いた。

でもしょうがないんだ。私はあの家の飼い猫だから。そう心の中で自分を慰めたけど、余計に虚しくなるだけだった。



風鈴の音を聞きながら、リンは縁側で微睡む。

今日会えなかったら、もう公園に行くのはやめよう。ただ待つだけの夜なんて楽しくないし。

夢と現を行き来しながら、そう思った。お母さんの咳払いが小さくなっていった。



その日の夜。

いつもの様にクローゼットを開けて服を選んでいる時、キッチンからゴトンと大きな音が響いた。

リンの動きが止まる。様子を伺うように耳を澄ました。


耳が痛くなるほど静かだ。でも、何かがおかしい。妙な胸騒ぎがした。


急いでキッチンへ向かう。真っ暗なキッチンのテーブルの横に、人が倒れていた。


「お母さん!!」


駆け寄って声をかける。思わずそうしてしまった。これはこの家ではタブーなのに。

本当はずっと気になっていた。咳が酷くなっている事。体調の悪化に気が付いていたけど、何も出来なかった。自分の事で精一杯で何もしなかった。

青白い顔で横たわるお母さんがを見ると、涙がこぼれそうになる。

リンは電話に飛びつくと、震える指でボタンを押した。

何度目かのコールの後、懐かしい声が聞こえる。


「おじさん!助けて!お母さんが…!」


リンは受話器を握りしめて叫んだ。



けたたましいサイレンを鳴らしながら、お母さんを乗せた救急車は一番近くの診療所へ滑り込んで行った。

そこでお母さんを診てくれたお医者さんの姿に、リンは目を疑った。

初めて会った日に着ていた黒い服の上から、白衣を着ている。あの男の人だったのだ。おじさんと難しそうな顔をして、何かを話していた。


「凛。こっちへ来なさい。」

おじさんがリンを手招きして呼んだ。リンがどうしたら良いか分からずにオロオロしていると、もう良いんだよ。と言った。

「ちゃんとお母さんの娘として、お別れをしなさい。」

おじさんの言葉に、とうとう涙がこぼれてしまった。




お母さんの葬儀は滞りなく終わった。お母さんの兄であるおじさんが、喪主を務めてくれたお陰かもしれない。

喪服のまま、いつもの縁側に座る。庭をボンヤリと眺めていると、隣に男の人が座った。ブランコで会話をしていた、あの時の様に。それが当たり前の様に。


「最近、体調を崩す人が沢山居てね。急に気温が上がったせいだろうけど。この辺りは他に病院が無いし。」

言い訳する様に、だから行けなくてゴメンね。と呟いた。


「私の話を聞いてくれる?」


リンは自分の事、お母さんの病気の事をポツポツと話始めた。



元々身体の弱かったお母さんは、リンが生まれた頃旦那さんを事故で亡くし、心まで病気になってしまった。

旦那さんの記憶を無くして、リンを飼い猫と思う様になって二十年になる。

リンの義務教育はおじさんのお陰で何とかなった。それからはお母さんとリンと、二人で暮らしていた事も。


全て話し終わるまで、男の人は少しの相槌を打ちながらも、何も聞いて来なかった。

ただ最後に、辛かったね。と言った。


「それでも私は、愛されてると思っていたの。」


葬儀の後のざわめきが遠ざかる。明日が迫ってくる。ただ明日は、今までの明日とは確実に違うだろう。


男の人は立ち上がり、じゃ、また明日。と言った。


三千字を超えた頃から重くなって、上手く書けなかったです。悔しいです。

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