(後編) FXで有り金ぜんぶ溶かした現代版「しあわせハンス」
ドイツのグリム童話では、わらしべ長者と正反対の物語が存在する。
タイトルは『しあわせハンス』
うろ覚えながらも、以下にあらすじを書いてみたい。
ハンスは出稼ぎの労働者で、親元を離れた土地の資産家の下で働いていた。
そうして七年が経ち、ハンスは母のところへ帰ることとなった。
ハンスは主人から、七年分の労働の賃金として、両手に抱えるほどの大きな金塊を貰い受ける。ハンスは金塊を背負って、帰郷のための長い道のりを歩き出した。
さて、重い金塊を背中によろよろと歩いていると、そこに馬に乗った騎士が通りかかった。ハンスは騎士を見て、「いいなぁ、馬があればもっと楽に道を進めるのに」
その言葉を聞いた騎士が馬を止めて地面に降りると「では君の持っている金塊と私の馬を交換しようではないか」と提案する。
ハンスは大喜びして交換に応じた。
「ボクはなんて幸せなんだ! 重くて運ぶのが大変な金塊から、どこまでも乗せていってくれる馬を手に入れたぞ!!」
金塊を騎士に渡し身軽になったハンスは馬に乗って道をらくらくと駆ける。ところが調子に乗りすぎて鞍から落っこちてしまう。地面に投げ出されて体を痛めたハンスの側をちょうど牛車に乗った男が通りかかった。
ハンスは牛車を見て、「いいなぁ、牛車は馬と違って安全な乗り物だし、おまけにミルクも搾れるじゃないか」
それを聞いた男は、ハンスに馬と牛を取り替えないかと提案する。ハンスは大喜びで受け入れる。
「ボクはなんて幸せなんだ! 危ない暴れ馬から、安全でミルクも取れる牛を手に入れたぞ!!」
牛車に乗ってゆっくりと進み、道も中程を過ぎた頃、ハンスは喉が渇いてきたのでさっそく牛からミルクを搾ろうとした。ところがその牛は年老いているようで、ミルクは一滴も出なかった。
溜息をつくハンスの横をちょうど豚飼いの少年が通り過ぎる。
ハンスは少年の連れる豚を見て、「いいなぁ、豚は食えるじゃないか。なのにこの牛ときたらミルク一滴出しやしない」
そこで少年はハンスに牛と豚との交換を持ちかける。もしかしたら少年はおまけにオレンジジュースのボトルくらいはつけたかもしれない。とにかくハンスは大喜びで、少年に牛車を引き渡した。
「ボクはなんて幸せなんだ! 役立たずの老いぼれ牛から、美味しそうな豚を手に入れたぞ!!」
豚を連れて帰路を行き、あともう少しのところ。ハンスは今度はガチョウを抱えたおじいさんに出会う。ここでも「ガチョウは豚と違って食えるだけでなく、油も取れる」とか何とか言って交換に応じてしまう。
豚と引き換えにガチョウを手に入れたハンスは決まってこう言うのだった。
「ボクはなんて幸せなんだ!」
ガチョウを抱えて歩くハンスのところに、商人の男が現れて「そのガチョウと俺の砥石を交換しないか? 砥石さえあれば、包丁を研いだりして商売ができる。商売道具さえ揃えれば、それを使ってお金はいくらでも手に入るんだぜ」と持ちかけた。
ハンスは大喜びで男にガチョウを引き渡した。そして男から砥石と砥台のための大きな平べったい石を貰い受けた。ちなみに砥石や砥台はその辺の道端にも落っこちている石っころのことで、貴重なものではない。
ハンスはまた歩き出して初めの方こそご機嫌だったが、重い砥石と砥台を持って歩くので疲れてきて喉が渇く。道の途中に井戸があるのを発見して、井戸を覗き込む。するとその拍子に砥石が井戸の底へと落っこちてしまった。
結局、何もかもを失ってしまったハンスは、満面の笑みでこう言うのだった。
「ボクはなんて幸せなんだ! これで何にも邪魔されず、身軽に家へ帰れるぞ!!」
以上がグリム童話「しあわせハンス」の要約である。
教訓としては
『自分の物を軽んじ、相手の物ばかりを欲しがる人は、結果的に損をする』といったところであろう。
しかしながら印象的なのは、ハンスがすべてを失ってなお「しあわせ」であり続けることだ。
きっとハンスなら、FXで有り金ぜんぶ溶かしたとしてもこう言うだろう。
「ボクはなんて幸せなんだ! これで今晩からは為替を気にせずにぐっすり眠れるぞ!!」