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14卒、無い内定。――ぼっちの就活日記  作者: 五条ダン
第一章 新たなる選択肢
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笑顔の就職活動!

 タイトルは定かではないが「内定必勝法!」みたいな本を読んだ。本に書かれていたのは、面接における第一印象の重要性と笑顔の大切さだ。


 就活の勝負を決める、笑顔、スマイル。

 霊長類の脳には《ミラーニューロン》と呼ばれる宇宙生物のような名前の組織があるらしい。他者の表情を見ることで、頭のなかのミラーニューロンが働き他者に《共感》する。


 つまり、対面に座る相手が笑顔であれば、自分もなんだか嬉しくなってくるのだそうだ。

 そんなわけで、ボクは笑顔の練習をはじめることにした。



 深夜二時、ケータイ電話のバイブレーション・アラームで目を覚まし、ボクは音も無くむくりと起き上がる。流石にこの時間であれば、隣室の母も熟睡している。今なら怪しまれることなくこっそり笑顔の練習ができる。


 パジャマのまま部屋を出て、真っ暗闇に沈みそうな廊下を足音を立てぬようそろりそろりと移動する。広くない家なので数歩もあれば洗面所に辿り着く。


 スライド式のドアを開け、さっと入り込み戸を閉める。電気のスイッチを入れると、眩い光とともに虚ろな瞳をした冷凍イカのような人間の姿が飛び込んできた。


 うわあああ!!!と叫びそうになったのをはっと堪える。なんだ、自分自身の姿じゃないか。

 洗面台の鏡に、自分が映っているのだ。


 ボクは鏡の人物に片手を挙げ、やあ、と挨拶をすると、さっそく笑顔の練習に取り掛かった。時刻は深夜二時、毎日この時間に鏡を見て、すてきなスマイルが作れるようにトレーニングするんだ。うまく行けばマクドナルドの店員さんになれるかもしれない。



 ボクはまず、にっこりと笑う感じで、口を逆三角形の形に開けた。

 すると鏡の人物は目を真ん丸に見開き、口をぽっかりと開け、ムンクの叫びのような悲愴な表情を見せた。

 なんだか内定が取れなくて絶叫するような、笑顔とは程遠い顔だった。


 どうしたものかと考え、そういえば笑った人間は目を細めるのだということを思い出した。洗面台のふちに手をつき、鏡に顔を近づける。口は逆三角形に大きく開けたまま、目だけを細めてみる。

 すると表情から悲愴感は消えたものの、なんだか痛そうな辛そうな表情になった。タンスの角に足の小指をぶつけたような顔だった。


 やはり口を開けすぎたのが間違いだったのだ。もっと軽くさわやかに微笑む感じで。口を半開きにして、左右に引き結ぶ感じでやってみようと試みた。前歯を半分くらい覗かせるくらいで口を「イー」と発音するように開ける。目は細めたまま。

 するとやっぱりどこか怒っているような表情になった。


 深夜アニメを観てニヤニヤするならばまだしも、『笑顔を作ろう』と意識した場合にそれを実行に移すのはとても難しいことが分かった。もしも普通の就活生が面接のために、こんな難しい笑顔の訓練を続けてきたのだとすれば、それを怠っていたボクは内定が取れなくても当然か……。

 どうしてもっと早くに表情の大切さに気がつかなかったのだろう。


 その後もボクは、鏡と睨めっこを続けた。顔の筋肉を動かし、どうすればスマイルになるのかを試行錯誤する。割り箸を口に咥えて表情筋を鍛えるメソッドも試してみたが、いまひとつ実感が得られなかった。



 仕方が無い。今日のところは一旦引き上げよう。スマイルは一日にして成らず、だ。


 ボクは洗面所の電気を消し、それからドアを開けるまえにもう一度名残惜しく鏡のほうを振り返った。

 暗がりのなか、鏡に映ったボクがにたぁと笑みを見せてこちらに向かって手を振った。

 闇にぼんやりと浮かび上がる笑顔にボクはすっかり励まされ、やる気が満ちてきた。



 よーし、明日から就活がんばるぞー!



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