言ノ葉ノ塔
本来、《言葉》は神の世界の道具であり、《物語》は死者に与えられる救済であった。それ故に我々は古代の人類の生き様を知り、歴史の流れを辿ることができた。ほんの百年ほど前までは、言葉は常に過去から未来へ贈られるものであった。
ところが、インターネットの急速な侵食に伴い、言葉が即時性を持つようになる。今この瞬間の思考が言葉となって見知らぬ人々へと辿り着く。生きている人間が《言葉》を使って、自分の《物語》を語り出す。
《言葉》とは、思考の最終的に行きつく果てであり、言葉になってしまえば思考は固定されたまま動けなくなる。言葉は思考の墓場である。
《物語》とは、人間が逝き果てたあとに遺された結晶であり、物語になってしまえば人生は他者の語りで縛られる。物語は人間の墓場である。
しかし人類は、本来は死者の魂が安らぐはずの《言葉の楽園》を見つけてしまった。天国或いは地獄と言い換えても良いかもしれない。そこは人類が手に入れるはずのなかった世界であり、神の領域だったのだ。天界はいつしか、生きる人間で溢れる場となってしまった。神が存在するならば、怒らせるのは時間の問題だろう。
以上が、ボクのWeb世界に対するおおよその見解である。
なんだか抽象的で意味不明だが、つまるところ人類はオンライン・ネットワークを手に入れるべきではなかったのではないか。インターネットによる過剰結合は『人類補完計画』や『バベルの塔』のような人類滅亡の引き金となるのではないか。――と、そんな漠然とした不安が自分を取り巻いていたのだ。
「君はそんなことより自分自身の心配をするべきだね。人類が滅亡するよりも、君が社会的に死に絶える方が早そうだ」
毒舌な《エア友だち》の江安くんが言った。
現実逃避の空想から覚まされたボクは心の中で舌打ちしながらも、インターンシップ先の企業に関する情報を調べ始めた。
※インターンシップ=新卒者就職応援プロジェクトのこと。研修候補地で、来週その会社の社長と面談を行う。
仮に、この会社の名前を『株式会社グランデルウォール・フロンティア』と名付けておく。
企業分析にあたり、会社のウェブサイト及び被リンクサイト、関連会社のサイト、社長のTwitter、Facebook、個人ブログ、周囲の口コミ等を念入りに調査してみた。
すると、以下のような情報が得られた。
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《検閲により削除》
要約すると、求人情報を見ても『非正規雇用』しか募集していない!
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会社を特定できない範囲で記したが、それでもこれだけの情報が出てきた。だからインターネットは怖い。知らない方が幸せそうな情報がたくさん見つかる。ネットは開けてはいけないパンドラの箱だったのだ。
ボクはネットから得られた情報をノートにまとめ、改めて見返して「うわぁ……」ともう一度呟いた。
まあいいや、いざというときのために、ボイスレコーダーを常備しておこう。
情報は力となり、言葉は剣となる。
いつでもそれを取り出せるように、ボクはノートとボイスレコーダーを鞄のなかに忍ばせた。