ずぶ濡れのポジティブ思考
二十一世紀にもなって人類は未だに《傘》などという原始的な道具に頼らざるを得ないことに溜息を吐いた。すると街の方から凄絶たる烈風がやってきて、片手に持つボクの傘をボロボロに壊して去っていった。
呆気に取られ立ち尽くす間も容赦無く、雨が降り続ける。
もう一度吐いた溜息は白い雲となって頭上の鬱々とした雨雲に吸い込まれるように霧消した。
海が近いからか、山が近いからか、この日の神戸は強風の最中にあった。ボクは濡れるのを構わず、駅へと向かう。
『新卒者就職応援プロジェクト』について、京都に住む祖母に説明に行く必要があったのだ。
祖母については前作(ぼっちの就活日記)で紹介をしたが、簡単にここでも触れておく必要があるかもしれない。
ボクは今年の2月~5月に東証1部上場の某大企業へ就職活動を行っていた。実はこれが祖母による強力な「コネ」就活であったのだが、残念なことにボクのコミュ力の低さの方が遥かにレベルを上回ったので「不採用」となったのだ。
祖母がせっかく用意してくれたコネをボクは台無しにしてしまい、そんな経緯から祖母とは顔を合わせ辛い状況にある。
十三で京都河原町行きの特急に乗り換える。車窓からは相変わらずの曇天が見えた。
――とはいえ、祖母からは今までに数え切れないほどの支援を受けてきたし、祖母のところには妹たちが引き取られているし、そのような事情なので就職活動に進展があった場合はまず真っ先に京都へ報告に行かねばならぬのだった。
家を出て二時間半ほどで京都某所へ着いた。昼過ぎである。
昼食は駅のホームでじゃがりこを食べて済ませた。
『新(略)プロジェクト』への参加は間違いなくひとつの《進展》であると自分では確信しているのだが、問題は祖母がそれに納得してくれるかどうかだ。
門のチャイムを鳴らす。
表札の下には《猛犬注意》のシール。だが祖母の家にいるのはカミツキガメとスッポンで、猛犬よりもずっと怖い。
「あらあ、ダン君よく来たわねえ。就職活動大変だったでしょう」
祖母がドアを開けて、迎え入れてくれた。
玄関でとりあえず、ずぶ濡れのコートを乾しておき、洗面所で着替え等をして落ち着いてから、話し合うことになった。洗面所のドアを開けるとき、妹とばったり鉢合わせしてライトノベル的な展開になるかと期待したがそんなことはなく、妹たちはそういえば学校へ行っている時間帯だった。
「ほんと就職決まって良かったわねえ。ほんと、決まればどこだっておばあちゃんは嬉しいのよ。三菱商事だって三井物産だってアステラス製薬だって、良い会社だしねえ」
居間で一段落してから、祖母が開口一番にとんでもないことを言い出したのでボクは仰天した。
「ちょ、っと待ってください。ボクはまだ何も……それにそんな大企業はもう…」
「ああ、そうだわね。若い人はやっぱり、ミクシィやガンホー、それからコロプラとかに入りたがるのかしら」
「おばあさま、……まさか……」
まさか株式投資でミクシィなんて買ってませんよねと言い掛けたところではっと言葉を呑み込んだ。今はそんな話じゃない。
ボクはまず第一に、まだ内定が決まっていないのだと、はっきりと言い切った。
続けて、目をぱちくりさせる祖母に、こう切り出した。
「おばあさま、ボクは《とある国家プロジェクト》に選ばれたのです!!」
物は言いようだなと思った。
《新卒者就職応援プロジェクト》 なんだかカッコイイではないか。
ふっ、俺は国家プロジェクトに参加して、国から報酬を得ているんだぜ!(少なくとも嘘ではない)
みたいな。
それからボクは、日本の経済の活性化のためには中小企業の成長が不可欠で、自分はそのための活動に加わりたい。いつかは日本を代表する一企業の社長になってやる!とかなんとか熱弁を振るった。
祖母は、話を聞き終えると、くすっと微笑んで言った。
「なんだか知らないけど、見栄を張ってるでしょ。でもいいのよ、何であれおばあちゃんは信じてるから」
そんな感じで、今日の物語は無事に終わった。
妹たちへのお土産に、本屋で買った『黒子のバスケ』と『俺様キングダム』の最新刊を置いて帰った。
新(略)プロジェクト受入企業とは、来週あたりに面談を行うことになった。
募集職種が『清掃』の会社なので、コミュニケーション能力はあまり要らないかなと楽観していた。
会社従業員のほとんどが非正規雇用らしいが、真面目に働けばいつか正社員登用もして貰えるかもしれない。まずは働くことに慣れなければ。
なんて夢を見ながら、就職活動は続くのであった。