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14卒、無い内定。――ぼっちの就活日記  作者: 五条ダン
最終章 就職活動の終わり
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ぼっちの最終計画

 母は戻らず、ひとり家に取り残された自分は本当の意味でぼっちになったのかもしれない。ツイッターのない時代に生きていたなら、きっと本物の孤独には耐えられなかっただろう。


 寂れた郵便受けの中を開けると、一通の封筒。

 取り出してみると『大学就職課』の文字があった。


(なんだろう……今更就職課がボクに何のようだ? 無い内定向けの学内合同企業説明会とかあるのかな……)


 水道水をコップ一杯飲み干し、意を決して封を開けてみる。

 そして脱力する。

 なんのことはない。

 中に入っていたのは「進路調査票」と「添え状」だったのだ。



――――

――――――


『進路調査のお願い』


 このたび本校を卒業された学生を対象に、就職課より進路調査をお願いしております。頂いた情報につきましては厚生労働省、文部科学省等の卒業者進路状況実態調査のため用いられることがあります。何卒ご協力のほど宜しくお願いします。


 つきましては同封の進路調査票にご記入のうえ、必ず4月25日までにご返送ください。

 末筆ではありますが、貴殿の今後のご活躍をお祈り申し上げます


 お祈り申し上げます。


 

 お祈り申し…



 お祈り



――――――

――――



「う、うわああああああ」



 就職活動での苦い記憶がフラッシュバックする。

 ボクは去年、数十社から《お祈り》を受けた。祈られすぎて、危うく神になるところだった。


 就活における「祈り」はしかし、感情の一切篭らない虚無な言葉なのかもしれなかった。

 もしも学生の将来を祈るのであれば空々しい定型文でなく「面接のマナーがなってない! バカヤロー!!」とでも書いてくれた方がある意味有り難い。



 書状を机に放り投げて、溜息をつく。

 それにしても、なんだこれは……。


 就職課からの当てつけか、そうでなければ嫌がらせか。

 先日の『ぼっちの卒業式』のときに、就職課にはすでに進路報告を届けていた。

 それなのに、どうしてまた……。

 


 ふっ、まぁいいさ、ボクはゴーストライターの道を選んだんだ。

 仕事は山ほどあるし、一応「職」には就いているといえる。

 何ら恥じることはないと自分に言い聞かせ、同封されていた進路調査票に目を落とす。



 進路調査票には以下のような項目があった。



1.就職 [職種・業種・会社名]

――雇用形態[正社員・契約社員・派遣社員]


2.進学 [大学院・専門学校・留学]


3.アルバイト・パート


4.その他、家事手伝い等



 ん、なぜだ。

 進路調査票には「起業」や「フリーランス」「自営業」「個人事業主」といった項目がひとつも見あたらない……。


 選択肢にあるのは正規雇用にせよ非正規雇用にせよ「雇われる働き方」だけだった。

 起業という選択肢は、用意されていなかったのだ。


 これはつまり、ボクのようなアウトサイダーな生き方が、社会から認められていない証拠だった。



(社会から認められる、か……)

 ボクはいったい、誰からどんなふうに認めて欲しかったんだろう。

 そしていったい何者に、なりたかったのだろう。


 空欄を埋めることが不可能な進路調査票を前に、漠然とそんなことを考えた。



「むしろ君には好都合じゃないのかい。周囲から外れ、孤独を選び取る。それが『ぼっち』という生き方じゃないか」

 江安恒一えやすこういち、ボクの創作したエア友だちが言った。

 彼はエア友だちであるがゆえに、いつでもどこでもボクの目の前に現れることができるのだ。



「それもそうか。江安くんの言うとおり、こんな結末の方が14卒無い内定ぼっちとしては相応しいのかもしれない」


「何を馬鹿なことを言っているんだ。君にはまだ、他者には譲れない大切なものがあったじゃないか。それに、伏線も回収していない。例の計画はどうなったんだ」



 例の計画……?

 一体何のことだ。


 そういえば卒業式の日、ボクはたしかに、何かを始めようと決意したのだった。

 何か壮大なプロジェクトをあの日、いや、去年の就職活動を始めたときからずっと計画してきたのではないか。


 自殺の衝動が起きたあの日、ボクは何を見た?


 川原に転がるゴミ袋?

 いや、違う。



 そうだ、ナメクジだ!!



「思い出した! 思い出したよ!! ナメクジ・プロジェクトだ!!!」


 ボクは嬉しさのあまり飛び跳ねた。

 どうして今まで忘れてしまっていたのだろうか、こんなにも大切なことを。



「きっと、前作から読んでくれている読者でさえ憶えていないと思うよ。でも、これが本当に最後の、絶対に回収しなければならない伏線だったんだ」


「そうだった、起業の原点はナメクジだった。そして、今のボクには……」


「今の君には、それを実現するための《知識》がある。あとは努力次第だね」

 江安くんが後を続けた。



 ボクは喜びに震えた。

 ナメクジ・プロジェクトが成功した世界が目に浮かぶ。


 人類がようやく「ナメクジ萌え」の真理に到達する、その日が――。



 解説を加えておかなければならない。(そうでなければクレームが殺到しそうだ)

「ナメクジ・プロジェクト」とは、去年から構想し続けてきたコンテンツ・マーケティングである。


 これまでに、くまモン、ふなっしー、ひこにゃん、なめこ、イカ大王などのゆるキャラが世間では大ヒットしてきた。イカ、梨、キノコなどなど、ゆるキャラのコンセプトとなる題材はさまざまある。

 しかし、ただひとつ非常に残念なことがあった。


「ナメクジ」のゆるキャラがいないことだ。

 そもそも「ナメクジがかわいい!」という感情を人類の多くは抱いていないのであった。


 ナメクジが可愛いことに多くの人たちが気づけば、この世界はもっと良くなる。

 無い内定やニート、ぼっち……日の当たらない生き方に光が当たり、ナメクジみたいに日陰でスローペースに生きていくようなライフスタイルが見直される世界になるだろう。


 死にたいと社会に絶望する人たちが「ナメクジの生き方」を肯定するコンテンツに出会えば、救われることもあるに違いない。



 ナメクジ本来の可愛さと、デフォルメされたナメクジゆるキャラの癒し、それからナメクジのような生き方――それらを合わせた「ナメクジ萌え」を世界に広めるのが、ボクに託された最後の使命。


《ナメクジ・プロジェクト》の概要だった。


 前作「ぼっちの就活日記」ではナメクジ・プロジェクトに関する記述がいくつか見られた。しかし就職活動に追われる内に、ナメクジはボクの頭から離れてしまっていた。


 ナメクジを世界に広めるためには、多額の資金が必要だ。だから実現不可能だ。――そんなふうに考えて、諦めていた。


 でも、違う。

 必要なのは、想いを社会に届けるための知識ノウハウだったんだ。


 アフィリエイト事業法人でゴーストライターとして働き、アフィリエイトとSEOに関する知識を学んだ。

 だから、今のボクにはできる。


 ナメクジブームを引き起こしてみせる!!



 ボクはノートパソコンを立ち上げ、真っ白の原稿ファイルを開いた。

 ここから始まる、ナメクジの物語が。


 14卒無い内定が、決して悲しい想いをしなくて済むような、希望の物語が――。

 江安くんは無言で、窓越しに浮かぶ白い雲を眺めていた。



――――――

―――



『14卒、無い内定。――ぼっちの就活日記』はこれにて閉幕としたい。

 近い将来、ナメクジの時代がやってきたとき、14卒無い内定の物語があったことを思い出していただけたのなら幸いである。



 最後まで読んでくださった読者の皆様に心からの感謝を。



 ありがとうございました。




 『14卒、無い内定。――ぼっちの就活日記』 【完】



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