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14卒、無い内定。――ぼっちの就活日記  作者: 五条ダン
最終章 就職活動の終わり
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ぼっちの卒業式 part2


『ただいまより、○○大学、学位記授与式を開式いたします』


 長かった待ち時間が過ぎ、ようやく開式の時刻となった。

 やれやれ、これで周りの連中もやっと静かになるぞ。


 安堵のため息をつく。

 静寂の空間においては、ぼっちもリア充も関係ないのだ。

 あるのはただ厳粛とした空気のみ。心安らぐ卒業式を堪能しようではないか。



「4月1日から入社式とかマジだりぃわぁ」「うっそ春休みないんかよ」


「スカイツリーよりも東京タワーが見たいよね」「あー、わかる。やっぱ東京行ったらまずは東京タワーだよねー」


 会話をやめない……だと……。

 結局、式が開催されても大学生たちはおしゃべりを続けるばかりであった。


 学長や理事長の祝辞の言葉は、学生たちの私語にかき消される。

 なるほど、これが私立Fランの卒業式か……、と妙に納得しつつ、ボクはふと来賓席が気になって後ろを振り返った。


 来賓席――、卒業生の保護者や関係者たちの席は、体育館後方の壇上(表現しにくいがホール上になっていて、その2階建ての部分。コンサートホールや野球場観客席のようになっている)に用意されていた。


 来賓席には保護者と見られる人たちの姿がたくさんあったが、そのなかにちらほらと同年代の大学生らしき人物の姿が見えた。彼らはみなチェック柄の私服を着ていて、ひとり離れた場所に座り、ぽつーんとしている、遠目にはそんな印象を受けた。



 まてよ、もしもスーツではなく私服で来ていた学生がいたとしたら……。

 もしも、友達はいないが卒業式には参加したい学生が、来賓を装って式に出席したとしたら……。


(そうか、その手があったか!!)


 つまり、最初から卒業生としてではなく、来客(卒業生の関係者)として卒業式に出席する。

 そうすれば、ボクのような惨めな思いをしなくて済んだわけだ。


 ちくしょう、なんで思いつかなかったんだ。


 と、悔しがっているうちに卒業式は終わった。

 はじめて耳にする大学歌をうたったのは、卒業生ではなく録音されたテープレコーダーであった。


 愛校心の欠片もない卒業生たちと、事務手続きを済ませるように淡々と進められる卒業式。



 後味の良いものとは言えなかったが、妙に心に残る式典となった。



 体育館を出ると、花道が用意されていた。

 卒業生の親、親戚、部活の後輩と思われる人たちが、出てきた卒業生らを祝うため取り囲む。


「先輩、今までありがとうございました」 そう言って、色紙を渡す者。


「卒業おめでと、社会に出ても頑張れよ」 そう言って、花束を渡す者。


 ソメイヨシノの立ち並ぶ大学構内には、いくつもの祝福の言葉が溢れていた。



 無論、ボク自身に向けられる言葉はひとつもない。

 出会いも別れもなく終わった大学生活を振り返り、ボクは無言でその場を立ち去った。



 と、ここで帰ることができないのが辛いところである。

 このあとゼミ室に集合し、担当教授から卒業証書を受け取らなくてはならないのだ。


 3号館11階の法学ゼミ室Aに入ると、同期のゼミ生たちがすでに集まって談笑をしていた。

 ゼミ生は全員で13人。それぞれ4人、2人、6人の仲良しグループが出来上がっている。最後にひとり残ったのはもちろん自分である。


 密室に少人数のグループ、そしてひとりだけ「ぼっち」という、何度となく味わった居心地の悪い空間。

 春アニメの妄想を脳内に展開し、必死に心の平静を保とうとする。

 教授が来るまでの辛抱だ。


 やがて教授がゼミ室に入ってきて、開口一番に言った。


「じゃあ、最初に事務手続き済ましとこ。就職課からお達しが出ているんで、これから配る進路報告書を今すぐ書いてください」


 隣から回ってきた進路報告書とやらに目を通す。

 就職先の会社名や会社の連絡先を書く欄があった。

 また、15卒の学生のための就活アドバイスみたいな欄もあった。


 必然的に、ゼミ生たちの話題は、就職先に関する内容となった。


 正社員になる人、警察学校に入る人、公務員になる人、さまざまな進路を取る人がいたが、進路の決まっていない14卒無い内定はボクだけだった。


 決して埋めることのできない空欄を見つめながら、ボクは自分がいったい何になりたいのかを考えた。

 作家、小説家、アフィリエイター、ネオニート、ノマドワーカー、ゴーストライター、ハイパーメディアクリエイター、……そんな実体のない言葉が頭の中をぐるぐると渦巻いた。



 突然、教授が思い出したようにボクに声をかけた。


「そういえば五条君、キミひとりだけまだ進路報告受けてないけど、どうなったの」



 するとゼミ生たちの雑談がぴたりと止み、全員の関心がボクひとりに向けられた。

 関心というよりそれは、いじわるな好奇心かもしれなかった。

 目に飛び込んでくる、笑みに歪んだ口元。



「は、わ、わ、ボ、ボクは……ボクは……」


 駄目だ、なんて答えればいいんだ。嘘はつけない。

 直近でしていた、仕事、そしてこれからも続けていくであろう仕事は、ボクにとって……



「ボクはゴーストライターになりました!」



 瞬間、笑いがどっと沸き起こった。


 ボクはその場に居たたまれなくなって、自分の分の卒業証書と卒業記念品を教授から奪取して、それから学生証を返還してから、逃げるように席を後にした。


 今にして思えば、就職先が決まらない以上、卒業証書など貰っても燃えるゴミにしかならないのだが、そもそも卒業式に参加した目的のひとつが卒業証書なのだから受け取らないわけにもいかなかった。


 記念撮影のシャッター音のなかを潜り抜け、大学門を飛び抜け、ボクはひたすら走り続けた。

 

 悔しくて、自分が情けなくて、涙が溢れ出てきた。



 やはり死のう。

 もう十分だ。



 川に飛び降りるくらいの勢いで欄干から身を乗り出したとき、川原に1mほどの大きなナメクジが寝転んでいるのが見えた。


 それはよく見ればただの大型ゴミ袋だったのだが、そのときのボクにはナメクジが「生きろ」と自分を叱責しているように思えたのだ。


 ボクは一旦家に帰り、今後を生きるための戦略を練り直すことにした。



 そして時は過ぎ、4月2日。

 14卒の学生たちが入社式を迎えるこの日、14卒無い内定ぼっちの最後のプロジェクトが始まろうとしていた。



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