ぼっちの卒業式 part1
ぼっちに内定はない、友達はない、未来はない。
しかしせめて卒業式くらいには参加しておこうと、ボクは大学へと向かった。
3月25日、まだ消費税が5%だった頃の話。
集合場所の大講義室に入ると、袴やスーツを着た学生たちが集まって、がやがやと談笑をしていた。
同じ法学部で卒業する学生が100名以上集合しているはずなのだが、皆何かしらのグループを作っていて、講義室の中でぼっちなのはボクだけだった。
「卒業旅行どこ行くー?」「やっぱ沖縄いっとく?」
「はぁ~、4月から社会人かぁ」「しょうみ就活とか楽勝だったな」
そんな会話がどこからともなく聞こえ、ただひとり孤立した空間に立ち尽くすボクに心理的ダメージを与える。
(おかしい……、他のぼっち仲間はどこに行ったんだ……)
まさか大学4年間で友達が作れなかったのは自分だけなのか……そんな……はずは……。
いや、まてよ……友達がひとりも居ない奴がそもそも大学の卒業式に参加するだろうか……もしかして自分は来ては行けない場所に足を踏み入れてしまっ……
思考が混乱してパニックに陥る寸前、教室に学生課の教員が入ってきた。
中年の冴えないおじさんといった印象だった。
「あ、あ、マイクテストー」やる気のない声を出してから、ひとつ咳払いして、言う。
「あー、みなさんご卒業おめでとうございます。これより体育館で学位授与式を行いますので、移動をしたいと思います。なお、席は自由席となっていますので……」
それを聞くやいなや、教室全体の空気が「「「ウェーイ!!!」」」と昂揚した。
「はい、はい、静かに! とりあえず二列入場で入りますので、二人組作って私の後に続いて下さい。それでは移動を開始します」
「「「ウエエェェェェーイイイイ!!!!」」」
「うわあああぁあぁぁぁ!!!」
歓声に混じって恐怖の叫びをあげる自分の姿があった。
ふざけやがって、二人組とかやめてください! 友達つくれない人もいるんですよ!!
頭に血がのぼり、怒りと恐怖が混じった感情が溢れ出てくる。
それと同時に、もうひとつの誘惑が脳裏にチラついた。
(帰るか……今だったら誰にも怪しまれず帰れる。逃げるなら今しかない……)
逃げる、いや、自分はいったい何から逃げようとしているのだ。ただ卒業式に出席する程度のこと。
ぼっち暦=年齢の自分にとって、これくらいのイベントどうということはない。
高校の文化祭のときと比べたら、朝飯前だ。ここで帰るのはカリスマぼっちとしてのプライドを傷つけてしまう。
「うわぁ、俺らのグループ奇数だし」「ははは、じゃあお前ぼっちかよ」
そんな会話が聞こえてきたので、ボクは音と気配を消して、そのグループに紛れ込んだ。
幸いにして、今日は卒業式。多くの学生がリクルートスーツを着てきている。同じく漆黒の衣を身に纏った自分が目立ってしまう恐れはなかった。
学位授与式の会場は、体育館だった。一面にパイプ椅子が並べられ、ボクたちは順に腰を下ろしていった。
ボクは列中央ど真ん中に挟まれる形となった。
椅子と椅子との間隔はゼロ距離で密着していて、動かすことができない。前と後ろの列の間隔も狭く、まるで通勤列車のなかにいるような感じだった。
「うわぁ、やべぇな。せますぎやろこれ」「ほんまだるいわぁ」左側から会話が聞こえる。
「ねぇ、あのあとカレシとどうなったん?」「えー、ここで言っちゃう系?」右側から会話が聞こえる。
(しまった……完全に挟まれた……)
2つのグループに挟まれ、かといって今この状況で席を立つこともできず、ボクは完全に孤独の狭間に取り残されてしまった。春アニメのことを考えながら、ぎゅっと目蓋を閉じて、今は耐え凌ぐしかないと考えた。
ふと手元のパンフレットに目をやると、午前11時開式と書かれてあった。
そして腕時計を見ると、針は10時20分を指していた。
(そんな……あと40分も……耐えなきゃいけないの……)
どこかで読んだ18禁漫画のヒロインの台詞がシンクロする。
ぼっちの卒業式は、まだ始まったばかりであった。
【part2へ続く】