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14卒、無い内定。――ぼっちの就活日記  作者: 五条ダン
第三章 ダーク・ゴーストライターという仕事
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世界の終わり

 ツイッターのフォロワーさんから「つらぽよ…会いたい……」というリプライを受け取ったので、ボクは彼と三宮で落ち合うことになった。


 神戸のシンボルである赤い展望台《ポートタワー》を見上げながら、ここに来るのは何度目だろうなと思った。大粒の雪が降っていたが、雪は地面に触れたとたんに水へと変わり路面をびちゃびちゃにするだけだった。



「あ、もしかして五条さんですか?」


 声を掛けられた方を振り向くと、ニット帽を目深に被った男が口元だけ笑って軽く片手を上げていた。

 黒いジャンパーを羽織った怪しい男にドン引きしつつも、それが彼らしいなとある意味納得して、ボクは返事を返す。


「はい、五条です。はじめまして。あなたはノロ……」


「すみません、池田と呼んでいただけませんか。さすがに恥ずかしいので」


 口に出しかけたペンネームを遮って、彼は言った。


 ボクはツイッターのアカウントを五つ持っているのだが、池田はこのうち三つのアカウントで交流があった。

 つまり《14卒無い内定》《作家志望》《株式投資家》の三つの属性がボクと共通していた。



「五条さんは、就職決まったっぽいですね」


「あ、いや、ただのバイトですよ……」


 身の上の話をしながら、池田とぶらぶら神戸の海岸沿いを散策した。

 初めてのオフ会であったが、彼とは初めて会った気がしなかった。旧知の間柄であった友人が再開したかのように、ボクたちは自然に打ち解けあった。


 ボクはゴーストライターのバイトで悩んでいることや、企業機密に該当する情報をペラペラと話してしまった。



「五条さんは、アフィリエイターやゴーストライターを嫌っているのですか?」


「いや、ボクが本当に嫌なのは、人や検索ロボットを騙すために嘘をつき、愛のない言葉を紡ぐことなんだ。アフィリエイトにしてもゴーストライトにしても、ビジネスそのものを否定したいわけじゃないさ」


 これは本音だった。ネットを取り巻く世界は、もはやビジネス抜きには成立し得なくなっているからだ。

 しかし自由過ぎる世界は、悪貨が良貨を駆逐する《モラルハザード》が発生する。SEOスパムやステルスマーケティングがその典型例だろう。


 そんな心境を見透かしたように、池田は口元を歪めた。


「時間の問題ですよ。やがてGoogleの大規模なアップデートが来る。そうすれば五条さんの憎む輩は、この世界から追放される」


 予言めいた、ぞっとする言ノ音だった。

 池田の言うとおり、Googleはこれまでに二回のアップデートを行っている。

 パンダ・アップデートとペンギン・アップデートだ。

 パンダとペンギン、かわいらしい名前の無慈悲な仕様変更によって、SEOスパムを行っていた業者の多くがペナルティ(検索結果からウェブサイトを除外される)を喰らった。


 たくさんのアフィリエイト業者が致命傷を負ったが、ボクのバイト先はその生き残りであった。

 しかしネットの世界を支配するGoogleが「良質なコンテンツ」を検索結果に表示することを目指す限り、SEOスパムと検索エンジンの果てしないイタチゴッコにもやがて終止符は打たれる。



「世界の終わり、か……」


 ボクは何となく呟いた。



「ねえ、五条さん。私の事業のビジネスパートナーになってくれませんか」


 唐突に池田が言う。

 ボクは驚きのあまり足が固まってしまった。

 池田はボクと同じ、14卒無い内定のはずだ。冗談にしては意味が分からない。



「ははは、じつは起業したんですよ。アベノミクスで儲かった五百万円を種にして、明石の方にボロ屋付きの土地を買ったんです。今はそこを事務所にしてます」


 ちくしょう、池田め。そういえば彼はボクと同じ株式投資家でもあったな。

 ボクが日経平均指数を空売りしてアベノミクスで大損したというのに、彼ときたらバイオ仕手株を信用二階建てで買って大儲けしたらしい。


 そんなボクの考えを否定して、池田は笑って続ける。


「大儲けだなんてとんでもない。事業資金を用意するために貯金をすべて使い果たしましたよ。今の私はほぼ一文無しです」


 相変わらずのリスク愛好家だなと思った。

 しかし、大丈夫なのか。

 起業の成功率は一パーセントあるかどうかといったレベルの難易度だと噂には聞く。

 すでに知識・技術・人脈・資産のある状態で始める定年起業ならまだしも、14卒無い内定が起業しても死ぬだけではないのか。



「ボクは賛成できないな……」

 友の身を案じる立場として、答える。


「どうでしょうか。人はつねに死に向かって生きている。どうせ最後には永遠の眠りにつくのなら、それが早かろうと遅かろうとリスクではない。私は自分の心に正直な道を選びたいですけどね」


 池田は分かるようでよく分からないことを言った。



 それから彼としばらく話し合った。

 ビジネスパートナーの件について、事業モデルの件について。

 池田はボクの、ライタースキルとアフィリエイトノウハウを欲しがっていた。

 正直、買いかぶりだと思う。ボクはただの14卒無い内定の学生だというのに……。



 返事は、二月末まで待ってもらうことにした。

 バイトは給料日が過ぎてから、後腐れなく辞めたいと思った。



 彼の話を受けたとき、ボクの就職活動は終わる。

 それが正しい道なのかどうか、今の自分には分からなかった。



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