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14卒、無い内定。――ぼっちの就活日記  作者: 五条ダン
第三章 ダーク・ゴーストライターという仕事
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ゴーストライター問題


 JR西明石行きの普通電車は今日も帰途に着くスーツを乗せてゆらゆらと進んでいた。暗闇に街の光が流れる、車窓にはやつれた自分の顔があった。まだ二十代前半なのに、「歳を取ったな……」などと物思いに耽ってしまう自分が悲しい。もう幾数年かの時が過ぎたような気がしたが、ボクがゴーストライターのバイトを始めてから一ヶ月しか時は経過していなかった。


 凍える手で吊革に掴まる。ふと視線を下げると、中年の男が新聞紙を両手に広げて読んでいた。迷惑だなと思う前に、彼の手にする紙面にあった文字にどきっとした。

 見出しには『ゴーストライター問題』と書かれてあるのが見えたからだ。


 ゴーストライター問題? 何のことだ。


 そのとき、更新を怠っていた「小説家になろう」連載の「14卒、無い内定。――ぼっちの就活日記」のことが頭に過ぎった。まてよ、たしかあれにはゴーストライターのことを書いている最中だったよな。


 まさか自分の知らぬ間に「ぼっちの就活日記」がネットで炎上して、マスメディアに取り上げられて、ゴーストライターが社会問題に発展してしまったのではないか。

 とんでもないことをしでかしてしまったと頭が真っ白になり、電車から降りると遽卒とした意識のなか大慌てで家に帰った。


 ネットで『盗作問題』とキーワードを入れて検索してみると、思っていたのとまったく違うニュースがヒットした。話によると、有名な作曲家の曲が、じつは別人の作ったものだったらしい。


 記事中には『世間を欺いた』『謝罪したい』『関係者は憤り』といった言葉が見えた。



 なあんだ、作曲家のゴーストライター問題か。ボクも自意識過剰になったもんだなあ、とほっとした。


 それと同時に、どこか得体の知れない違和感のようなものが心の奥深くに宿るのを感じた。



 今話題になっているゴーストライター問題は、問題とは言うけれど、問題の本質はどこにあるんだ?


 作曲家とゴーストとの間には、報酬に関する契約が締結されているはずだから、著作権法上のトラブルは回避しているはずだろう。

 その作曲家の演奏のためにお金を支払った人(客)が、金を返せと訴えるかもしれない。民法上は動機の錯誤を誘発した詐欺か、信義則違反か、否、その訴えはたぶん認められないだろう。


 誰が作曲したものであろうと、その曲自体の価値は変わらないはずだ。創作者と創作物はあくまで切り離されるべきではないのか。



 このようなグルグルとした思考のなか、二つだけピタッと当てはまりそうな話を見つけた。食品偽装問題と、結婚詐欺問題だ。


 ある男が、一生で一度の贅沢をしようと、高級料理店に足を運んだ。そしてメニューでもとびきり値段の張った『天然伊勢海老御膳』を頼んだとしよう。

 男は涙して、うまいうまいと感激して伊勢海老(?)を食べた。ゆっくりと噛み締めるように伊勢海老(?)を味わった。男は満足して料亭を後にし、その日の出来事は大切な思い出となった。


 後日、その料亭で出されていた伊勢海老が、じつは品種改良した巨大アメリカザリガニであったことが判明する。


 男は、激怒する。当たり前だろう。当たり前だと思う。


 でも、ちょっと待ってほしい。あの時に感じた「美味しい」という気持ちは嘘だったのか?

 料理を食べていたあの至福の時間は偽りだったのか?

 幸せな気持ちで溢れていた自分は偽物だったのか?


 そうではないだろう。気持ちだけは、間違いなく本物だったのだ。



 結婚詐欺にしても、あとから詐欺師を恨み憎むことはあるだろう。しかし、かつて詐欺師に抱いていた恋愛感情は、紛れもなく本当の心だったのだ。


 それを否定してはいけない。



 ボクはゴーストライターだから言える。

 この世は嘘で溢れている。この世界は偽りの言葉だらけだ。


 でも、そんな世界で唯一本物であるのは「信じたいという気持ち」なんだ。



 もちろん、その気持ちを裏切るような行為は非難されて当然かもしれない。


 しかし、たとえ騙されたのであったとしても、自分のかつて信じた気持ちだけは本当であり――、それは誰にも穢すことのできない、本物の想いであること――。


 ボクがゴーストライター問題の件に関して伝えたいことは、この一点である。


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