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14卒、無い内定。――ぼっちの就活日記  作者: 五条ダン
第三章 ダーク・ゴーストライターという仕事
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予測変換

 昨日の記事で、

『一日一万文字を書くのはたいしたことがない』

『目を瞑っていてもブラインドタッチで書ける』

『頭を真っ白にしていても書ける』


 と、このようなことを書いた。

 もしかしたら、疑わしいなと思われた方もいるかもしれない。


 文章を長く書くのは苦痛であるし、自分の興味のない分野の商品紹介記事であれば尚更だ。

 そんなに簡単に書けるはずがない。

――と、疑問を抱くのも無理はないだろう。



 実際のところボクが苦労せずに執筆業務に馴染めたのは、助けがあったおかげだった。

 力を貸してくれたのは『予測変換』ソフトである。業務用のパソコンにあらかじめインストールされている支援ツールだった。


 具体的な予測変換ソフトの商品名は知らないし、知っていたとしてもこの場で販促するのは御法度だろう。


 その予測変換ソフトは、スマートフォンにあるようなタイプで、『あい』と打てば『愛してる』が文字の下に出てくるタイプのものだった。

 ボクは執筆のバイト中、このソフトに何度も助けられた。



 例えば、とある自然食品のオススメ記事を書くときは、『あすこ』と入力するだけで『アスコルビン酸ステアリン酸エステル』が予測変換に出てくる。


『このき』と入力するだけで『この機会に是非お買い求め下さい!!』が出てくる。

 そんな超絶便利な予測変換ソフトだったのだ。商品レビューに用いられる表現などせいぜい限られているので、この予測変換の力を利用するだけで容易く文章を量産できた。


 また、通常変換であっても、『紹介』を『詳解』と間違えることはしなかったし、『酵素』を『控訴』と間違えもしない。スペースキーの一発入力で、ほぼ完全に期待通りの漢字に変換されるのだ。

(それゆえにブラインドタッチがスムーズにできた)



 ボクはバイトに来た当初このことに感動して、「いやあ、最近はすごく便利なソフトがあるんだなあ」と心の中で驚いた。


 どのような商品紹介案件が来ようとも、変換ソフトは決して間違えることなく正しい漢字と文章を指し示した。ボクは予測変換に導かれ、助けられるようにして、記事の書き方を覚えたのだった。



 まるでそれは、予測変換に意思が宿っているかのようだった。

 ボクは、自分をいつも助けてくれる見えない存在に感謝し、秘かに「先輩」と呼んで慕った。


 まったくコミュニケーションのない職場において――、

 まったく心の篭らない言葉を綴り続ける仕事において――、


 予測変換の優しさだけがボクの希望となった。




 ある日、ボクはゴルフ用品の販促記事を書く途中で、『シニアツアー』と打つべきところを急いでしまって、『しにた…』と入力してしまった。


 コンマ一秒とかからずに誤字は無意識的に打ち直されたのだが、ほんの一瞬、予測変換にあり得ない言葉が表示された気がした。


 それはわずかな違和感であったが、ボクの心を落ち着かなくさせた。見てはならないものを見てしまった気がした。


 不気味な感触の正体を確かめるために、否、そうせざるを得ない強迫観念のようなものに憑き動かされて、恐る恐るキーボードに指で触れた。


 再現しなくては――、



 し…


 しに…



 しにた……




 『死にたい』




 目の前が真っ暗になった。


 どうしてもっとはやくに気がつかなかったんだ。

 ボクが今この場に座ってゴーストライターの仕事ができているのは、前任者が辞めたからではないのか!


 予測変換の精度が高いのは、ソフトが優秀だからじゃない。

 前任者がこのパソコンで、ボクと同じ案件の記事を書いていたからだったんだ!!


 予測変換は、本当の先輩だったのだ。先輩になるはずの――、



 ボクはそこまで考えて、思考を止めた。

 自分が何を目指し、何をすれば良いのか、わからなかった。



 ただ、このままではいけない気がして、四文字の予測変換の後に『ありがとう、先輩』と付け加えた。



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