ゴーストライターと思考の墓場
ゴーストライターのアルバイトをはじめてから二週間が経つ。
ゴーストライター、幽霊物書き。
ゴーストライターは、感情を持たない。心を持ってはいけない。
僕ら幽霊物書きに依頼されるのは、「嘘を書くこと」である。
健康サプリメントの効果の解説、美容化粧品の体験談、エステサロンの口コミ、リボ払いクレジットカードの便利さ、情報商材でお金儲けに成功した物語、開運印鑑の御利益への御礼、パワーストーンで恋愛成就したストーリー……etc
そんな、心にも思っていないことを書かなくてはいけない。ひたすら書かなくてはいけない。
すべて、読者を騙すための文章である。悩みを抱える人に優しく手を差し伸べ、商品を買わせるための物語を偽らなくてはならない。
ボクがやっているのは、そういう仕事だった。
バイトのノルマは一日一万文字。
じつは、ぜんぜん、たいしたことがない。
商品勧誘のテンプレート文章なんて目をつむっていても書けるし、実際のところドライアイがひどいので目をつむって、ブラインドタッチで打っている。
心にもない文章であっても、キーボードのタッチタイピングはやがて思考と同一化する。
あとは、パソコンのまえに座って目を閉じているだけで、勝手に文章が書き上げられてゆく。
アフィリエイトに用いられる商品勧誘の文章などは、頭を空っぽにして書かなければ精神がおかしくなってしまう。逆に頭を真っ白にしてさえいれば、一万文字でも二万文字でも書くのはたやすい。
慣れてしまえば、ぼーっとしているだけで、いつの間にか書けてしまうのだから。
このバイトは、在宅ライターと比べればはるかに文字単価が良かった。
10,000文字/日で、6,400円/日も貰える。文字単価は1文字0.64円。
ふつうの在宅ライターだと、文字単価が1文字0.2円が相場であるので、これは破格の待遇である。
報酬的な意味でも、適性的な意味でも、ゴーストライターのバイトはボクにとっては最高に恵まれた仕事であるといえた。
ただひとつ、良心を痛めることを除いては――。
「今の職場には満足しているよ。コミュニケーションも必要ないし、文章を書くだけでお金が手に入る。商品紹介記事も、偽の体験談も、会員勧誘記事も、《創作世界でいつも嘘をついてきた》ボクであれば、まったく苦にならず記事を量産できる。自分はこの仕事に向いていると思う。
――、でも、本当にこれで良いのだろうか。嘘を書くことで、大切な何かを失っている気がするんだ」
ボクは、エア友だちである江安くんに問いかけた。
江安恒一、ボクの創作した偽りの親友。
江安くんはしかし、言葉を返してはくれなかった。彼の声が、ボクには届かなくなっていたのだ。
「江安くん、江安くん…!」
ボクは彼の姿を求めて何度も名前を口に出した。
ふと我に返ると、目の前のモニターには、心が欠片も篭っていない電話占い体験談の文字列が連なっていた。
《私もここのサービスのおかげで人生が変わりました!! 今ではカレシとラブラブです!!!》