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14卒、無い内定。――ぼっちの就活日記  作者: 五条ダン
第二章 壊れゆく世界
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コーディネート機関の男 Part2

 レンタルオフィス、あるいは貸し会議室なのだろう。長机ひとつと黒い革張りの椅子が並んだ殺風景な部屋にボクらは案内された。部屋に入る順番は社長、コーディネート機関の男、ボクの順で、ボクは当事者でありながらオマケだとか付き添い人だとかそんな意識でいた。


 ボクとコーディネート機関の男が横に並んで座り、机を挟んで向かいに社長が腰をかけた。


「はじめまして、株式会社グランデルウォール・フロンティアの金井と申します」

 金井社長が朗らかな声で言って、ボクに名刺を差し出した。ボクは両手でそっと受け取る。


 心の中で、これ就活本でやったところだ!! とガッツポーズをした。

 金井社長の名刺は、中央にゴシック体で名前がドーンと書かれてあり、左上に会社名、左下にかわいい達磨のイラストが描かれていた。金井さんは会社の代表取締役のはずだが、名刺に役職名は書かれていなかった。


 何はともあれ、「名刺はその人の分身であり、丁重に大切に扱わなくてはならない」と就活マニュアルには書かれてあった。片手で受け取ったりポケットに突っ込んだりするのは言語道断らしい。


 そこでボクは受け取った名刺を愛おしそうに優しく指で撫で、軽く口付けを交わして、それから――あれ、どこに仕舞ったらいいんだ――と一瞬悩み、心臓に最も近いスーツの左胸ポケットにそーっと名刺を放り込んだ。


 ボクはなんてできる就活生なんだ!と、したり顔で隣を振り返った。するとコーディネート機関の男は鬼のような形相でこちらを睨み返してきた。な、なんだ、まさかボクは間違えたのか……。


※後日ネットで調べたところ、名刺を貰ったときは「頂戴いたします」と受け取って、まず相手の名前を確認してから「金井様ですね、よろしくお願いいたします」と言って、すぐには仕舞わずにしばらく机の上に置いておき、帰り際に名刺入れに仕舞うとのことだった。



 ボクはとりあえずマニュアル通りの自己紹介を終え、コーディネート機関の男もここでようやく「担当の竜崎雪人です」と名乗った。コーディネート機関の男という長ったらしい名称も使わなくて済むようになった。


 それからは主に竜崎と金井社長との間で、制度説明等の話が始まりボクは蚊帳の外だった。やがて話し合いは世間話のようになってきた。


「このプロジェクトは一応、今年の二月末で終了する予定なんですよ」と竜崎。

「えっ、そうなんですかー」と金井社長が応じる。

「ええ、アベノミクスで景気も改善しつつありますし、就職率も実際のところ良くなってきています。しかしまぁ、今でも内定を取れない学生がいるにはいまして……」

「あー、それは大変ですなー」


 グランデルウォール・フロンティアは健康食品の会社で、社長は某国立大学の薬学部卒だという話になった。そこで理系や文系学生の話題もでてきた。


「採用するなら、A大学の学生が最低レベルですよね。それ以下は高卒を採るのと何ら変わらない」

「そうですなー。文系の学生となるとさらにワンランク落ちる」

「学生の方も意識が低すぎてですね、管理職の務まる能力の人が少なすぎて、B業界では人材不足でしょ」

「えぇ、昔と比べると随分と意欲のない若者が増えましたなー」

「あと責任感ね。うちにもクレームがしょっちゅう来ますよ。研修先の学生が、連絡もよこさずに遅刻や欠席をする。無断で車を運転する。会社の機密情報をツイッターやネット上で公開する。それでクレームどころか訴訟問題にまで発展しましてね……」

「そりゃあ大変ですなー。危機意識の欠如も甚だしい」


 竜崎と社長との間で、そんな世間話がしばらく続いた。


 何だかすべて自分のことを非難されているようで、ボクは隅の方で縮こまっていた。ちなみにボクは私立文系のFランクと世間で呼ばれる大学生である。


 しかしながら、就職活動で知り得た情報をネット上で公開することの危険性については竜崎の話した通りで、ボクもそこは幾重にもフィルターをかけて注意している。実習時の契約約款を見ても分かるように、どのような些細な情報の公開であっても、債務不履行・不法行為・名誉毀損等を理由とする損害賠償債務が発生する可能性があり、民事上の法的リスクは何があっても冒すべきではなかった。加えてそこに上場企業が絡んでくると、金融商品取引法上の制約も付加され、たとえフィクションであっても創作は制限される。任天堂だとかソニーだとか具体的な企業名を出すことそのものに著作権法上の問題はなくても、民事上の利害関係が生じてしまうようなことを書けばそれはもう厄介な事態に陥るのだった。怖い怖い。


 その点では、新卒者就職応援プロジェクトについて書き進めるのも、そろそろ限界が来ていた。

 前作では会社の情報を出すにしても「M化研は東証1部上場企業」のような不特定多数を示す表現が使えたのだが、「新卒者就職応援プロジェクト」ではこれができない。

 受入企業の方は数千社とあるため匿名性を維持できる。問題はコーディネート機関の方で、仮にボクが関西に住んでいると仮定した場合、そこでの新卒者就職応援プロジェクトのコーディネート機関は《パソナ、ヒューマンリソシア、学情》の三社だけ。おまけにすべて上場企業である。


 これでは、「新卒者就職応援プロジェクト」「コーディネート機関」と一見して匿名性のある言葉を用いても、実質は特定少数を指す実名性を有した固有名詞となってしまう。どうしたものかなと悩んでいたのだが、後日これを解消する出来事が起こり、無事に解決することになる。



「最後に何か質問はありますか」と金井社長が聞いてきたので、ボクはマニュアル通りの質問を返した。

 仕事のやりがいは何ですか、みたいな。



 社長に見送られ、ボクと竜崎はビルを出た。


 ボクは悟った。竜崎は、ボクの対人恐怖を最初に会ったときに見抜いたのだ。

 だから竜崎はわざと、金井社長との世間話に徹していた。ボクが不用意に話さなくても済むように。


 竜崎が最近の学生に対する愚痴を溢していたとき、彼の口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。真剣そのものだった。コミュニケーション能力の低い学生を実習先に受け入れてもらうための、計算された意図的な会話。学生に対するクレームと理不尽さの話は「あくまでコーディネート機関は第三者機関であるので、オタクと実習生とのトラブルについて文句を言われても困りますよ」という牽制の意味を含んでいた。


 そこまで気がついてから、ボクは竜崎に対してやっと言葉をかけることができた。


「今日は本当にありがとうございました。金井社長との会話は、もしかしてボクのために……」

 言いかけるのを制して、竜崎はふっと笑って言ったのだった。



「要領良く生きなあかんよ、この社会はな」

 コートを翻して竜崎は、駅へ向かう人波の中へと消えていった。



 それが、コーディネート機関の男、竜崎雪人を見た最後となった。

 そしてふくよかで人の良さそうな金井社長とも、二度と会うことはなかったのだった。



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