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魔王は勇者からは逃げられない


「世界の半分をお前にやろう、オレの軍門に下らないか?」

 

 冷気を帯びた石柱が列を成して聳え、その点々の道路中央に敷かれた真紅の絨毯。そこに佇むのは勇者。魔を討つ為に教皇や国王の手によって研鑽された後天的な殺人人形だ。

 月明かりを湛えて揺らめく長髪、装飾のない無骨な鎧が立体的に描くラインはまだ未成熟ながらも女性的だ。その露出した首は天然の雪みたいに白皙。

 そして……成る程、顔も悪くない。寧ろ、絶妙に配置された部位は互いに引き立て合っている。だが、絶望的なまでにその表情は透明だった。

 其処に魔界の伝承で語られている様な勇猛果敢、義に厚く、強気を挫き弱きを助けるという印象は一切感じさせない。ただ、正面の魔を黙々と滅する。それだけが存在意義なのだ。

 その獲物たる美術品のように掘り込まれた細剣、その幾百の血戦を潜り抜けてきた狂気を帯びた女に向かってオレは精一杯の虚勢を張るのが精一杯だ。

 既に勇者によって葬られた側近によれば、オレは武にも学にも優れぬが時勢で失われた物を持ち合わせていたとの事だ、だが、それも味方がいれば、の話だ。今は己の無力を呪う他ない。

 勇者の圧倒的性能の前に破竹の勢いで数を減らしていく魔界の軍勢にオレは遂に撤退命令を出した。だが、撤退しただけでは引き下がれない、戦いの幕を閉じる為には相応の人身御供が必要なのだ。そしてちょうどオレが相応しい立場だった。

 煩悶の末、オレは身を差し出した。抗議する軍勢を次の世代云々と訴えて必死に宥めた。だが、今になって思えば、彼らは最後まで俺の下で戦いたかったのかもしれない。

 だが、本来魔族というのは奈落の底で膝を抱えて寄り添い震え上がっていたような連中だ、ただ、地上という場所さえ知らなければずっと彼らは震えていたのだ。

 それをオレは善しとしなかっただけだ。

 何故こうもオレ達は虐げられなければならない。今も地上の連中は自然を磨耗させながらも貪欲に振舞う対して我々は枯れた大地に生る僅かな食料を分け合いながら冷たい地の底で飢えに苦しむ。

 格差は歴然だ、だからオレは立ち上がった。魔族が胸を張って生きる為に。

 そして、扇動し、結果はこのザマだ。何と言うお笑い種だろう。

 既に残された尊厳なんて無い、散っていった同胞に何と詫びればいいだろうか、それだけが頭で渦を巻いていた。

 まあ、丁度いい断罪役がいる。おまけに彼女がオレの首を持って国へ帰れば戦争は終結、傷跡は残れど魔界は残る。なぜなら、オレがいなければ魔界の連中は烏合の衆と侮ってくれているからだ。

 だから、オレは精一杯勇者を挑発するのだ、その真意を悟られぬよう、精一杯の虚勢を張る。


「どうだ勇者、貴様の欲する物、何でも与えてやろうではないか、いい話だとは思わないか?」

「…………」


 嘲る様に嗤うオレを前に勇者は怒りに震えている……はずだ。

 そうでなくては困るし、第一それ以外がありえない。勇者とは苦悩し克己する存在ではない。故にその剣戟に情けが乗る事など無い、そして殺意すらも。こうして見ると人間のほうがよっぱど悪魔だな。

 まあ、構わない。だから早く言うか、剣を振るえ。そうすれば終わるのだ。

 待ちかねるオレの幻視かもしれない、だが、勇者はその平坦に閉じられた唇を僅かに開く、そしてそよ風と聞き違う程、小さな声が謁見の間に吹いた。 


「……――」

「どうした、勇者。我が威光の前に怯え竦んだか?」

「……欲しい」

「何だ、聞こえないぞ?」

「魔王が欲しい」

「ならば仕方が無い、この城が貴様の墓標に――えっ?」


 ちょっとそのかわいい唇からありえない言葉が聞こえたんですけど、どういう事なんでしょうか?

 ああ、きっと命が欲しいんだな、語彙力不足してそうだし、コミュニケーション能力が高そうにも思えない。そうに違いない。合点すると、オレはもう一度虚勢を張って問う。


「フハハッ、俺の命簡単にやるつもりは無い、覚悟してかかるのだな」

「でも、魔王は何でもくれるといった」

「……なら、何故剣を構えん。貴様、オレを侮辱しているのか?」

「何故?」

「はぁ!?」


 さも当然と言わんばかりに問い返された、というか単語で喋るな。人間語を覚えたばかりのゴブリンじゃあるまいし。それよりもその帯びた剣に手すらかけようとしないのはどういうつもりだ?

 まさか講和のつもり――いや、あり得ない。だが、それなら奴はどうして戦意を見せないのだ。その無機質な顔を見遣れば、何と熟したように朱を帯びている。反して大きな瞳は淀んだ沼の如く底が計れない。いよいよ以って理解が追いつかない。


「私、魔王が欲しい、駄目?」

「……いや、駄目とかそれ以前に勇者と魔王は相容れない存在同士だろうが、第一、お前はオレを殺す為にこんな辺鄙な場所まで足を運んだんだろう?」

「殺す? 魔王が死んだら嫌だ。魔王がいないと私は居る意味がない」

「確かに勇者は魔王が死んだら存在意義はなくなるが、別にお前個人の人生は続くだろうが、そりゃ偶像として束縛はされるけどな、命一つありゃ何処でも行けんだ、十分だろ?」


 どうやら、勇者は自分の存在意義が消失することに煩悶していたようだ。だが、それでは先ほどのオレが欲しいという質問の意図が解明されていない。恐らくは俺を惑わすために教会の連中が態々仕込んだろうか? とことん下劣な奴等だ。こんなことになっていなければ滅ぼしてやりたいところだが。

 まさか常識(魔界的な)を勇者に教える羽目になるとは。

 しかし、今の懸念は勇者自体の動向だ。いつまで突っ立ってるつもりだ、調整の終えていないグールだって数分も放置すれば辺りをさ迷い始めんだぞ?

 だが、勇者は経験を重ねたサキュバスに引けを取らぬ妖艶な笑みを浮かべるではないか。いよいよ以ってわけが分からん。


「私は魔王が好き」

「待て、それは早合点だ。勇者としての存在意義を維持するために魔王という敵に精神的依存をしてしまうのは仕方ないことだが、それを恋心と勘違いするのは間違いだ」


 突然何を言い出すかと思えば、色仕掛けだと? 

 やはり教会の連中は腐っているな、だが、この色気の無い勇者(確かに美少女だが)に迫られようとオレは年を重ねたガーゴイルと違い、崩落はしない。理性的な理論(受け売り)で奴をオレを倒すように説得する必要があるな。


「第一、俺を倒さなければお前は世界を裏切ることになるのだぞ? そしておまけに勇者としての名誉も剥奪だ、裏切り者として世界中から追われる事になるぞ、戦いしか知らない貴様とてその様な愚挙を犯す程無知蒙昧ではない筈だ」

「構わない、魔王さえいれば、世界なんていらない」

「えー……」


 ちょっと勘弁してください、これって勇者に化けたスライムの類じゃないの? いやいや、帯びている剣はどう見たって聖剣(武具屋で買い取れないタイプ)だし、はあ、本当にどうなっていやがる?

 わけの分からぬ状態に戸惑う俺を勇者は目を眇めて見上げる。何とも朱に染まった頬は魔界林檎(一ヶ250円)みたいだ。

 しかし、いい加減どうしたものか。仮に勇者が俺に惚れていたとして、俺が死なんと戦争は終結しないのだ。それでは困る。魔界の連中にいつまで経っても安寧が訪れない。

 なので、ここでサックリ殺って貰わねば困る……あれ、なんでこっちがお願いする立場になってんの?


「俺を殺さないと戦争は終わらんのだ、お前とて戦争が続くのは嫌だろう?」

「魔王が死ぬなら、戦争が続いたほうがいい」


 民衆が聞いたら卒倒しそうなことを言いやがる。しかしめげずにオレは懇願する。


「それだとオレが困るんだ。戦争が終わらないと迷惑かけた魔界の連中が何時まで経っても落ち着いて暮らせねえんだよ、まあ、俺の責任なんだけどさ」

「……なら仕方ない」

「そうだ、仕方ない事だ」


 いよいよ決心がついたのか、その白魚のような指先が剣の柄に絡みつく、空気を急速に収束し一帯の空気が怯えるように震えだす。そうだ、これでいい。最初からそうするべきなのだ。全くマンドラゴラの処理並みに手間取らせやがって。

 目を眇めた勇者を活き良く睨むと、何故か頬を染められた。


「魔王を殺して私も死ぬ」

「よくぞ言ったな勇者よ、このオレの抱擁され果てるがいい! ……ってあれ」

「子供は三人がいい」

「……ちょっと待って、待ってください」

「うん、待つ」


 嘘のように緊迫した雰囲気はうせ、勇者は柄から手を離す。そして先ほどと同じく熱を帯びた視線を向けてこちらを見ていた。

 呆れた俺は勇者に説明することにした。


「いや、お前に死なれると魔界的に困るんだけど」

「どうして? 何故?」

「お前死んだら敵討ちだとかで魔界に攻め込まれるじゃん。そしたら魔界的に最悪じゃん。分かる?」

「分かった、じゃああいつら殺す」

「何でお前の発想は両極端なわけ? もしかしてゴブリン脳なの?」

「……っ」

「いや、頬染める要素無いよね、絶対」


 いよいよ以って魔王城は混沌に満ち始めていた。

 あー本当にどうしよう、この勇者。倒せないし、かといって追い払えないし。

 勇者から逃げられないってどういう事だよ、魔王的に考えて。

誤字とかあったら教えてください。

あと、ヤンデレに嵌っているので、後一つ学園モノを投稿する予定です。

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