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Border Violators  作者: 月見里 翔
第一章 発端
6/14

奇妙な記憶喪失

「わけがわからない!」



 とうとうアンナがヒステリックに叫んだ。彼女は白黒はっきりしないのが嫌いらしい。

 

 少年はアンナのいらいらした声に驚いたらしく、びくっと首をすくめた。



 デイルは「頭がいかれているかも」とアンナに耳打ちして、彼女を無理矢理納得させた。だが、デイル自身は納得できていなかった。きちんと、自分の言っていることがおかしいということに気が付いているのだから、頭がいかれていると一掃してしまうのはどうだろうか。




 デイルは、知っている範囲で脳の障害用のテストをしてみることにした。その場でできる簡単なものだ。例えば、


字の読み書きができるか、とか、


数字や単語をいくつ暗記できるか、とか、


簡単な計算はできるか、とかである。


 少年は概ね正常な答えを返してきた。

 きちんと計算も読み書きもできるのだから、それなりに学があるということだ。きちんと人間として育ってきた証拠だと思った。



 しかしひとつだけ、引っかかった設問があった。それは、紙に『apple』と書いて、「これの絵を隣りに書いてみてくれ」と尋ねた時だった。



少年はなぜか、


「エイ・ピー・ピー・エル・イー」


と一文字ずつ発音して首をひねったのである。



 文字が読めないのかと思ったが、念のため、しばらくしてからもう一度、今度は『hand』という単語で試した。



 ところがこの時は、いたってすらすらと、(へたくそな)右手の絵を描いて見せた。



 それで続けてもう一度『apple』で試したら、今度はすぐに(これまたへたくそな)リンゴの絵を描いた。




 その後何度か試して分かったが、彼は文字がある時は読めないのに、突然読めるようになったりするのである。そしてしばらくすると、また読めなくなる。その繰り返しだった。しかも、文字を書く方には問題が無いのに、だ。


 文字を『書ける』のに『読めない』という症例は、聞いたことがある。確か、『純粋失読』とかいったと思う。けれど、こんなに頻繁に読めるようになったり、読めなくなったりするものなのだろうか?


 まるで、コードが切れかかって音が途切れがちになったイヤホンのようである。


 デイルにはそれ以上の知識はなく、そこまででお手上げであった。しかも結局、結果は概ね正常であり、話している限り思考回路に異常があるとも思えないから、先程の意味不明な言動の正体は分からず終いだ。




「わけがわからないわ」


 またアンナがつぶやいた。少年は先程から、紙に字を書いてみてはそれが読めるか試し、自分でテストを続けている。自分で書いた字さえも読めないことがあるらしく、時折眉をひそめる。だがその表情を見るに、不安というより不思議がっているというか、どちらかというと面白がってさえいるようだった。



「トワ、悪いけれど、おれたち先を急がなくちゃいけないんだ。歩けるか?」



 声をかけると、トワはうなずいて立ちあがった。


 が、足元はおぼつかない。倒れそうになって近くの木に寄りかかると、手をうまくつくことができずに結局地面へ向かった。ルロイが慌てて支える。数日前までミイラだったのだから、致し方ない。


 デイルは三度手を叩いてラスティを呼んだ。トワが目覚めてから、なぜか急に機嫌が悪くなってどこかへ行ってしまっていたのだ。あいつにまた乗せてもらおう、と思った。




 彼女はほどなく木々の陰から現れた。だが、ずいぶんと遠い場所である。十メートルは離れている。そしてそれ以上近づこうとしない。




 隣りで息をのむ音が聞こえた。トワがラスティを見て絶句している。あとで、実はずっとラスティに運んでもらっていたと教えたらどんな反応をするだろう、と想像して、デイルは苦笑した。


「ラスティ!」


 もう一度呼んで、三度手を叩いてみたが、ラスティはやはりその場から動かず、唸りだす気配さえあった。




 デイルは首をひねった。こんなことは今まで一度もなかった。隣りを見る。この少年が原因であることは間違いがない。自分には感じとれない何かを、ラスティは感じとっているのかもしれない。


「おれがやるよ」


 既にトワに肩を貸していたルロイが言った。実際にトワと話しているうちに、恐怖心は消えたらしい。


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