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Border Violators  作者: 月見里 翔
第一章 発端
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疑問に次ぐ疑問

 少年は、グレーの瞳をどこか別の方角へ向けて、突然「シュラ」なる人物の名を呼んだ。まだ声変わりしていないような澄んだ声だった。一見デイルらと同じ程度の年齢に見えるが、声からするともう少し幼いのだろうか。


「シュラって誰だ?」と尋ねると、少年は再びこちらに視線を戻したが、困ったような表情になった。


挙句、

「シュラは……シュラです」

と全く意味をなさない答えを返してくる。


 脳に機能障害でも起こしたか、と思ったが、少年は自分で言った言葉がおかしいことに思い至ったらしく、決まりの悪そうな顔になった。そして最後にきちんと、


「いや、忘れてください」


と言ったので、デイルは安堵した。



「ちゃんと言葉も話せるなんて……ただの人間だとしか思えないなあ」



 アンナが後ろでつぶやいた。

 デイルも同感だった。だが、この少年がただの人間だとは言い難いということは、一部始終を見ていたアンナたちが一番よく知っているはずだ。


丸二日気を失っていたデイルは、その肝心な部分を見ていなかったので、未だに半信半疑である。それほど、少年はただの人間に見えた。ミイラの写真は一応何枚か撮ってあったが、肝心の中間部分の写真が無いのでは、誰にも信じてもらえないだろう。




「あの、あなた方は、誰ですか」


 やがて少年がぽつりと言った。当然の疑問だ。


 だがそう言ったあと、少年は急に不安げな表情になった。




 デイルは、その問いをきっかけに少年の中で様々な疑問が一気に爆発するのを感じた。 



 あっと思ったが、もう遅かった。




 唐突に、不安、恐怖、緊張、困惑といった負の感情の塊が、どばっと流れ込んできた。



「落ち着け!」



 デイルは、頭をかかえて呻いた。しまった、この感情の爆発は予想できただろうに、準備しておけばよかった。あまりに唐突だったので、ふたが耐えきれなかったらしい。


 彼は胸に手を当てて、一回深呼吸したあと、言った。


「おれたちが知っていることで良ければ、説明してやるから」




 デイルは、言葉と話してよい情報を慎重に選びながら、かみ砕くように説明した。ショックを受けさせないために、彼がミイラのような状態だったということは、伏せておくことにした。


 彼が少年に話したのは、おおよそ以下のような内容にとどまる。




 『ここは、RIB社という薬品会社が運営している研究所の近くである。自分たちはその研究所で少年を見つけたが、意識が無く、研究所に幽閉されている状況だったため、連れ出した。一方で、自分たちはRIB社の人間ではなく、極秘で研究所の調査を頼まれた外部の人間である。しかし決して少年の敵ではない。』




 少年は、眉をひそめ、時折かすかにうなずきながら、彼の話を聞いていた。けれど、それらのどの情報にもさっぱり心当たりがないらしく、質問を挟むこともなければ、確信を持ってうなずくこともなかった。


 話し終わると、少年は困ったように目を伏せてしまった。


 話している方も困り果て、顔を見合わせて肩をすくめた。




 名前は?

 なぜあの研究所にいたの?

 研究所で、一体何をされたんだ?

 研究所に連れてこられる前は何をしていた? 

 生まれはどこ?


 それらの問いに、少年は首を横に振るばかりだった。覚えていない、という。



「記憶喪失……ってやつか?」



 ルロイが言った。誰もがいわゆる『記憶喪失』を目の当たりにしたのは初めてで、困惑していた。なんと言葉をかけたら良いものか。


 だが、しばらくして少年は、



「名前は……『トワ』って言うみたい……」



 と、ぽつりと言った。




 『言うみたい』とは何事か。デイルとルロイとアンナの三人は、再び顔を見合わせた。まるで今しがた、誰かから聞いたとでもいうような口ぶりである。


「は? どういうこと? 思い出したの?」


 せっかちなアンナが間髪おかず尋ねる。が、少年は困ったような表情で首をひねった。思い出したというわけでもないらしい。


「誰か他のヒトの名前なんじゃ?」と聞くと、


「いいえ、僕のです」


と断言する。そしてついには、


「シュラが、教えてくれたんです」


と、わけのわからないことを言い出した。先程、忘れてくださいと言った人物の名前である。

 

 しかも、言ってしまってからまた決まりの悪そうな顔になり、迷いに迷ったあと、結局、「いえ、忘れてください……」と小さな声で言った。


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