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Border Violators  作者: 月見里 翔
第一章 発端
13/14

樹海の先

 デイルは歩きながら、赤いファイルの一文を思い返していた。


『体内に未知の臓器を多数持ち、通常と異なる代謝を行っている。自己完結型のエネルギー体系を持つ。』


 これを分かりやすく言いかえるとつまり、

『検体Aは自分でエネルギーを作り出せるような体の作りになっていて、食事をする必要が無い』

 ということではないのだろうか―――


 実は昨晩、トワがスープを呑み込めないことが分かったのである。


 弱っているからとかそういう問題ではなく、『呑み込む』という動作自体が分からない様子であった。盛んにどうすれば良いかと聞いてくるのだが、口で説明しようにも普段あまりにも自然にやっていることなので難しい。無理に呑み込ませようとしたら、むせて吐き出してしまったので、その場の全員が困り果てた。


 しかし本人は、丸一日何も食べていない割にいたって元気だった。(昼食の携帯食料にも手をつけていなかった。)デイルがふたを開いて確認してみても不快な感情はみじんも読み取れなかったから、本当に平気なのだろう。それに今日は昨日にもまして、一人で元気に歩いている。考えてみれば、あのミイラのような状態から回復するとき、何もしていないのにみるみる肉がついていったのではなかったか。そんな奴に食事など、必要とは思えなかった。


 問題は検体Aに戻る。すなわち、検体A=トワである、という昨日のデイルの予測に一致する証拠が得られたということだった。早くどこかへとどまって、あの赤いファイルの続きを読みたい衝動に駆られる。


 目的地までの行程は半分を切っているはずだった。それに途中でルートを変更したので、一日早く樹海を抜けられる。もうそろそろのはずだ。その後目的地まで樹海の端に沿って進むことにしたのだ。本来のルートより多少遠回りになってしまうのだが、このまま本部に連絡がとれないのは危険だと思った。連絡さえ取れれば、合流地点を変更してもらうこともできる。食料不足で嘆くこともないだろう。


「あ、雨」


 誰かが前の方で言った。

 そういえば先程から遠くの方で、ごろごろと嫌な音が鳴っている。


「こりゃあ、降るぞ」


 隣でルロイが心配そうな面持ちで空を見上げている。真っ黒な雲が斜め前方から迫ってきているのが見える。


「どうする?」アンナが、デイルの方に戻って来ながら言った。

「テント、はる?」


 デイルは答えずに、無言で空を見上げていた。しばらくすると、呼んでもいないのにアルタイルがどこからともなく姿を現し、デイルの方へ急降下してきた。来てほしいとなんとなく思っていると、たまにこうして向こうからやってきてくれることがある。


 彼はすかさず、腰のポーチで受け止める。少し狙いが外れて、ポーチにまたひとつ、アルタイルの爪痕が増えてしまった。おっと、と言いつつも、止まり損ねて羽ばたくアルタイルを上手くいなして、左腕にとめた。


 ふたを緩めて、アルタイルを見る。


「どうも、もうあと数キロで森を抜けられるようだから、このまま行ってしまいましょう」

「うーん、持つかな」

「走ればなんとか」


 デイルは腕をぶんと振り、再びアルタイルを空へ放った。


 ほどなく森は終わりを告げた。幸運にも、雨はまだ小降りである。


 一行はなんとも言えない達成感で、みんな急に明るくなった。これでほとんど今回の仕事は終わりなのだ。あとは本部に連絡を取って、迎えに来てもらうだけ。


 しかし一行の爽快な気分とは裏腹に、空はどんどん機嫌を悪くしていた。もういつどしゃぶりになってもおかしくはない。どこか雨をしのげる場所を探さなくてはならない。


 森のすぐ近くには小さな農村が見えた。途中で道を変えたのは、ここを目指すことにしたためでもある。出たところがちょうど高台になっていて、少し歩くと村全体が見渡せた。村の向こう側には大きな湖が見える。村は、湖のほとりに沿って、細長い形に広がっていた。


「あっ! ほら、下! 下ぁ! 家が見える!」


 リンが、どこかを指差しながら言った。


 生い茂る木々ばかりの単調な景色に飽き飽きしていたのだろう。リンとランは目を輝かせ、あっという間にそちらの方へと走り出した。だが高台なので、すぐそこが崖になっている。


「あっ、こらこらこら、危ない! そっちは崖だぞ!」


 ルロイが半ば反射的に、といった様子で、二人の首根っこを掴んで引きとめた。ルロイには悪いのだが、最近彼の行動は父親染みてきていて、リンとランを従えているとどうしても親子のように見えてしまう。それでつい、「ごくろうさま」と声をかけたら、不思議そうな顔をされた。どうやら本人に自覚はないらしい。


 ルロイの強い力に首が締まって、リンはげほげほと咳き込みつつ、キンキン声で喚いた。


「大丈夫だもんっ! ほらあそこ、道がついてるでしょ!」


 なるほど、確かに崖の下に降りる道がある。それが道と呼べればの話だが。そこだけ崖に対して窪んでおり、若干傾斜が緩やかになっている。だが、両手両足を使って降りなければならないのはもちろん、足を滑らせたら真っ逆さまというのは崖と大して変りない。  


 傾斜を確認しようと崖の縁に寄って覗き込んでみると、崖を降り切ったあたりに小さな家が建っているのが見えた。


「あ、あんなところに家が」

「空き家じゃないの、ラッキー。あたしちょっと見てくるわ」


 アンナが言って、あっという間に崖を降りだした。その後をリンとランが喜び勇んで追いかける。

 慌てて彼女らの後を追いかけようとしたが、「ちょっと待ってくれ!」と後ろから声がかかった。振り向くと、ルロイが顔を強ばらせて突っ立っていた。彼は高所恐怖症だった。


崖下に降りるとすぐ、その家は空き家でないことがわかった。


 小さいながらも小奇麗なレンガ造りの二階建てで、そばにあるこれまた小さな花壇には、手入れされた花々が可愛らしく咲いている。


 ルロイはまだ青い顔をしている。彼がのろのろしているからすっかり遅くなってしまった、と言いたいところだが、実はデイルも同じくらい時間をかけてしまった。体力もバランス感覚も、情けないくらいに乏しい。もう少し真面目に訓練しておけばよかった。


 意外なことに、一番早かったのはトワだ。昨日まで満足に歩けなかったのが嘘のようである。彼はあっという間に降り切って、ずっと下で待っていてくれたらしい。アンナたちはどこかと聞いたが、彼が降り切った時にはもういなかったのだそうだ。


 雨はだんだんと強さを増している。どしゃぶりというほどでもないが、もう屋根を叩く雨音が響いてくるほどには降っていた。気がつけば、既に全員濡れ鼠のごとくびしょぬれである。やはりあそこで踏みとどまってテントを張るべきだったか、とデイルは若干悔やんでいた。


 その時、目の前の家の扉が開き、なんとアンナがひょっこり顔を出した。


 驚いて見ていると、彼女はこちらへ向かって手招きして、まるで自分の家のように「さあ、入った、入った」と言うではないか。


 さらに彼女の後ろから、この家の住人と見える清楚な婦人が顔を出し、こちらへ向かってほほ笑んだ。


「どうぞ、おあがりくださいな」

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