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Border Violators  作者: 月見里 翔
第一章 発端
12/14

原因不明

「リン……別に怒らないから……いい加減に話してくれよ……」


 リンはうつむいて、口をとがらせたまま、だんまりを決め込んでいる。

 現在、尋問を始めて、はや三十分が経過していた。


「なあ。もういいよ。寝ようぜ」

「そうだなぁ。ルロイ、もうあきらめなよ」


 辛抱強く説得に当たっているルロイに対し、デイルとアンナは尋問開始後十分くらいで既にあきらめていた。彼女、こうなってしまっては、てこでも口を開けようとしないのだ。 


 だがしかし、こうなる場合はほぼ確実に彼女自身に非がある。彼女が「悪い」と思っている以上、そうなって当然の何かをしたわけであって、病気とか、事故とか、そういう類のものではなさそうだ。ひとまず放っておいても、問題ないだろう、というのが当面の結論となった。とりあえず、とっとと寝ないと、明日に差し支える。


 ランは、姉の怪我によほど張りつめていたのだろう、リンの手当が終わるころにはもう、すやすやと眠っていた。まだ強情を張っているリンも、口をキツツキのようにしたまま、うとうとし始めている。眠っているランをテントへ運ぶと、アンナは大きなあくびをし、自分も寝床に戻ろうとした。


 が、その時ふと、思い出したようにトワの方を向いた。


「そういや、あんた、まだ何も食べてないじゃない」

「え?」

「スープ、残ってるよ。もう冷めちゃったけど」

「スープ……?」


いらない、と首を横に振る少年をよそに、アンナは改めてスープを器によそった。


「はい、どうぞ」


 トワの目の前に、スープとスプーンが並べて置かれた。


 しかし、トワは並べられたそれらを途方に暮れた様子で見つめていた。

 それでも、しばらくしたらスプーンを手に持って、さあ食べようか、という格好になった。恐る恐るといった様子でスプーンをスープへ浸し、これまた恐る恐る持ち上げる。まるでゲテモノ料理をつついているかのようだが、スプーンにのっかっているのはごく普通の、つやつやしたコンソメスープと鮮やかな色の野草だけである。


 彼はそれを、まるで初めてのものを見るかのような、好奇と困惑の入り混じった表情でじっと見つめた。なかなか口に入れようとしない。彼にとっては見慣れない食べ物なのだろうか。声をかけようと身じろぎしたら、その気配に気が付いたのか慌ててスプーンを口元へ運んだ。だがその動作がまたぎこちなくて、デイルは余計に違和感を募らせた。


 その時だった。


「あ――っ!ダメだっ!」


 森中に響き渡るようなキンキン声が、すぐ近くでした。リンだ。


 トワは声に驚いてスプーンを急停止させ、それに耐えられなかったスープが表面張力をぶち破ってズボンにぼたぼた零れ落ちた。


「何だ?急にどうしたんだよ、リン……」


 またしても汚されてしまったズボンを横目で見ながら、デイルはいらいらと言った。


「あんた、寝たんじゃなかったの?」


 アンナやデイルに声をかけられても、リンは唇を真一文字に結んだままだ。トワを上目づかいに見上げている。止めはしたものの、またその理由を言うつもりは無いらしい。


 それを見てとったアンナは、無言でリンに近づくと、一発、げんこつをくれてやった。

ごつん、と鈍い音。


沈黙――――


「うわあぁぁあああんん……!」


やがて、サイレンのようなけたたましい泣き声が、リンの口から鳴り響き始めた。


「うるさい!」


 アンナは負けじとこれまた大声で応戦し、さらにもう一発、ばしんとリンの頭を叩いた。すると、サイレンの音はもう一段階大きくなった。


 デイルは端から冷ややかにその様子を見ていた。横では、トワとルロイがどうしたら良いのかわからないといった様子で固まっている。

 仕方がない。デイルはこの事態に収拾をつけるべく立ち上がった。が、途中で少し良いことを思いつき、Uターンしてトワの方へ向かった。トワに作戦を耳打ちする。彼は最初、怪訝そうな顔をしていたものの、やがて意図を理解してうなずいた。


 リンは、むちゃくちゃに涙をぬぐいながら思い切り泣き叫んでいる。そこへトワが背後から声をかけた。リンはひどく驚いた様子で、反射的に振り返った。トワが近づくのが分かっていなかったらしい。


 鳴り響いていたサイレンがぴたりと止んで、あたりは急に静かになる。


 あれだけ泣いていたのに、リンは今や、口をぽかんと開けたままトワを見上げていた。トワは、リンのその様子に今にも笑い出しそうだったが、こちらが伝授した通り、手に持ったスプーンでスープをすくって口元まで持っていった。


「食べちゃうけど、いいの?」


 それを見て、リンの真っ赤な目はまんまるになった。そして、首をすごい勢いでぶんぶん振った。予想通りの反応だ。


「いやだ!だって、そんなことしたら……」

「―――そんなことしたら?」


 デイルはわざと意地の悪い口調で、先を促した。するとリンははっと言葉を止め、また口をとんがらせて、黙り込んだ。


「ほら、ほら。早く言わないと、あいつ、食っちまうぞ」


 デイルは、相変わらず意地の悪い口調で、トワの方を指差してみせる。トワも、それに合わせて大きく口を開け、今にもスプーンを口に入れようとしてみせた。


 それでもリンは、彼の大きく開けられた口と、スプーンとに、おろおろと視線を行き来させるばかりで、いっこうに何も言おうとしない。トワは、口を開けてスプーンをかまえている姿勢に疲れて、そろそろと口を閉じようとした。


(もう、食っちまえよ!)

 デイルはしびれを切らし、目でトワに合図した。リンの強情さに半ば呆れていた。

(いいの?)

(いい、いい。食べちまえ。)


 トワは言われたまま、ぱくりと、スプーンを口に入れた。


「あっ!」


 リンは、慌ててトワの口元を凝視した。その時のリンの心境は、デイルには複雑すぎてよくわからなかった。色々な感情がないまぜになっている。だが、『何かが起こる』という予感のようなものだけは、彼女の本能的な部分から強く感じた。

 しかし、


「別に、なんてことないじゃない」


 アンナが言った。


 トワは何事もなく、スプーンを口から引き抜いた。リンがまた、ぽかんと口を開けて、トワを見上げている。トワは今度こそ本気で笑い出しそうになったらしく、慌ててスープの入った口を押えた。


「いったい、どうなると思ってたんだ?」


 デイルは、苦笑しながら尋ねた。リンはその言葉ではっと我に返り、慌ててうつむいた。気恥ずかしさからか、みるみる顔が赤くなっていく。その様子に、みんな、どっと笑った。リンは笑われて、ますます縮こまり、最後には耳まで赤くなった。


「あー、もう、いいや。寝よ!」


 ひとしきり笑った後、アンナが言った。そして、まだ真っ赤な顔をしているリンの頭に手をおき、「悪かったなー、殴ったりして」とにやにやしながら言い、自分の寝床に戻って行った。(うるさい、おにばばあ!)と半ば反射的にリンが囁いたのが彼女の耳に届かなかったのは、また騒ぎがぶり返さなかったという点でメンバー達にとって幸運だった。

 ルロイも、大あくびをしながら寝床に向かった。


「さて、おれも」


 そろそろ寝ようかな。デイルは、うーん、と伸びをして、立ち上がった。結局、なぜリンが怪我をしたのかも、なぜトワの食事を阻止しようとしたのかも、不明なままだ。白黒はっきりつけたいところだったが、今日はもう、頭が回らない。明日にしよう。

が、その時、ちょんちょんと背中をつつかれた。


 振り返ると、トワが口を押さえて立っている。しかも、とても困っている。いったい、何に?


「あの」


 トワはもごもごと言い、スープが溜まったままの自分の口を指差した。


「これ……どうすればいい?」



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