第七話 魍魎の憂鬱 その九
シェーラの助けの求めに、再び攻撃態勢に入る魔法使い。魍魎がなんだか勝手に一人語りをしていたが、依頼主に求められればそんなことに構っている場合ではないのだ。一方のシェーラも身の危険を感じてか、自ら魔法使いの背へと回っており、魍魎との距離を開けてその戦いに備えていた。後は相手の出方を待つばかり、であったが……それに、魍魎は面白くないような表情をしており、
「ふん、時期尚早か」
時期とかそういうのはあまり関係ない気もするのだが、じとっと睨みつけてくる三人の眼差しに負けたのか、魍魎はそう呟くと、
「彼女に免じて、今回はここで退散してやろう。だが、私はあきらめた訳ではないぞ」
そう言って再び鳥の姿に変わっていった。そして、今にもそこから飛び立とうとでもいうかの様子を見せる魍魎。だが、その時ふと気づいたよう魍魎は魔法使いの後ろにいたエミリアに目を留めると、
「そちらの偽者の女性の容姿も中々……、私の花嫁になりたければいつでも……」
「これは私の弟子だ! もういい加減にしないと、その尻尾に火をつけるぞ!」
手出しさせるものかと、魔法使いはエミリアの前に立ちはだかる。そしてここで逃すなどとんでもないとでもいうよう、魔法使いは攻撃魔法の呪文を唱えてゆくと……。
「全く、鬱陶しい奴だ。退散、退散」
そう言って、渋々といったよう魍魎はそこから飛び立っていったのだった。
「ったく、なんなんだ、あれは?」
思わず呆れたように毒づく魔法使い。確かにそれはエミリアもシェーラも同感であった。
※ ※ ※
そして、この出来事でパーティーは否応なしにお開きとなり、客達を帰してすぐに後片付けとなった。だが、大広間はぐちゃぐちゃ、あちらこちらの窓ガラスは破られ、その様相は惨憺たるものであったから、当然の如く作業は難航を極めていった。それでもめげずに皆力を合わせ、地道に床を掃き、替えられるガラスは替えて、なんとか日付が変わる前にその作業は終了していった。そう、終了していったのだ、が……割れたガラスの為やけに風通しのよくなってしまった部屋がそこここにあり、シェーラを含め寝ようにも寝られないという人が何人も出てしまっていたから、そうすぐに就寝という訳にはいかず……。そう、使える部屋を探し、不自由した者にも寝床を与え、そうしてようやくといったようひと段落つくと、なんとか休みの時を得て、皆それぞれの眠りへと入ってゆき……。
そしてやってきた朝。
「た、た、た、た、大変です~!」
まず起き抜けに聞こえてきたのはこの声だった。
そう、屋敷の女中がそう騒ぎながら、屋敷の廊下を駆け抜けていったのである。朝っぱらからの騒々しい声に、なんだと皆いぶかしんで扉から顔を出す。勿論魔法使いやエミリアもそれに気がついて、何事だと部屋から出てくる。すると、
「お嬢様がいなくなられました~!」
お腹の底からの叫びであった。
その声に寝ぼけ眼もすっきりと覚めた魔法使いとエミリア、これは大変だと慌ててシェーラが寝ていた部屋へと駆けつける。そして……ガラス窓が無事だった屋敷の端の空き部屋、勢いよくそこの扉を開けてみると、やはり……。ベッドはもぬけの殻、どこを見てもシェーラの姿はない。
部屋の窓を見てみれば、憎々しくもそれは外へと向かって空間を開いており……。
どうやら諦めたと見せて再び戻り、破った窓ガラスの一つから侵入して、そしてこの窓からシェーラを連れ去っていったらしい。
それに思わずがっくりとくる魔法使い。そんな彼の脳裏に、今回はここで退散という魍魎の言葉が蘇ってゆく。
そうだ、あの言葉をそのまま鵜呑みにしてはいけなかったのだ、付きっ切りでシェーラを見張っていなければ……。
やってしまった自分の不注意に魔法使いは歯噛みしたい思いになる。そして、
「あの野郎……!」
拳を握り締めて怒りを示す魔法使い。するとその傍らでエミリアは、冷や汗を流しながら、ああやっぱり嫌な予感は当たってしまったと、思わず苦虫を噛み締めたような表情をする。そしてこれからどうするのかと、エミリアは魔法使いの様子を窺っていると、怒りのまま回れ右をして彼は歩き始めた。それをエミリアが慌てて追いかける。
「ど、どうするんですか、お師匠様!」
「決まってるだろ、取り返しに行く」
ならば自分も何か力にならねばと、エミリアは、
「わ、私も行きます!」
「駄目だ!」
「でも!」
そこで魔法使いは立ち止まって追いかけるエミリアを振り返った。
「私のプライドにかけて、彼女を魍魎の餌食にする訳にはいかん。守るべきものが二人もいると、身動きが取れなくなる可能性がある。それに……」
「それに?」
「前回報酬をもらい損ねたおかげで、我が家の台所事情は今かなり厳しいのだよ。このままいけば毎日パンと豆スープだ」
フフフフと不気味に笑う魔法使いに、エミリアは「ひえー!」とおののきの声を上げる。
「毎日パンと、ま、豆スープ!!」
「そう、明日のご飯の為にも、この仕事は絶対成し遂げねばならんのだ。分かったか!」
諭すようにそう言う魔法使い。それにエミリアは「は、はいー!」体を硬直させて返事をすると、再び体を前へ向け、猛然と歩き始める魔法使いの後ろ姿を見送った。
そう、なるほど、そういう理由なら仕方がない。大人しく待ってますと、素直に引き下がってその後ろ姿を……。
短くってすみません!