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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第三章 始まりの予感
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第七話 魍魎の憂鬱 その八

 シェーラの隠し場所、それは自室のあの白い部屋であった。パーティーが終わるまで、そこに隠れているよう彼女に言い含めていたのであった。だが状況は切迫、こうなってはこの場所もすぐに魍魎に見つかってしまう可能性があると、ならばその前に、もっと見つかりにくい場所に移動せねばと、魔法使いはシェーラの部屋へと向かっていった。そして不安を抱えたまま、魔法使いはシェーラの部屋の扉を勢いよく開けてゆくと……。


 中にはシェーラの姿があった。どうやら魍魎の魔の手はまだ彼女には伸びてなかったらしい、目の前の姿に、魔法使いはホッと胸を撫で下ろす。だが、パーティーは終わってないはずのこの時間、なのに入ってきた突然の侵入者に、シェーラの方は少し驚いているようだった。まあ、それも当然といえば当然であろうが、魔法使いはそんなシェーラの様子にも構わず、


「魍魎がきた! 今あんたのことを探している、どこか別の所に隠れるんだ!」


 最優先事項はこれと、そう言って魔法使いはシェーラ嬢の手を引く。だが、シェーラ嬢は「でも……」と言って躊躇い、何故か動こうとしなかった。


「私が偽物だってばれちゃったんですよ。ここにいたら、見つかってしまうかもしれません」


 後を追ってここへやってきたエミリアも、何とかシェーラ嬢を安全な場所へと連れてゆこうと、説得するようそう言う。だがやはり……、


「いえ……私は……」


 こんな事態でも変わらず、何とも煮え切らない態度を返してくるシェーラであった。だが、今はそんな場合ではないのだ。それに魔法使いはとうとう苛立って、


「早く立つんだ! 引っ抱えて持ってくぞ!」


 そうしてまさしくそうすべく、魔法使いがシェーラの肩に手を置き、そのまま抱えあげようとすると……。


 ぱん!


 何かを叩くような小気味良い音が辺りに響いた。そう、シェーラが魔法使いの手を振り払ったのである。そして向けてきたその眼差しは、本当にこれがあの奥ゆかしいシェーラかと思われるほど厳しく、凄味のあるもので……、そして、


「あたしは隠れないって言ってんだろ!」


 そんな言葉がシェーラの口から放たれる。すると、そのとんでもない言葉遣いと迫力に、思わず目が点になってしまう魔法使いとエミリアであって……。


「ったく、勝手なことばかり言いやがって、ふざけんな!」


 それはあまりに突然な変わりすぎるほどの変わりようだった。そう豹変、そんな単語がぴったりくるような。そして彼女は更に、


「どいつも、こいつも、あたしの意志なんか無視しやがって!」


 な、な、な、な、な!?


 もう、言葉をなくすしかない二人だった。


 そして思う、あの奥ゆかしさは一体……と。それともこれが地なのか? 今までのあの仕草は仮面だったということなのだろうか……。


 起こったことに訳が分からずエミリア達は混乱するが、これが地と考えれば、確かに……。


 確かにその仕草、奥ゆかしいというより、ぎこちないという方がぴったりきていたような気もした。まぁ、今になって考えてみれば……だが。育ちがどうなのかはよく分からなかったが、何となくブロウ氏が緊張していたのも、質問を続けたがらなかったのも、これを目にすればなるほど納得であり……。それにしても深窓の令嬢とは程遠い言葉遣い。思ってもみなかった姿を目の前にして、ガラガラと少女のイメージが崩れてゆく二人だった。それでもなんとか気を取り直し、


「意志を無視って……」


「あたしはこんな所に来たくなんかなかったんだ。魍魎の餌食にでも何でもなっちまえばいいんだ!」


 何とも納得のいかない言葉であった。だがその叫びにはどこか悲痛なものがこもっていて、力強い響きと共にこの部屋に木霊してゆき……。


 するとその時、


 ガシャン!


 まるでそれを聞きつけたかのよう、突然窓ガラスが割れ、そこから一匹の鳥が部屋の中へと入ってきた。そう、魍魎が変化したあの鳥である。鳥は中へはいるとすぐに先程の人型へと姿を変え……。


 とうとう来たかと身構える魔法使い。すると魍魎は、


「おお、ひさしぶりだの、娘よ」


 嬉しそうな表情で、まるで彼女を知っているかのようなそんな言葉を発してくる。そう、今こそ再会の感動をしみじみ味わおうとでもいうかのように。それに魔法使いとエミリアは困惑して顔を見合わせる。そして、


「奴のこと、知っているのか?」


 そう魔法使いがシェーラに問う。すると、シェーラは思いっきり首を横に振り、


「いいや」


 はっきりとした否定だった。確かに、最初に会った時の質問で、シェーラは魍魎のことは知らないと言っているのだから、それは当然ともいえる返事だろう。


 だが魍魎は、その答えに切ないような表情をして、


「忘れてしまったのか、私のことを」


「知らないものは知らないんだ!」


 知らないと言っているのに何故だかしつこい魍魎に、苛立つようシェーラはそう言葉を放つ。するとそれに魍魎は考え込むような仕草をし、不意に思い立ったようベッドのシーツを引っぺがしてゆくと、


「では、これでも?」


 そう言ってそれをすっぽり頭からかぶった。そして、


「お恵みを~」


 腰を曲げ、どこか哀れっぽい声でそう言ってくる魍魎。それはヨタヨタとした足取りで、もしこれでそのシーツが汚れていたら、まさしく……。


 それにシェーラはハッとして、ようやく思い出したように口を開く。


「お、おまえは~!」


「やっぱし知っていたのか?」


 魔法使いがそうシェーラに問うと、


「ああ、こいつは私がまだ丘の下の村に住んでいた時、パンを恵んでやった乞食だ!」


「乞食?」


 それに魍魎は頷き、


「そう、一人暮らしが長いとやはり寂しさを感じるもの。それもこの美貌なのに恋人の一人もいないとは。ならばと花嫁探しに村へ行き、乞食の振りをして徘徊していると……」


『お恵みを……哀れな私にお恵みを……』


 小汚い布をすっぽりかぶり、物乞いをしながらその時魍魎は村を歩いていた。腹をすかせ、もう足取りさえもおぼつかないといったよう、ヨロヨロと。そしてしばし魍魎は村を徘徊していると、


『おい』


 不意に背中からそんな言葉がかかってきたのだ。振り返ってみれば、一人の少女が。髪はぱさついてどこか薄汚れ、手入れされていないがさつな感じがするが、磨けば光そうな、それはそれは美しい少女が。


『腹が減っているのか、おまえ』


『はい、哀れな私にお恵みを……』


 魍魎はいかにも哀れっぽい声を出して、少女から何かをもらおうと乞うてみる。いや、ほんとはもっと少女とお話がしたかったからそうしただけなのだが……。すると、少女は持っていた買い物かごを手でまさぐりだし、そこからパンを取り出すと、それを魍魎へと差し出したのだ。そして、


『やるよ』


 見れば少女の服装も、お世辞にも裕福とはいえない、いや恐らく貧しいと思われるようなものだった。食料もきっと貴重なのだろう。なのに、この乞食にわざわざ分け与えてくれ……。


 口は悪いが、何とも心優しい少女ではないか。


 本当は、人間の食料など全く必要としない、魍魎の彼だった。なのに彼がこうした理由とは。そう、自分はこの温かさに触れたかったのだ。その為にこうして乞食となって村を徘徊し……。


 そうして少女のその心に感動した魍魎は……。


「おまえを花嫁に決定! という訳だ。容姿も申し分ない。美しい私にまこと相応しい花嫁」


 うっとりと、その当時の出来事に浸るかのように語ってゆく魍魎。だが、それはあまりにも自己中心的で、勝手な考えであった。当然のことながらその言い分に納得いかず、いい加減シェーラは堪忍袋の緒が切れると、


「勝手に決めるな~!」


 だが、叫ぶシェーラを前にしても、魍魎は懲りなかった。脳天気な微笑を絶やさないまま、


「なんて可愛いわがままだ、でも私は分かっているよ」


 一体何が分かっているというのだろうか、シェーラは頭が痛いように額に手を当てると、とうとう観念して、


「や……やっぱり助けてくれ」


 魔法使いに助けを求めるのであった。

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