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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第三章 始まりの予感
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第七話 魍魎の憂鬱 その七

 そしてとうとうパーティーが始まった。時刻はすっかり日も落ちた宵の口辺り、着飾った人々が続々とこの屋敷の大広間に集まってくる。


 そんな会場に流れるのは管弦楽の心地よい演奏、そして給仕係によって皆にお酒も配られてゆき……。いい気分だった。そう、皆いい気分でその場の雰囲気とおしゃべりを楽しんでいっていた。


 勿論変装エミリアも見事シェーラになり変わり、ブロウ氏と共に次々とやってくる来客に挨拶をし、娘としての役目を着々とこなしていった。そう、扉をくぐってきた者にご挨拶、自己紹介。またその次の人にご挨拶、自己紹介。挨拶、自己紹介、挨拶、自己紹介、挨拶、自己紹介。そして傍らには護衛の魔法使いの姿が。こういう場なので珍しく略装ではなく、ローブの下に裾の長いチュニックという、魔法使いの正装をして。


 そうして大体の人々に紹介が済むと、今度は広間でパーティーを楽しむ人達の会話にエミリアは加わっていった。そう、恐らくその存在への興味だろう、ブロウ氏の親戚らしき者、知り合いの者など、色んな人が次々と彼女に話しかけてくるのだから、これはもう否応なしといったように。それは中々に忙しいものだったが、エミリアは笑顔を絶やさず、見事それに答えてゆくのであった。そう、どこから見ても完璧な立ち振る舞い。誰もが彼女を娘と信じて疑わず、むしろ好感を持って迎えいれているようでもあった。それにエミリアも徐々にシェーラとしての自分に自信を持ってゆくと、消せない不安は魔法使いに預け、とりあえず久しぶりのパーティーの雰囲気というものを楽しんでいった。


 そして和やかに、しばしの時が流れてゆくと……、


 ガチャン!


 不意に窓ガラスが破られる音がホールに響く。

 

 どうやら何かの物体がこのホールの中に入ってきたらしい。

 

 それはかなり凄まじい物音で、何事かと皆その方向へと目を向けると、そこにあったのは……翼を大きく広げると、一メートル以上はある灰色の鳥で……。


 これが魍魎か? 魔法使いの懸念通り、この暗闇の中屋敷へと忍んできて、こうして侵入してきたということだろうか。


 辺りを見回せば、この突然の出来事に驚きを隠せずにいる人々が、眼差しに恐怖すら浮かべて一体何事かと動揺している。


 だが鳥の方は、そんなことにまったく頓着していないようだった。まるでうろたえる彼らを嘲笑うかのよう、上空を優雅に一、二度飛び回ってゆくと、やがてゆっくり部屋の中心へと降り立っていったのだった。そして次第にその姿を鳥から人の形に変えてゆき……、


 銀色の、長い髪をもった若い男性。どこから見ても普通の人間にしか見えない……。そしてその男性は、


「予告どおりやってきたぞ、お嬢さんを渡していただこうか」


 どうやらこれが魍魎らしい。だがその姿を見て、魔法使いの胸に嫌な予感が過っていった。そう、人型を取れる魍魎、それは高い能力を持つ高等な魍魎であったから。一般の魍魎と比べてもその力は強く、倒すのは中々容易ではない……。そう、それは出来れば目を瞑りたい現実。だが、紛れもないその現実に、魔法使いは舌打ちしたい気持ちになりながら、変装エミリアの盾になるよう彼女の前に立ちはだかる。そしてエミリアも魔法使いの背に隠れるようにして、魍魎に顔が見えないようにすると……。


 おののく人々、いくら待っても戻ってこない返事。


 この出来事に言葉を忘れて場内はシンと静まり返り、続く沈黙に魍魎は苛立つように表情を歪める。そして、もう待っていられないと思ったのか、魍魎は自ら探し出そうとでもいうよう辺りを見回すと、この会場にいる者一人一人の顔を確認していった。


 それは執拗な探索。そう、ことの異様に時すら忘れ、その挙動をじっと見守る人々の視線を受けながら、しばし探索の時が過ぎる。


 すると……ようやく目的のモノを見つけたのか、不意に魍魎の表情が明るいものへと変わってゆく。そして、


「おお、そこにいたのか。迎えに来たぞ」


 魍魎の視線の先にいるのは、険しい表情でそこに立つ魔法使いの姿だった。勿論、目的は魔法使いではない。その後ろにいる変装エミリアであった。そう、どうやら魔法使いの後ろにいる変装エミリアに気付いたらしく、嬉しさ隠せないといった様子で魍魎はそう言ってくる。だが、


「誰もおまえなんかの迎えを待っちゃいない、さっさと退散しろ! でなければ私が相手だ!」


 魍魎の言葉に、そうはさせじと言い放って魔法使いは身構える。


 それに魍魎は眼差しに剣呑な色を浮かべ、


「ふん、魔法使いの護衛を頼んだか、こしゃくな真似を」


 服装などからそれを察したのだろう、憎々しげな様子でそう言う。そしてすぐに目を変装エミリアに向け、表情を和ませると、


「しばし待たれよ、私が連れ出してあげるから」


 何となく、先程からピントのずれた言葉を吐いているようにも感じられる魍魎だった。それにどこか不可解な気持ちにもなる魔法使いだったが……今はそれどころじゃない、とりあえず目の前のこれと……そう、引かないのならば攻撃するまでと、呪文を唱えてゆき……、


「ん?」


 すると、どこか自分に酔っているようにも見えた魍魎、だが不意に何かに気付いたかのよう我に帰った表情をし、顔の見えない変装エミリアをじっと見つめてきて……。そう、目を凝らし、顔を近づけ、その姿を確認するかのように。そして……何か衝撃でも受けたかのよう一、二歩後ずさると、


「ち、違う……」


 そしてもう一歩下がり、


「私の求めるものとは……」


 クソッばれたか。


 顔を見せなくとも、姿形だけで偽物と判断したらしい。背格好が似ている二人であったから、顔さえ見せなければ騙せるような気もしていたのだが……。どうやら、相手はこちらのことをあまり知らない筈、そう思って甘く見てしまったらしい。そう、それは魍魎のあまりの勘のよさで……。それに、魔法使いは思わず心の中で毒ずくと、だが今は攻撃だと再び呪文を唱えなおす。すると……、


「私を騙しおって!」


 どこをどう探しても、やはり少女の姿がないことを察すると、魍魎はそう言って再び姿を鳥に変え、その場から外へと飛び立ってしまったのだった。そしてしばしの時の後、


 ガチャン!


 どこか違うところで再びガラス窓の破れる音がする。


 それに魔法使いは嫌な予感がした。

 

 もしかして虱潰しに部屋を探して、ガラス窓を破っているのではないだろうか……と。


 慌てて身をひるがえす魔法使い。そう、魍魎がそうきたのなら、真っ先にせねばならないことがあったからだ。せねばならないこと、それはシェーラの下へと行くこと。そして……その目的を遂行する為、魔法使いは駆け足で大広間から出て行くと、シェーラ嬢を隠してあるその場所へと大急ぎで向かってゆくのであった。

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