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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第三章 始まりの予感
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第七話 魍魎の憂鬱 その三

 それからエミリアはレヴィンに転移魔法で王都まで送ってもらうと、リストに書いてある買い物をすべく、早速お店へと向かっていった。


 そしてあらかじめ決めていた、とある一件の店へと入ってゆくと……目の前に広がるは魅惑的な品物の数々。それに思わず目が眩んでしまいそうになるが、何とか抑え、だがときめいてしまう胸は抑えきれず、とにかく嬉しい悲鳴をあげながら、エミリアは買い物へと向かって励んでゆくのであった。まあ予算があるので、何でもかんでも好きにとまではいかないが、それなりに自分の好みに合わせて。まずは化粧品、次も化粧品、その次も化粧品。かつらは……とりあえず、後で。


 これは、貴族であった時は普通にしていた買い物。だが、今となっては懐かしいくらいに久しぶりともなった女の子の買い物に、不安な仕事も忘れてしばし時を楽しむ。そう、とにかく今だけはと、エミリアはその買い物を楽しんでゆくのであって……。


   ※ ※ ※


 そして……その頃北の森の屋敷では。


「……」


 箱の中でこそこそ動く二匹の物体を見つめながら、魔法使いが腕組みして難しい顔つきで何かを考えていた。それは……。


 やるべきか、やらざるべきか。


 そう、実験を、である。


 失敗の可能性も大。でも、成功する可能性も……? だが……。


 しばし悩みに悩む魔法使い。

 そんな彼のその脳裏には、血まみれになったあのネズミの姿が……。そう、ピクリとも動かずに横たわる……。


 出来るのか? 私に出来るのか? いや……。


 そこで魔法使いは、いったん呼吸して気を取り直す。すると、


 そうだ、出来るか、出来ないかじゃない、乗り越えねば、だ。これを乗り越えねば、この先の道には進めないのだ!


 コクリと頷く魔法使い。

 そしてやがて、決意したよう魔法使いは顔を上げると、書斎からメスを持ってきて、少し震える手で一匹のネズミをつかんだ。構えるはメス。そして、じっとそれを見つめると、


 許せ!


 そう思って、そのメスを……。


   ※ ※ ※


 はー! 買った、買った!


 それからエミリアは何とか全部買い物を済ませ、そう、ちょっと心配だったかつらもそれ以外のモノも全て済ませると、荷物を抱えて馬車の駅へと向かった。

 行くは一番近い駅。繁華街の中にあるオックス・ストリートという名の駅で……。


 そう、それを目指し、しばし歩いてゆくエミリア。そして、やがてその駅に到着し、嬉しい買い物に気分も良く馬車を待っていると……それほど時間を置くこともなく馬車はやってきて、いそいそとそれに乗り込み、エミリアは家への道を辿っていった。それはいつもの道、いつもの風景。そして到着したいつもの駅から、これもいつもといえる約三十分の道程を、エミリアは鼻歌なんぞ歌いながら歩いてゆく。その道行きを楽しみながら、屋敷へと向かって歩いてゆく。


 そして小道を行き結界の中に入ると、エミリアはやがて屋敷の前庭へと足を踏み入れていった。そう、ここも変わらぬいつもの光景。だが何かが違う違和感に、エミリアはなんだと思ってふと目をとめると……。そう、庭にはなにやら土いじりをしている魔法使いの姿があったのだ。珍しいその姿に不思議に思いながら、魔法使いの方へと近づいてゆくエミリア。すると……こんもり盛った土山が二つ、魔法使いの目の前にあったのだ。そしてその二つの山にはそれぞれ枝で作った十字架が突き刺さっており……。


「お師匠さ……ま?」


 思わずその背にそう声をかけるエミリア。

 すると、それに魔法使いはようやくエミリアの存在に気がついたようで、顔を彼女の方へ向けると、少し考え込んだような様子を見せ、そして……、


「アーメン」


 十字を切って、祈りのポーズをする。

 そう、二つの土山、二つの十字架……。


 ま、まさか……。


 その光景に、エミリアの胸には不吉な予感が走ってゆく。そう、否定したくとも否定できないとてつもなくいやーな予感が。


 もしかして、もしかすると……師匠は自分が留守の間、あれをやったのだろうか。あれ、そう……実験を。


 リリーちゃんとジョン君の末路、何となくそれを察してしまったエミリアは……ウキウキ気分から一転、一気に奈落の底へと突き落とされてゆくのだった。そしてガックリ肩を落とすと、


「リ……リリーちゃん、ジョン君……」


 思わず涙目になるエミリアだった。


   ※ ※ ※


「酷いですよ、お師匠様! リリーちゃんとジョン君が……」


 やはり外れていなかったリリーちゃんとジョン君の哀れな末路。それにエミリアは愕然としながら居間の食卓に戻ると、ここぞとばかりに魔法使いの行動を非難していった。確かにこれは自分が魔法使いにプレゼントしたもの、それも実験動物として……。だから魔法使いがどう使おうと文句言える立場ではなかったのだが、十分それは分かっていたのだが……どうにもエミリアには絶え難かったのだ。するとそれに魔法使いは、


「せっかくのプレゼントだ、無駄にしてはならないと、私も勇気の一歩を踏み出したんだ。結果は……残念なものだったが」


「でも!」


 正論ともいえる魔法使いの言葉。だがなおも納得いかず、エミリアは魔法使いに食い下がる。そして、もう一度「でも!」と言って、更に言葉を続けようとしたその時、


「私だって殺したくて殺した訳じゃない!」


 思わずといったよう、魔法使いの口からそんな鋭い言葉がこぼれてゆく。そうしてそのままムッとした表情で卓の上に頬杖をついてゆくと……すぐその眼差しに浮かんでくるのは沈鬱を含んだ憂いの色。そして……、


「はあ……」


 激高した自分に自己嫌悪するかのよう、大きな深いため息を魔法使いは吐いてゆくのであった。そう、放心したその姿は、何となくトラウマが増えてしまったかのような様相で……。それに、確かに殺そうと思って実験を行った訳ではないこと、それを彼から感じ取ると、伝わる心にエミリアも胸が痛いような気持ちになり、責めてしまったことを申し訳なく思う。そして、これ以上何も言えなくなって口をつぐむと……。


「お買い物……してきましたよ。ほら」


 落ち込む魔法使いを何とか元気付けるべく、また重くなってしまったこの雰囲気を変えるべく、そう言ってエミリアは買ってきたかつらをかぶってにっこり微笑む。かたやクリクリパーマ、かたやユルユルウエーブ。髪はまとめていないエミリアであったから、どう考えてもかつらより彼女の髪の毛の方が大きかったのだが……。それ故、そのふわふわの髪がかつらからはみ出してしまっていたのだが……とりあえず今は気にせずに。そして、


「それで、出発はいつですか?」


 その珍妙な頭のままそう問いかけてくるエミリア。すると、それに魔法使いは思わずといったよう淡い微笑みを浮かべると、そのかつらの髪の一房を手に取り、


「三日後には仕事についてないといけない。なので、あさって出発する」


 微笑みつつも、どこか憂いがとれないような魔法使いの表情だった。

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