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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第二章 信じる者の儚き幻影
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第六話 背信の愛 その十四

 一方、場所は変わって、そこは、深い翠の葉が生い茂る鬱蒼とした森の中だった。そんな森の中で、一応ある、獣道と言っていい細い道を、リディアは必死でたどっていた。そう、額に汗を浮かべながら、ひたすら前へと。


 そんな彼女の片手にはレヴィンの書いた地図。だが、リディアの求めるその知人の屋敷とやらは、いくら歩いても到着する気配すら見せることはなかった。


 周りの風景も全く変わらず、次第に、同じ所をぐるぐる回っているかのような感覚にリディアは陥ってゆく。いや、もしかしたら気のせいではなく、それは……その家には結界がかかっていると、確かにレヴィンは言っていた。だが、何者かが結界に入り込もうとしてくる気配を見せれば、更にそれが近衛兵の制服着た者であれば、何らかの接近を試みてくるだろうとのことだった。もしそれが無かったら、同じところを巡り始めればそれは結界に引っかかったということだから、そこでレヴィンの使いだということを叫べば、何らかの対応を取ってくる筈だということも言っていた。


 だが、それを何度も試しているというのに、その気配は全く無かったのだ。唯同じような風景が繰り返されるのみで、もしかして自分は迷ってしまったのではなかろうかと、リディアは少し不安になる。


 そしてどれくらい経っただろう、堂々巡りするような感覚を覚え始めてから一時間ぐらいが経ったかもしれない。もしかしたら留守という可能性も無きにしも非ずと、諦めて帰りかけようとしたその時、不意に背後でガサリという音がしたのだ。何の音かと警戒して、腰に下がる剣に手をあて振り返ってみれば、そこには一人の青年の姿があったのだった。


 それは、背が高く、赤みを帯びた茶色の髪を持った、冷たく整った顔立ちをした青年。そしてその者、魔法使いの印であるローブを羽織っており……この者か? この者が主人レヴィンの言っていた人物なのか? 確かにこのようなところで人と出会う確率は低かったから、求める者なのかもしれないとリディアは思った。だが、はっきり判断がつかず腰の剣に手を当てたままでいると、その者もリディアに気づいた様子で、眼差しに更に鋭い光を宿らせて、同じく警戒したように身構える。そして、


「誰だ!」


「私は……」


 お互い警戒が解けないまま、名を名乗ろうとしたその時、魔法使いの後ろから一人の少女が顔を出した。蜂蜜のような風合いの、艶やかな巻き毛をした中々に愛らしい顔立ちの少女が。そして、どこかで見覚えのある感覚に、リディアはその少女の着ている服にふと目をとめると……それは縁をフリルと小さなリボンであしらったサーモンピンクのドレスであった。そう、リディアがレヴィンと共に選んだあの三着の内の一着の。ということはこの少女が、あの……。


 やはりこの者達は殿下の知り合い、そう察すると、リディアは剣に当てていた手を慌てて下ろし、その場にひざまずいて頭をたれた。


「無礼な態度、申し訳ございません。わたくしの名はリディア。レヴィン王子の使いで参りました。アシュリー殿に、エミリア殿ですね?」


「レヴィンの使い……」


「はい」


 その言葉を聞いてエミリアは、ホッとしたように胸を撫で下ろす。


「近衛兵の制服を着ているから、陛下の手の者かと思っちゃいましたよ。殿下なら直接くるでしょうし。ああ、びっくりしました」


 そこで、ようやくリディアはエミリアが王の求婚を蹴ったあの有名な少女だということに気づくと、


「ああ、あのエミリア嬢ですか。ならば警戒されて当然ですね。脅かしてしまい申し訳ございませんでした。殿下は……ただいまお忍び禁止令が出ていまして、伺うことができない状態なのです。なのでこうしてわたくしが」


 この前、レヴィンから色々話を聞いていた魔法使いとエミリアであった。なので、現在の彼の大変さというものがその話から察することができ、なるほどと頷いて納得する。そして魔法使いは難しい顔つきになると、


「それで、その用事とは?」


「はい、殿下から手紙を預かってまいりました」


 そう言ってリディアは懐から手紙を取り出し、それを魔法使いに渡した。

 それに頷いて手紙を受け取る魔法使い。そして手にした手紙の封を開け、早速その場で目を通し始めた。エミリアもその内容が気になって、彼の後ろから覗いて手紙を読む。


「なるほど、やはり伝説は真実。そして指輪はこの世にあの書が残ってしまうこと、そしてそれが再び現れるだろう古代魔法使いの手に渡ってしまうことを恐れた為、はめられたということか」


 手紙の内容は、レヴィンが特別保管庫で見たあの本の内容。そして王宮にあったバートラム三世の肖像画についてであった。勿論そこから導き出されるだろうレヴィンの推測というものも、しっかりそこに書かれており……。


「そうみたいですね。それでお墓にまで持っていったんですね。その前に指から外れなかったんでしょうが」


 エミリアの言葉に、恐らくそうと魔法使いはコクリ頷く。そして、


「『フォラーニの年代記』にその記述が無いのは、全て破棄したとされるそれがこの世に存在しているのは王家にとって不都合と、著者によって故意に削除された為、と考えられるな」


「うーん、確かに……それにしても、バートラム三世が言った本来あるべき場所ってなんなんでしょうね」


「それはよく分からんが……おい」


 まだ膝をついているリディアに、魔法使いは声をかける。


「はい?」


「こっちも進展ありと伝えて欲しいんだが……まだ時間はあるか?」


「はい、大丈夫ですが」


 リディアの返事に納得したよう魔法使いは頷く。


「レヴィンに簡単に手紙を書く、屋敷まで来てくれ」


 それにリディアは頭を垂れて、「かしこまりました」そう言って立ち上がると、先を歩いてゆく魔法使い達の後を追った。


   ※ ※ ※


 そしてリディアは到着した屋敷の中に案内されると、しばし居間で待たされた。そんな彼女の目の前にはエミリアが入れてくれた紅茶が、卓の上で湯気を立てて置かれている。更に向かいには、彼女に向かってにこやかに微笑むエミリアの姿もあり……。


 その彼女、レヴィンが言ったように、綿菓子のようにふわふわとした愛らしい感じの少女であった。服の見定めも間違っておらず、中々に彼女に似合っている。そして、見た目の印象通りの雰囲気をかもし出しながら、エミリアは親しげな様子でリディアに色々話しかけてきて……。


 どうやら魔法使いが手紙を書き終わる間、相手を退屈させてはならないと思っているらしい。


 そうして話を聞いてゆく内に、レヴィンが何故彼女にプレゼントをしたくなったのかが分かったような気がした。レヴィンがわざわざ自分を見立てに連れてまで、必要なもの一式を揃えてあげようとしたのかという理由を。


 確かに、このエミリアがあのエミリアなら、買いに行きたくても下着すら買いにいけない状態だっただろうことが察せられた。だが、その否応無い事情の為というより、困っている彼女をほっとけなかったという気持ちの方が大きいようにリディアは感じた。そう、彼女が困っていれば、たとえ髪飾り一個でも彼はきっと買って送ってあげたに違いないと、リディアはそう感じたのだ。そんな、庇護心をあおられるような少女にリディアは見えたのだった。


 自分とは無縁な世界だなと、そう思いながらリディアはエミリアとの時を過ごしていると、手紙を書き終わったのだろう、魔法使いがそれらしきものを手にこの居間に戻ってきた。そして差し出されたそれをリディアは受け取り、


「確かにお預かりしました」


 それに魔法使いはうなずく。

 そしてリディアはエミリアに微笑を浮かべて顔を向けると、


「お茶、ありがとうございました。とてもおいしかったですよ。それから……服もよく似合ってらっしゃいます」


 そう言って、手紙を手にこの屋敷を後にした。

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