第六話 背信の愛 その八
そして翌日、起きて身支度を整えたり、朝食を取ったりするともうやることがなく、悲しいことにいつものことながらとなってしまった暇を、レヴィンはもてあましまくっていた。公務も今はこの状態なのでお休み中。仕方がないので、昨日魔法使いから頼まれた件でも調べてみようかと、レヴィンは図書館へと足を向けた。そう、当然の如くぞろぞろ護衛を引き連れて。
だが、いざ図書室に到着してみても、頼まれた件が漠然としていて一体何から調べたらいいのか良く分からない。取りあえずバートラム三世について知ろうと、歴史書のコーナーへ行き、その時代の本を手に取って開いてみる。そして、彼について書かれた部分を片っ端から目を通していってみると……読んでいって分かったことは、やはり指輪をはめたらその呪いでうんぬんということについては伝説と片付けられてしまっている為か、全くその話は無視されていたり、疑問を投げかけていたりしている本が多数であるということだった。だが、自殺という点は定説となっているようで、その原因がいくつかの本で推測されていた。まぁ、残念なことに、どれも推測の域を出ることはないものだったが……。
一方、『フォラーニの年代記』について触れている書物も多く見ることができた。だが、その信憑性はやはりどの本も疑問視しており、指輪の呪いや秘められた宝についての記述は、不可解な王の死を理由づける為、もしくは不都合な事実を覆い隠す為作り出されたものだろうと多数の本で書かれていた。指輪自体の由来も、古代魔法使いから本当に押収したものなのかどうか、怪しいとしている説さえもあり……。
試しにこの伝説の元となった当時の説話を集めた説話集『古事伝承』も当たってみたが、やはり、自分が知っていること以外何の情報も得ることは出来なく、謎は謎のまま袋小路にはまって、レヴィンは焦燥と共に大きな溜息をついた。すると、
「珍しいコーナーにいますね。一体何をそんなに頑張って調べているんです?」
脇から突然声がして、レヴィンは驚いてそちらの方を向く。そこで目に入ってくるのは、司書アルヴァの姿。
「いやね、バートラム三世の指輪について調べて欲しいって知り合いに言われててね。それで色々調べているんだけど……」
「バートラム三世の指輪というと、あの呪いの……ですか?」
「うん、そう。ちょっとした宝探しみたいなもんだよ」
たとえ気を許している相手だとしても、まだ突っ込んだ話をすべきではないと、レヴィンはそう言って曖昧に話を濁す。
「宝探し……ですか」
「そう。何か知ってることある?」
特にいい返事を期待するでもなく、レヴィンはアルヴァにそう尋ねた。そう、既に色々本で調べているのだから、これ以上の答えは返ってこないだろうと、そんな気持ちをこめて。すると、それにアルヴァは考え込むようしばし顔をうつむけていたが、
「いえ、恐らく皆さんが知っているぐらいのことしか、私も知らないと思うのですが……バートラム三世といったら、肖像画がありましたよね、王宮の正面玄関を入って図書室の方へ向かう途中の廊下に。指輪をはめているかどうかは分かりませんが、確か晩年のものだったと思います」
その言葉にレヴィンは目を見開き、
「え、そんなのあったっけ?」
広大とはいえ王宮は生まれた時から住む自分の屋敷、それも図書室へ向かう廊下は魔法書をあさる自分にとっては馴染みの、何度も何度も通っていた場所であった。なのに、全くそれに気づかなかったとは! 思わずレヴィンは悔しい思いになっていると、
「ええ、この図書室を出て右に曲がってしばらく行ったところですよ。まあ、それほど大きな絵ではありませんし、数々の調度品に埋もれて目立たないといえば目立たないですが」
注意して見なければ見過ごしてしまうということだろうか。幼い頃からこのゴテゴテ装飾が当たり前のように過ごしていて、絵をじっくり見る機会などほとんど無かったから、そんなこともあったりするのかもしれない。
「はは、全然気がつかなかったよ。ちょっと見てみていいかな?」
「はい、どうぞ」
そう言ってアルヴァはその場所を案内すべく、先に立って歩き始めた。そしてカウンターの所まで来ると、図書室を出てゆくことを告げているのだろう他の司書に何事かを耳打ちし、そのまま入り口の扉を出ていった。勿論レヴィンも、その後に続いて図書室を出てゆく。そして廊下を右に曲がってしばらく歩いてゆくと、アルヴァの言った通り、
「こちらになります」
廊下の右手側の壁、確かにそこには一枚の絵が飾られていた。落ち着いたトーンの服を身にまとった、壮年の男性の絵である。
それは、これもアルヴァの言った通りそれほど大きな絵ではなく、気がつかないことがあってもおかしくはない感じのモノであった。
そしてこの男性、左の中指には、ルビーらしき赤い石の入った指輪をしており、やはり、その肖像画はバートラム三世のものだろうことを臭わせていた。まぁ、それにしては呪いに苦しむ死を目前にした憔悴というものが全く感じられず、王らしく堂々とした姿ではあったが……。
そう、明らかに画家に手を加えさせたのだろうことが窺える……。
「で、この絵、誰が書いたか分かる?」
バートラム三世と接点のあった者、それも指輪をはめていた晩年の。それがなんとなく気になり、レヴィンはアルヴァに尋ねてみる。すると、
「すみません、美術関係は私の守備範囲外で……ですが、もしかしたら絵にサインが入っているかもしれません」
そう言って、アルヴァは絵の表面をくまなく眺め回していった。レヴィンもなるほどと思い絵を見てゆくと、アルヴァが不意に下の右隅の方に何かを見つけたように動きをとめ、
「マ……マレット、と書かれていますね」
その言葉にレヴィンも寄って絵の右端の下を見てみると、そこに何かの文字が書かれているのが目に入った。そう、確かに、レヴィンが見ても、マレットと読める。
「そう……らしいね」
すると、これを糸口に何か分かることはないだろうか、もしかして何かの手掛かりにならないだろうかと、少しの期待感がレヴィンの胸に湧き上がってくる。
「この人物について調べるにはどうしたらいいんだろう」
「そうですね……まずは画家辞典を見てみるといいかもしれませんね。よろしかったらご案内しますが?」
それにレヴィンは頷いた。
「よろしく頼むよ」
それからアルヴァとレヴィンは再び移動し、図書室へと戻ってきた。そして先程いたノーランド文学の棚とは反対側の棚へとレヴィンを案内してゆくと、
「美術関係はこちらの棚になります」
そう言ってアルヴァはとある一角を手で指し示す。
早速、並ぶ本を見てゆくレヴィン。そして、まさしくこれが探す美術関係の棚とレヴィンは確認すると、アルヴァと共に辞典を探し始めた。そう、レヴィンは下から、アルヴァは上から。すると、やがて「ノーランド画家人名事典」という本を見つけ、ドキドキしながらレヴィンはその本を手に取る。そして、今度はマレットという名の画家を探し始めると、
「マ、マ、マレ……あ、あった!」
目的のモノを目指してページをめくっていった先に、同じ名を見つけレヴィンは思わず声を上げる。それに勢いづいてレヴィンは文を読んでゆくと、
ザン=マレット、肖像画家、一一八九年~一二六四年、王族・貴族の肖像画を多く手がける。代表作、「バートラム三世肖像画」「マールランド公爵夫人肖像画」など。肖像画以外に、『回想録』という著作もあり。
この画家の生きていた時代と、バートラム三世の時代は重なっている。そして、代表作にしっかりと描かれているバートラム三世肖像画。やはり彼があの絵を描いたといって間違いはないようだった。だが……ここに書かれている『回想録』という本はなんなのだろうか。初めて目にするその本の内容が気になって、レヴィンは、
「この、『回想録』って本は知ってる?」
「……ちょっと私には分かりかねますね。図書室で所蔵しているか、目録を見てみましょうか?」
それにレヴィンは頷いた。
「頼むよ」
その言葉に反応するようアルヴァはすぐさまカウンターの方へと向かって歩き出す。そして先程の目録が収まっている棚までやってくると、レヴィンを脇で待たせて、数ある蔵書の中にそれがあるか、アルヴァは目録を目で追い始めた。やがてしばしの時が過ぎ、
「ああ、ありますね。写本ですが。それでも古い書物ですので、開架にはなっていません。書庫の、中でも希少価値のある本が納められている、特別保管庫に入っています」
「それ、今みせてもらうことはできるかな、色々手続きが必要だって事は、分かってるんだけれど」
レヴィンが魔法書をあさるようになってから、何くれとなく職権を使って便宜を図ってくれていたアルヴァであった。例えば幼いレヴィンに王宮内図書室の本を選別してくれたり、持ち出し禁止の本を貸してくれたり、今回のような細かい手続きが必要な希少価値のある本を見せてくれたり等など……そういった気遣いの積み重ねが、今の二人の関係を築いてきたのであり、レヴィンの魔法への興味を深めさせていってくれたのでもあった。
そうこれは、六歳の頃から続く長い付き合いだからこそ言える、わがまま。なので、今回も何とかならないかと、期待と申し訳なさを覗かせながらレヴィンはアルヴァにお願いする。
すると、それに少し考えた風を見せるアルヴァ。だがいつもの如く、すぐに仕方が無いとでもいような笑顔を見せると、
「殿下の頼みごとですからね、いいですよ。保管庫の鍵を持ってきますので、少々お待ちください」
そう言ってカウンターの奥にある、関係者以外立ち入り禁止の部屋へと入っていった。




