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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第二章 信じる者の儚き幻影
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第六話 背信の愛 その六

 そしてその日の夕方。

 レヴィンは転移魔法で再び自分の部屋の寝室へと戻ってくると、まず誰もいないことをキョロキョロ確認し、忍び足で隣の居間へと行くべく、扉へと向かって歩いていった。すると、後もう少しというところで突然扉が開き、


「!」


 それにレヴィンはびっくりする。

 入ってきた者は侍女のティーナで、彼女も誰もいないと思っていた部屋にレヴィンがいたことに、声にならない驚きを示していた。


「きゃー殿下! 一体どこに行っていたんですか! もう、みんな大騒ぎですよ!」


 テンションは高いながらも、一応今の状況を考えてかティーナは声をひそめてそう言う。

 すると、その言葉にレヴィンは、


「ちょっとね、息抜きだよ。で、護衛の者達は?」


「今、ここにはいません。ですが……」


「ですが?」


「お客様がいらっしゃっています」


「客?」


「はい。殿下はここにはいらっしゃらないと告げたのですが、戻ってくるまで待つと言って……」


 はやりお小言かとレヴィンはため息をつき、


「リディアじゃ、ないよね」


「いえ、それより……」


 もっと悪いものが待っているかのような表情をすると、その時ティーナの後ろから何かが迫ってくるのを感じた。そして、降ってきた影で目の前が不意に曇ったようになり、それにレヴィンは気づいて顔を上げると……。


 げっ、


 もうすぐ老年に差しかかろうかという、大分歳のいった白髪の人物がそこにいたのであった。その者とは、


「じ……侍従長……」


「お帰りなさいませ、殿下」


 柔和な微笑を浮かべつつも、この隙の無さ。笑っているように見えて目は笑っていない、この不気味さ。そう、圧倒的な存在感に威圧のビームを発しながら無言の怒りを示してくるこの人物……この人物にレヴィンは大いにうろたえた。なぜなら、


 とうとう、お、御大の登場か……。


 正直、リディアよりも百倍たちが悪かった。なにせ王宮内の侍従、侍女全てを取り仕切る者なのだから。リディアのように、お小言を右から左にという訳にはいかない、非常に厄介な人物なのだから……。そして、


「随分と長いことお散歩に出られていたようですなあ」


「あはははは、ま、まあ、ね」


「今のこの時、どういう時期か分かってらっしゃるはず、なのに大胆不敵にも外へお出かけ。それも供もつけず」


「天気がいいと、つい、ね」


「つい、ですか。ついが続いて今まで何十何百とお忍びを重ねてきたことか。何度もお諌めしているというのに全くいうことを聞かず」


 予想した言葉、それを覚悟しての今回のお忍び。なので、ただひたすら頭を下げて侍従長の話を聞くしかないレヴィンであった。いや、思いもかけない者の登場に、うまい言い訳も喉でつっかかって出てこなかったせいもあるのだが。

 感じる剣呑な空気に、何とも言えない嫌な予感がレヴィンの胸に過ってゆく。そして恐る恐る顔を上げてみると、その通り侍従長は厳しい顔をしてレヴィンを見つめており、これから待ち受けるだろう憂鬱な時をこれでもかというほど彼に示していた。そしてやはりというか侍従長は、「いいですか殿下、今日という今日は言わせていただきますよ」と前置きすると……、


「あなたは今、大変な立場におかれているのですよ。暗殺者に狙われ、その犯人はいまだ捕まっておらず、そして今回の殺人事件、あなたは容疑者でもあるのです。おかしな行動は、みなの不審を招くだけなのです。そして、もし殿下にそんな疑わしい行動があれば、こちらも事情を知るべく取調べを行わねばなりません。余計なことに煩わされるのは、殿下にとっても苦痛でございましょう。ならば、大人しく王宮にじっとしていることが一番なのです……云々」


 ここぞとばかりに、長々とお説教を続けてゆくのであった。

 それに身をすくめ、「はい、はい」と相槌をうちながら大人しく話を聞くレヴィン。それは彼にとって珍しくもある態度で、それについ気持ちが乗ってしまったかのか、侍従長は更にその勢いを増してゆくのであった。そしてぐるぐる巡って話は脱線し、とうとう「ああ、まだ私が単なる侍従であった頃……」と、今度は昔語りへと突入してゆき……。


 はい、そうです。確かに幼い頃の僕は、もっと素直で可愛げのある少年でした。体が弱かったせいもあって、大層皆さんのお世話になりました。ええ、あなたにもです。


 こうなると長い侍従長の話を、うんざりとしながらレヴィンは聞いていた。だが、今自分は非常に立場の弱い存在なのであった。余計な口出しは話を更に長くさせるだけ、なので、始まってしまったと思いながらも、観念して耳を傾けてゆくしかないレヴィンなのであって……。そして……。


「それが……高等科に入ったあたりからお忍び癖が顔を出し、魔法への没頭も勢いを増す。それに我々は頭の痛い思いをしながらも、何とかそのまま付属の聖ヨハネス大学に進んでくれるかと思いきや、突然魔法大学へ進むなどと言い出す。そしてそれからの殿下といったら……言うに及ばず。お忍び癖は更に加速し、今やその道のスペシャリスト。それだけで済めばまだ可愛いものなのに、何故か女性の噂までもがついてくる。王族としての意識なしのその行動に、どれだけ我々は振り回されてきたことか……」


 ぐちぐち、ぐちぐち。


 はいはいはいはい、十分分かってます。分かっておりますとも。


 そしてお説教は更に続き、


「……宮中にはねずみがいる可能性もあるのですから、余計に用心せねばなりません。殿下を危険にさらさない為にも、大人しくしていることが無難なのです。分かりましたか、これは殿下の為を思って言っているのですよ」


 無理やり本題へ戻ってそう結論付け、ようやく終わりの気配をみせる。それにレヴィンはげっそりして、


「はい……」


 ああ、やっぱりこの件が片付くまでお忍びは禁止か……。


 予想はしていた結果に、レヴィンは落胆してガックリとうなだれる。そして容疑者という耳の痛い言葉、確かに余計な行動をすればするだけ、周りの疑惑を招くだけであろう。ならばやはりここは言うことを聞くしかないかと、重い気のまま納得して渋々頷く。


「いいですか、今度やったら、尋問官にじっくり取調べをやってもらいますからね、じっくりと」


 じっくりとに力をこめて侍従長はそう言うと、言うだけ言ってようやく満足したのか、晴れ晴れとした表情を浮かべる。そして、これでもう大丈夫だろうとでもいうようなご満悦の笑みを口元に、悠々この部屋から立ち去ってゆく彼であって……。


「……」


 そう、後に残ったレヴィンに憂鬱なばかりの気持ちを植えつけて。

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