第六話 背信の愛 その三
再び地下の尋問室。
自分はか弱い女性であることをあからさまに示すかのよう、相変わらずさめざめと涙を流す自称エレーナ。それを前にして、困惑しきりなのは二人の尋問官であった。とうとう尋問は頓挫し、今日はこれまでかと、一区切りをしめして尋問官は目を見合わす。するとその時、バタバタと慌しいような物音が背後から響いてきた。耳を澄ませばどうやらそれは何人もの人の靴音らしいことが分かり、何事かと思って尋問官達は振り返る。するとそこには、
「殿下……」
護衛群を引き連れて、レヴィンがこの尋問室に入ってくるところだった。
「リディアから報告を受けてね。女性が色々騒いでいるなら、僕が顔を出した方がいいと思って」
「ですが、殿下自らとは……」
やはり、この場所に王子自らが顔を出すということに驚きを隠せないようで、尋問官は目を見張らせてそう言う。
「僕が持ち出した件だ、僕にも責任がある。少しでも進展の手助けになるなら、いたほうがいいと思ってね」
そう言ってレヴィンは部屋の中へと歩を進めてゆくと、自称エレーナの目の前までやってきた。
「こんにちは、意識があるときに顔を合わすのは初めてだね。えーっと……」
「エレーナ=バツィンです。自称ですが」
そういえばまだ名前を聞いていなかったことを思い出し、レヴィンは問いかけるよう尋問官に目を向けると、それを察してかそんな答えが帰ってくる。
「エレーナ。君は、僕が君を引き渡してきた人物に騙されていると、言っているらしいが……」
「はい、私はごくごく普通のルシェフ国籍を持つ画家です。何故こんなことに巻き込まれたのか……殿下、どうかわたしの言葉を信じてください! そして、私を家に帰してください……お願いします……」
それにレヴィンは胡乱げな眼差しで女性を見つめ、ため息をついた。意識がある女性と言葉を交わすのは初めてだが、想像される人物像とは全く違う態度、そしてその嘘っぱちの内容、ここまで堂々と偽りの演技が出来るというのも、大したものであると呆れ果て。だが、自分は真相を知っていても、周りは知らないのだ。この言葉を覆したくとも、こちらにはそうできない事情があるのだ。嘘をのさばらせている歯痒さに、レヴィンはキュッと拳を握ると、
「困ったね、僕は自分の証言は間違ってないと思ってるんだけど」
「殿下は、騙されておいでなのです。よく調べてみてください。それで私の身の潔白が証明されるはずです」
すると、それにリディアがとうとう堪忍袋の尾が切れたというよう、前へ進み出て、
「とぼけるのもいい加減にしないか! おまえの言葉は、殿下の証言を愚弄するものだぞ!」
そして、何かあるごとに癖のように手がいってしまう剣の柄を握ると、それを引き抜き刃の先を女性へと向ける。それに「ひっ!」と声を上げて、怯える女性。
それを見てレヴィンはリディアの行動を抑えるよう手で制すると、
「リディア、駄目だよ。捕虜にも人権はあると、言っただろ」
そうだろ、とでも言いたげに傍らの尋問官に目をやると、それに彼らはコクリとうなずいた。そう、条約。それがあるが故、こういった状況でも常に人道的でなければならないのだ。リディアから見れば甘いとも映ってしまう尋問だったが、それも致し方がないというものだった。
すると、それに思わずクッと唇を噛み締めるリディア。そして、どうやらそれで何とか事情というものを察したらしく、渋々といったよう剣を鞘にしまってゆく。
取り敢えず、ホッと息を吐くレヴィン。
だが……このまま同じようなことをしていても、恐らく平行線を辿るだけだろうことは明らかだった。なので、レヴィンは考えるように顔をうつむけると、
「ちょっと、この女性と二人きりにしてもらえないかな。聞きたいことが色々ある」
ことを進展させる為にせねばならないこと、それを思いついてレヴィンはふと言葉を漏らす。だがそれに周りの者はうろたえた。そう、ルシェフの工作員かもしれない者と王子を残して部屋を出るなど、この国を愛する国民であればそんなことできる訳が無いのだから。
「で、ですが、それは!」
「危険です。女性は拘束していますし、魔法封じの魔具もかけています。この部屋自体にも魔法封じの魔法は掛かっています。でも、万が一ということがあります!」
「魔法が封じられているなら、問題はないだろ。何かあったらすぐ呼ぶ、扉の外で待っていてくれ。勿論、君たちもだ」
そう言って、後ろに控える護衛係達にもレヴィンは目を向ける。すると、どうやら自分達は残ると、いや残らねばならないとリディアを含む護衛係達は思っていたらしく、
「それでは、全く殿下をこの女性と二人きりにしてしまうことになるではないですか!」
納得がいかないよう、そんな抗議の声を上げてくる。当然の如くの反論。だが彼らがいては、聞きたい話も聞くことが出来ないのだ。なので、レヴィンは厳しい表情で辺りを見回すと、
「二人になりたいからそう言ってるんだよ、さあ、出て」
しっしとでもいうように、手で払って部屋の者達を追い出そうとする。それに困惑しながらお互いの顔を見合わせる護衛係達。レヴィンの身を守るのが仕事である彼らであったから、主人を一人危険の残る場所に置いてゆくということに躊躇いを隠せないのだろう。そして、悩みながらもやはりこれは……と、護衛係達はその場に居続けようとすると、
「早く、出る出る出る出る出る!」
そんな彼らなどお構いなしに、無理やり皆を扉の方へと追い詰めてゆくレヴィンだった。そのあまりにも強引な方法はさすがの護衛係達も閉口したようで、追い詰められるがまま、とうとう彼らは観念して部屋を出てゆくのだった。