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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第二章 信じる者の儚き幻影
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第五話 この上なき秘宝 その八

 そして、それから魔法使いは寝ようと努力はしたものの、すっかりあの騒ぎで目が覚めてしまい、エミリアの努力のかいもあって結局眠りにつくことは出来ず、見事、


 どんより


 翌朝、朝食の席には、寝不足も露にくっきり目の下に隈を作って並ぶ二人の姿があった。二人の気持ちは唯一つ、眠い……。

 するとそこに、やはり朝食を取りに来たのだろう、リーヴィス男爵が姿を現し、


「いや~、さわやかな朝だね。気分もスッキリ。どうだい、君たち二人はよく眠れたかい?」


 その脳天気な言葉に、頬をひくつかせる魔法使い。


「いえ……」


 立ち上るよどんだ空気、明らかに寝不足の表情。それに男爵はハッと気づいたように表情を変えると、


「いやあ、すまない、すまない。新婚の君たちには野暮な質問だったね~」


 そこで魔法使いは更に表情を剣呑なものに変えると、脇のエミリアに向かってぼそり、


「こいつ、一発殴っていいか」


「お願いします」


 思うことは同じなようで、エミリアも険しい面持ちでコクリと頷く。

 だが、そんな二人の様子など気にも留めないよう男爵は、


「今日は天気も暑くなりそうた。いやいや、当てられる前に食事を……」


 などと、更に更に気持ちを逆撫でるような言葉を並べてくるものだから……。

 そこでとうとう魔法使いは我慢の限界と、エミリアの手を取ってそれを男爵の方へと向けてゆく。そして、


「眠れない理由とはこれなんです。これをどうにかしないと、こっちは眠れないのですよ!」


 そう言って、エミリアの指に光る指輪を彼に見せてゆき……。すると、


「ほう、これは素晴らしい指輪だ。君達の結婚指輪かね?」


 ぷっちん。


「あんたは! 自分が預けた指輪も忘れたのかー!!」


 相手が依頼人であるということも忘れて、つい激してしまう魔法使いであった。


   ※ ※ ※


 一頻り魔法使いの激昂が続き、たまりにたまった怒りを発散させてようやく落ち着いた頃、男爵はコホンと咳払いをした。そして、


「いやいや、冗談だよ。いくらなんでも忘れはしないさ。だけどエミリア、はめてしまったんだね、その指輪を」


「はい……」


 いかにも気の毒といった視線を送る男爵に、彼の奥さんの末路を思って、エミリアはいたたまれない気持ちに身を縮み込ませる。

 すると魔法使いはまだ苛立たしさを抑えられぬまま、男爵を急かすように、


「こっちは早いとここの問題を解決したいんです。なので、その詳しい依頼内容とやらを聞かせてください」


「まあまあ、そう焦らずに。そうだな、この朝食の後、依頼内容についてお話しよう。だが……」


 そこで男爵は言葉をとめ、意味ありげな笑みを浮かべて魔法使いを見た。そして、


「その席には君一人でお願いするよ。エミリアは……申し訳ないが、ちょっと待っていておくれ」


 そう言って男爵は目の前の朝食へと手をつけていった。それは実に悠々とした仕草で、そこだけ時間がゆったりと流れているかの如くであった。だがその言葉に何か複雑な事情のようなものを感じて、思わず目と目を合わせていってしまうエミリアと魔法使いなのであって……。


   ※ ※ ※


 まっピンクのスイートルームで一人待つエミリア。魔法使いと男爵の間で話されていることが気になって、つい意味もなく部屋をうろついてしまう。そう、いかにも秘密めいた男爵のあの態度が、エミリアの気がかりを更に膨らませ……。だが、それにしても随分遅かった。エミリアは中々戻ってこない魔法使いに少しばかり不安を感じながら、流れゆく時間と格闘していると、不意に扉が荒々しく開けられた。そう、ようやく魔法使いが部屋に戻ってきて、エミリアの前に姿を現したのだ。

 そして、何をするかと思えば、魔法使いは明らかなる怒りを発散させながら、散らばる自分の荷物をトランクへと詰めてゆき……。

 訳の分からぬその様子。それにエミリアは困惑の感情を隠せないままおろおろしていると、


「どうだったんです?」


「どうもこうも、あのおやじ、とんでもない曲者だぞ」


「え?」


 エミリアは疑問の声を上げる。


「この仕事はやばい、家に帰るぞ」


「どういう意味です?」


「その指輪は盗品だ。闇ルートを通じて手に入れたらしい。それも……」


 その時、不意に部屋をノックする音が響いた。魔法使いはその音すらも忌々しげに鋭い視線を投げかけると、「誰だ!」と聞くものを震え上がらせるような低い声音でそう言った。すると、恐る恐る中に入ってきたのは一人の女性。どこか慎ましい印象を与えながら、小さく咲き零れる花のような美しさを持った女性だった。その左手の中指には包帯が巻かれ、明らかにそれは本来あるべきである長さを持ってはおらず……。


「リーヴィス男爵夫人……」


「はい、そうです。朝食の時はご一緒できなくて申し訳ございませんでした。まだ体調がすぐれなくて……」 


 気の強いタイプの人間ではないのだろう、どこかおどおどとした態度で男爵夫人はそう言う。


「それは構わないのですが、一体何故……」


「はい、お願いがあってまいりました」


「お願い?」


「依頼を、受けて欲しいのです。お願いします。そうでないと、あなたが……あの人はほんとに……」


 男爵について男爵夫人は何かを言おうとしているようだった。だが、夫人は不意に思い直したように怯えの中に小さな笑みを浮かべると、


「いえ……このお嬢さんの為にも」


 真摯な眼差しで男爵夫人はそう訴えてくる。それに魔法使いは困惑したようにエミリアを見ると、


「指チョッキンは嫌です……」


 泣きそうな表情でいる彼女の顔があった。それに魔法使いは怒りについ忘れていたことを思い出してため息をつくと、しばしの間考え込むような素振りを見せる。そして……これは望む仕事ではないが、エミリアの指にはまる指輪をそのままほっとく訳にもいかない、そう判断したのだろう、


「分かりました……お受けすると、男爵に伝えてください」


 頭が痛いよう額に手を当てつつも、魔法使いは男爵夫人に了解の言葉を漏らした。

 途端に、エミリアの顔に笑顔が戻る。そしてそれに男爵夫人もホッとしたように表情をほころばせると、丁寧に一礼をしてこの部屋から出て行った。

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