第五話 この上なき秘宝 その六
部屋へと案内する従僕の後を歩きながら、エミリアと魔法使いは屋敷の薄暗い廊下を並んで行く。そう、所々にともる、壁に据え付けられた燭台のほのかな灯りを手掛かりに、静々と。そして二人は揺れる従僕の背中を前に、こう言葉を交わしていた。
「嫌な予感がするぞ、実に嫌な」
「私も、です……」
すると、そんな二人を横目に、やがてとある部屋へとやって来ると、にっこり微笑みながら従僕は部屋の扉を開けてゆく。そして、
「こちらになります。では、ごゆっくりおくつろぎください」
そう言ってその場から立ち去ってゆき……。
残されたのは魔法使いとエミリアの二人。そこで二人は、早速開けられた扉から中へ入ってゆくと、そこには、
「なんなんだっ、この部屋は!」
「……」
壁から床からカーテンから、何から何までまっピンク。飾る花も支える柱も天井さえも全て綺麗なピンク色の部屋であった。そしてその部屋の真ん中には、これまたピンクの花柄模様の、四人は寝られそうな大きさのキングサイズのベッドがどんと居座っており……。
「やっぱり……」
当たった嫌な予感に、エミリアは痛む頭を抑え、こめかみに手を当ててゆく。
そして、他にベッドはないかと試しに扉という扉を開けていってみるが、やはりどこにもそれらしきものの姿は見当たらず、どうやら寝床はここだけしかないらしいことが窺えた。
「すごいですよ、枕なんかハート型です」
「長いすのクッションもハート型だ」
新婚さんいらっしゃい状態のこの部屋に、頭がいたいのを通り越して思わず呆然としてしまうと、呆けたまま突っ立っているエミリアを横目に、魔法使いは疲れた体を休めるよう、そのどでかいベッドの上に身を投げた。
「ま、どっちにしても、おまえは眠れないんだ。その長いすで十分だろ。私は一人で悠々このベッドで寝てやる」
「お師匠様だって、枕が替わったら眠れないじゃないですか。今回なんか、ハート型ですよ、ハート型」
「ふん、これだけ疲れてれば、流石に眠れるだろ。ってか、こんな豪華ベッドで眠る機会なんてそうそうない。意地でも寝てやる」
そう言って魔法使いは、今にもその眠りの泉に、漕ぎ出そうとでもいうかのよう柔らかな布団の感触を味わっていって……。そう、思う存分、心ゆくまで……。するとそれに、エミリアはなんだが置いてけぼりにされたような気がして、いじいじとした調子で長いすの上に膝を抱えて座ると、ハート型のクッションをぎゅっと胸に抱きしめる。そして、
「私一人置いてくんですね……いいんです、どうせ眠れない私ですから……」
「ほう、寂しいのか? 隣がよければ迎えてやるが、十分スペースはある」
意味ありげに唇の片端を上げてニヤリと笑う魔法使い。それに、言葉の意味するところを察してエミリアは頬を染めると、
「結構です!」
全く、「喜んで!」なんて言う筈ないこと、十分分かっていてそんなことを言ってくるのだ。反応を楽しんで、そして……こうなったら「喜んで!」と言ってみて、彼の度肝を抜いてやろうか。いや、ほんとに喜んでいると思われてその気になられても困るのだが……。
そう、本当に、全く……。
するとそんなベッドの上では、魔法使いが相も変わらず楽しげな面持ちをして、膨れる彼女の顔を見つめている。それを前にエミリアはぶちぶち文句を頭に巡らせていると、魔法使いが何かに気づいたよう、不意に顔を上げてきて……。そして、
「ん?」
「どうしたんですか?」
「いや……」
だがそう言いながらも、不審げな表情で、魔法使いは辺りを見回していっており……。
例えば、天井、例えば、四方の壁、例えば、窓の外、例えば、部屋の扉……そう実は、どこからか誰かに見られているような気が、魔法使いはしたのだ。
だが、特におかしなところはざっと見た限りではないようだった。見られていると感じたあの感覚も一時のこと、今はもう既に消えている。だがしかし、先程のは……。
「なんです……」
突然表情を真剣なものに変えて、あたりを窺うようにしている魔法使いを前に、エミリアは不安げな表情を浮かべている。その様子から見て、今彼女にこれを伝えたら、胸の内の不安をあおって更に怯えさせてしまうだけだろうことが察せられた。そう、これから彼女に待つのは眠ることのできない長い夜なのだ。なので、とりあえず今はこのことについて話すべきべきではないと、とりあえず黙っているべきだと判断して、魔法使いは感じたその視線を胸の中にしまってゆくと、
「いや、なんでもない」
そう言って、「さて、寝るか、寝るか」身支度を整えるべく、トランクの方へと向かっていった。
今回、ちょっと短いです!ごめんなさい!