第四話 守護天使は仏頂面 その七
そして、王都のとある片隅では、
『ヴィタリー、計画通り撃ち損じた……が、本当にこれでいいのか』
『そうだ、それでいい。ZZZ殿は恐らく満足なさるだろう』
『……そうか』
撃ち損じが計画の成功、それがやはり腑に落ちないのだろう、紳士はどこか納得いかない表情で頷く。すると、
『とりあえず今回はここまでだ。引き上げて来い』
ヴィタリーの指示だった。まだ納得はいってなかったが、これでいいというのなら仕方がない。紳士はその訝しげな表情のまま、
『了解』
そう念を送ると、まるで何事もなかったよう、街角からゆっくりと歩き出した。
※ ※ ※
それからこの一件の報告を受けた王宮は、上に下にの大騒ぎとなった。そして王を含めた上層部の話し合いの結果、これは一般に公表するべきではないと判断され、王宮内で秘密裏に処理されることになった。
そして、
うううう……何とかしてくれ、この状態。
当然のことながらというか、レヴィンの周囲の警備は更に増強された。傍らに居並ぶのは身辺警護の近衛兵達。そう、外出時は勿論、王宮の中にいる時にも常にぴったり警護がつくようになったのだ。食事をするにも、トイレに行くにも、眠る時までにも警護がつく。めでたしめでたしの二十四時間体制。できれば拝みたくなかったあのリディアの仏頂面も嫌になるほど拝むことに。
お忍び容認を目論んだのに、これじゃ全く逆効果じゃないか……。
予定していたお忍びも勿論全てキャンセル。
外に出ることもままならず、ほとんどを王宮で過ごすことを余儀なくされ、レヴィンは窒息寸前だった。
唯一の心の慰めとエミリアを思い、贈り物に添えるカードを気持ち込めてしたためる。
そして後をリディアに頼むと、少し動きづらそうにしている左腕に気がつき、
「肩は、大丈夫?」
撃たれたことを思い出してレヴィンはそう尋ねる。
「この程度は、かすり傷ですよ。それより、あれから実況見分が行われたのですが……」
「うん?」
「あの男の立っていた場所に、花が一輪落ちていたそうです」
「花?」
「アザミです。ルシェフ原産の花です。花言葉は『触れないで』。考えすぎかもしれないのですが、何となく気になりまして」
「触れないで……」
やはり秘密裏に行われた実況見分、そこで見つけた一輪の花。
何かの意図を感じるその落し物に、レヴィンは考え込むようにして首を傾げる。
果たしてそれはただの偶然か、それとも何かのメッセージが込められているのか。ルシェフ原産の花、そして花言葉『触れないで』。確かに、偶然にしては出来過ぎているように感じられた。考えようによっては、ルシェフのあの女性の件に首を突っ込むなということを示しているとも、取れないではなく……。
だが、今はまだ推測することしかできないのだ。今はまだ……。
※ ※ ※
そしてそんな騒ぎがあった数日後、王都の北にある森の中の屋敷では、
「きゃー! 見てください、見てください! ドレスですよ、それも三着も! また何てセンスのいい……帽子も、傘も、いやん、下着まで揃ってます!」
箱から出てくる品々にただひたすら浮かれ調子でいるエミリアの姿があった。他の一般市民と同様、レヴィンの身の上に起こった出来事は全く知らないエミリアであったから、喜びも素直に出てしまうというものだろう。
だがそんなエミリアを前に、ぐったりとした様子で食卓の椅子に腰掛けている者がいた。そう魔法使いである。
結界等、特異な環境ゆえ郵便を局留めにしている都合上、時折郵便物の確認に街の郵便局に行かねばならないのであった。そして届いていたこの巨大な荷物。魔法使いは思わず目が点になってしまうが、まさかこれを置いたままにしておく訳にもいかない。で、このどでかい、そして軽くもない荷物を抱えて、三十分もの道程を歩いてくることになったのである。
それは、中々に困難な道程。それを乗り越え、やがて魔法使いは家に戻ってくると、一体これは何だと早速箱を開けてみる。すると、中身ははた迷惑なレヴィンからエミリアへのプレゼント、流石に疲れもどっと来てしまうというものだった。
思わず、こぼれるのは、
「……」
このくそ馬鹿野郎……。
だが、そんな彼を横目に、心をどこかへ飛ばしてしまっているのはエミリアだった。エミリアは添えられたカードを見て、
「北の森に囚われし姫君へ、都に住みし騎士より贈る、ですって。はあ、素敵ですね、殿下って」
そう呟くと、魔法使いなど眼中にないよう、切ないため息をつく。
すると、それを見て魔法使いは、
「……ここにも犠牲者が」
「何かいいましたか?」
「あいつの女への贈り物は、おはようの挨拶に等しいぞ」
「いいんです。贈ってくださったその真心に偽りはありませんから」
そう言って魔法使いの言葉など気にも留めないよう、エミリアはカードを抱きしめる。
「湧き上がるこの胸のときめき、ああ、もしかして、これが恋っていうものかしら」
「そりゃおめでとう。ってか、もしかしてってお前これが初恋か?」
どうにも有名人を追っかけている一ファンにしか見えないエミリアを前に、冷めた調子で魔法使いはそう言う。だが……そう、だが、それを思いっきり無視してゆくエミリアであって……。いや、故意に無視した訳ではない。喜びのあまり、耳に入ってくる言葉は、つい右から左になってしまっていた彼女だったのだ。そう、どっぷりと自分の世界に入り込み、更には幸せの海へと浸りきって。なので、
「殿下のおかげで、もうこれで男物のお洋服とは決別。やっと本来の自分に戻れるのよ」
近くに魔法使いがいるのにも構わず、フリフリフリルのドロワーズを握り締め、今までの苦労の日々を思ってエミリアは涙ぐむ。そして、早速試着とそのプレゼント群を抱きしめると、
「こ~れが、恋ってい~うものか~しら~たらり~ら、たらりら~」
調子っぱずれな歌を歌いながら、浮かれ調子で自分の部屋へと去ってゆくのだった。
それを呆れた眼差しで見送る魔法使い。だがすぐに、眼差しを真剣なものに変えると、手にしていた封書へと目をやった。そう、郵便物はレヴィンからの贈り物だけではなかったのである。それに、わずかな険しさを目に浮かべ、ペーパーナイフを手に取ってゆく魔法使い。そして、それで郵便物の封を開け、中に入っていた手紙を取り出すと、静かにその文字を追い始め……。そしてしばしの沈黙の後、ポツリ、
「仕事……か」
これで第四話は終わります。次回から第五話に入ります!アシュリー&エミリア中心の話になります!