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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第一章 ひとひらの花びらに思いを
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第一話 令嬢と性悪魔法使い その五

 それからエミリアは相変わらず挙動不審な様子で、こそこそと屋敷内をうろついていた。だがなんと運のいいことだろうか、あれ以降あの人物以外誰にも会うことなく、無事玄関まで到着したのだった。


 後はこのドアの向こうに出るだけ。エミリアは右を見て左を見て、やはり誰もいないことを確認すると、金のドアノブに手をかけそれを回し、開かれたドアからするりと身を滑らせた。後少し、後少し、そうしてドアを閉めると、


 やった! 脱出成功!

 

 漸く外へ出たエミリアは、一仕事やり遂げた爽快感に、両手を上げ大きく息を吸った。  

 

 吸い込んだ新鮮な空気が胸を満たしてゆく、ああ何て清々しいのだろう。だがその清々しさも一瞬、エミリアが正面を向いたその瞬間、彼女の体は息を吸ったまま硬直した。車寄せからずっと続く石畳の道は、壮麗な屋敷の門まで続いており、その威光を内外に知らしめるよう燦然と輝いていた。そしてその門の前には、微動だにせず立ち尽くす人の姿が見えていたのだ。

 

 門番である。

 

 乗り越えた訳ではなかった関門に、エミリアは吸った息を溜息というものに変えて吐き出した。

 

 彼らがこの一件を知っているのか知らないのか、判断することは出来なかった。もしかしたら知らずに、エミリアが通れば素直に通してくれるかもしれなかったが、万が一外に出ることがあったら引き止めるようにと、伯爵達に言い含められている可能性もある。

 

 確信もないのに、危うい賭けに乗ることはできなかった。

 

 兎に角ここは人の出入りする玄関なのである。いつまでもこんな所でうろうろしていては、そのうち誰かに見つかってしまうだろう。なので、取り敢えず人目の無いところへ移動せねばと、そう思ってエミリアはそそくさ屋敷の裏手へと回っていった。

 

 屋敷の裏には厩舎があり、何台かの馬車がその近くに並べられていた。今現在、そこに人気は全くないようであったが、ここだっていつ誰かがきてもおかしく無い場所なのである。エミリアは早く何とかしてこの敷地から外へ出なければと頭を悩ました。

 

 だが、越えるべき塀は高く、ドレス姿のエミリアがよじ登れるような代物ではなかった。残念ながら近くに踏み台になるようなものも無く、辺りを見回してみても他に出口らしきものはなかった。ならばせめて一時身を隠す場所を探して熟考しようと思うのだが、焦りの高まるこの状況に、まとまる考えも上手くまとまらない。

 

 八方塞だった。そんな状況の中、どうしたらいいものかと考えを巡らせて、うろうろと歩き回るばかりだった。だが、出口の見当たらないこの窮状で、搾り出すようにして一つとある方法が思い浮かんだ。そう、その方法とは……。


   ※  ※  ※


「本日はまことにありがとうございました。また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします」


「こちらこそ」

 

 エミリアが通ってから約三十分後、レッグスター伯爵邸の玄関口に、この屋敷の執事と、先ほどの魔法使いがいた。そして、


「先生のお屋敷までお送りしますので、どうぞ、お乗りください」


 そう言って、執事が車寄せに待機している馬車を恭しく指し示す。


「すみません。屋敷までは道が細くて馬車は通れませんので、近くまでお願いします」


「かしこまりました」


 深深と頭を下げるこの屋敷の執事に、魔法使いは軽くお辞儀をすると、屋敷の従僕によって扉の開かれた馬車に乗り込んでいった。窓の外では執事が、恐らく場所やらなにやらを指示しているのだろう、御者に何事かを耳打ちをしている。そして漸く用事は済んだのか御者から執事が離れると、やがて鞭のしなる音がし、馬車は出発していった。

 

 馬車の振動を感じながら、車窓を眺める魔法使いは、今日の仕事について考えていた。

 

 占い師に女難の相が出ていると言われたから、お祓いか、全く金持ちは余裕があるな。

 

 魔法使いの収入源と言われるものには色々種類があるが、彼は今日その一つであるお祓いを依頼されて、この家に来たのであった。何でも、この屋敷に女難が降りかかるといわれた直後、息子の婚約者が国王に恋慕され、婚約解消に至るというゴタゴタがあったというのだ。そしてそれ以上の難を避ける為に自分が呼ばれたらしい。

 

 屋敷内を見た限り、難を導くような魔性のモノはないようであった。取り敢えず現在ここにあるものに問題があるものは無いことを告げると、念のため外から入ってくる魔を除ける魔法をかけた。

 

 だがこの魔法、理論だって研究が行われている魔法がいくつもある中で、最もその理論があやふやで、効果が証明されていない胡散臭い魔法の一つなのであった。

 

 信じる方も信じる方だが……。

 

 超自然を扱う魔法使いと思えない言葉を、彼は頭に巡らせていた。

 

 その頃車窓は、都市部の立ち並ぶ建物から、次第に木立の映える郊外の景色へと変わっていった。広がる実に長閑な田園風景が、馬車が出発してから、大分時間がたっていることを物語っている。だがそんな中、魔法使いはずっと、何故だか背中がむずむずするような感覚にとらわれて仕方がなかったのである。


「?」


 そして我慢をし続けるのにも到頭限界が訪れ、堪えきれず席を立ち、魔法使いは不可思議な表情で椅子の背もたれを見てみた。だが特におかしなところは無い。首をかしげながらもう一度椅子に座るが、やはり背中がむずむずとする。


 魔法使いはあたりを見回し、床を調べ、もう一度座席を調べ、壁も調べた。だがやはり、何もなかった。魔法使いは再び座席に座ろうとするが、嫌な予感にもしやと思いつつ座席の後ろを見た。この馬車、普通の馬車とはつくりが少し変わっていて、座席の後ろに荷物を置くスペースがあったのである。


 魔法使いは恐る恐る開閉式となっているその取っ手を取り、荷物入れの蓋を開けた。


 すると、


「!」


「は……はあい」


 そこには、金髪の巻き毛をもった、美しい少女が転がっていたのだ。誤魔化すような引きつった笑顔を浮かべて、自分に向かって手を振っている。


 どこかで見た事があると、魔法使いは思った。そして思い出した。レッグスター伯爵邸にて魔除けの魔法をかけている途中、自分にぶつかり、思いっきり足を踏んづけていった少女であることを。


 そう、エミリアであった。エミリアは屋敷の外に出る方法として、考えた末馬車に乗り込むことを思いついたのである。隙を見て馬車から逃げ出すつもりであったが、その前に人に見つかってしまったのだ。


「一体何をしている」


 不審に顔を歪めて、魔法使いは言った。


「あの、それは……」


 なんと説明したらいいのか、咄嗟にうまい言い訳が出てこず、エミリアは口篭もる。


 その様子に、魔法使いはこの少女に何かしら事情がある事を察した。だが、面倒に巻き込まれるのはごめんだった。厄介ごとの香りのする少女に、関わりあいになってたまるかと、魔法使いは鬱陶しいような顔をして御者へと振り返った。


「おい、御者!」


 そう言って馬車の壁をノックしようとするが、その手をエミリアはガシッと掴んだ。


「お願いです! 見逃してください! 助けると思って、見逃してください! このままでは私、行きたくも無い所へお嫁に行かなければならなくなってしまいます! 最後の望みも絶たれて、もう後がないんです。何でも言うことききますから、どうか、引き渡さないで……」


 真剣な眼差しで訴えてくるエミリアであった。魔法使いはその言葉を聞きながら、レッグスター伯爵や執事が話していたことを思い出した。そして、ぽつりとこう呟いた。


「あんたが女難か……」


「……は?」


「いや、こっちの話だ」


 そう言いながら魔法使いは空いている方の手で、エミリアの話など全く聞いていなかったの如く、無情にも馬車の壁をノックしようとする。すると、


 ガシッ!


「炊事でも、洗濯でも、掃除でも、何でもします! だから、お願いします!」


 泣き出しそうな顔で、エミリアは魔法使いのもう一方の手をしっかりと掴んだ。よっぽど必死なのだろう、その力は女性とは思えない程強いもので、魔法使いの力でも容易に解けないものだった。それでも何とか振り解いてノックしようと魔法使いが手を伸ばせば、それを阻止すべく再びエミリアがその行く先を阻む。また振り払って魔法使いがノックしようとすればエミリアが阻止し、そしてまた……。


 やがて、


「……何でも言うことを聞くと、いったな」


 堂堂巡りを繰り返す空しい争いにとうとう根負けしてか、疲れた表情をして魔法使いはそう言葉を切り出した。


 コクリコクリと、エミリアは首を頷かせる。


「なら……」


 こっちへこいと、魔法使いはエミリアに手招きをした。なんだろうと訝しげに首をかしげながら、エミリアは椅子の背もたれを跨いで魔法使いのもとへとゆく。


「こっちこっち」


 魔法使いは更に手招きをして、馬車の隅へと移動していった。エミリアもそれに従って、馬車の隅へと移動してゆく。そして、これ以上はもう進めないところまで来ると、魔法使いは不意に馬車の扉をあけた。


 扉の外には、馬車の速度に合わせて次々と流れ行く景色があった。入り込む空気は新鮮で頬に当たる風は心地良かった。だが何故そんなことをするのだろうと、エミリアは魔法使いの行動を疑問に思いながら扉の外を覗き込むと、


 ドカッ


 何かがエミリアの背を押した。


 否、押したのではなかった、魔法使いがエミリアの背中を蹴飛ばしたのだった。


 哀れ、エミリアは馬車の外へと放り出され、土煙を上げながらゴロゴロと地面を転がった。


 一体何が起こったのか、訳がわからずエミリアは暫し地面の上で呆然としていた。そんなエミリアの視界に入ってきたのは、開かれた馬車の扉から顔を出し、ニッコリ微笑みながらさいならと手を振る魔法使いの姿だった。


 もしかして、放り出された?


 それを見て、漸く事態を把握したエミリアは、打った体の痛みに耐えながらなんとか身を起こすと、


「悪魔ー!」


 去り行く馬車に向かって、悲痛な叫び声をあげた。

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