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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第二章 信じる者の儚き幻影
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第四話 守護天使は仏頂面 その四

 変わって、レストラン「霧の街並」店外の窓際。


『ヴィタリー、聞こえるか?』


『ああ、聞こえる』


 再びあの紳士が中を窺うよう壁に身を寄せ、姿を現していた。


『王子は今、スティープル街の「霧の街並」というレストランにいる。王子の入店後、私も時間を置いて店に入ったが、予約でいっぱいだと断られ断念。現在窓から監視中』


『中で何か変わったことはあるか?』


『一般市民と思われる女性が王子に近づいたが、護衛係と思しき女性に短刀を突きつけられ、追い返されている。この護衛係、監視している限り中々な難物と見られ、王子のファンを装っての接近は難しいものと思われる、どうぞ』


 するとヴィタリーと呼ばれたその男、紳士の報告に何かを感じたのか、考え込むようしばしの間沈黙し、そして、


『了解、続けて監視をしていてくれ。女性の件は分かった。だがもし隙があれば、あの計画を実行に移してもいい』


 それに今度はこの紳士が沈黙した。


『私の判断で、か』


『そうだ』


『了解』


   ※ ※ ※


 そして、それからもリディアの頭の痛い行動は続いた。今日は護衛係じゃなく買い物のお供だと言ってあるはずなのに、いつもの事ながらの警護の鏡のような気を重たくさせる行動が。食事が運ばれてくればいちいち毒見をし、問題がないことを確認してからレヴィンに差し出す。給仕係も違う者がやってくるたび、いちいち支配人を呼んで身元の確認をする。だが、今日は連れがいない分まだましな方かもしれなかった。これで連れがいた日には、申し訳なさで身が縮む思いになっていたところだ。


 そう、この行動に今まで何度いい加減にしてくれと叫びたくなったことか。だが、今日こそそんな日々とはおさらばしてやるのだ。今日こそは。


 そして、減退してゆく食欲を何とか奮い立たせてレヴィンは食事を終えると、きゃー、殿下ありがとうございます~! なんて反応は勿論期待してないが、少しの譲歩は許そうか、ぐらいの心の動きを求めて、


「リディア、何か、デザートでも食べないか」


「……」


 それに、訝しげな表情をするリディア。

 すると、そんな彼女を前に、思わずレヴィンは焦ってしまい……。そう、ここで決めねばの心が表れてしまったかと。何の手ごたえも感じないばかりに、今こそここで! の気持ちが。そして、ご機嫌取りが露にならないようレヴィンは注意しながら、


「ここのデザートはおいしいんだよ。そうだね……何か特別にパティシエに作ってもらおうか」


 レヴィンの言葉に、相変わらずリディアは訝しげな表情をしている。

 二人の間に過ぎゆくのは、いつまでも続く沈黙の時間。


「……」


「……」


 そう、中々終わらない……。

 すると、その時にレヴィンはとうとう痺れを切らすと、こうなったら強行突破だと、言うだけ言って返事も聞かず、それで決定とでもいうよう支配人を呼びつける。そして、


「何か旬の果物を使って、デザートを特別に作ってもらえないかな。そう……彼女をイメージしたような」


 それに支配人は頷くと、「では……」と言って何の果物をメインにするか、今あるものの名前を挙げてゆこうとする。だが……。


「リディア……何やってるんだい?」


 不意にリディアがレヴィンの目の前で何かをし始めたのだ。そう、懐から手帳とペンをおもむろに取り出し、何かを書き始めるという行動を。それに気づいてレヴィンは訝しげに尋ねると、


「殿下の行動パターンその一、予約の中々取れない小洒落たレストランに誘い、予約なしで悠然と席を取る。その二、高級料理を食べさせた後、自分の力を見せつけるよう、シェフにメニューにない特別料理を作ってもらう。決め言葉は「彼女をイメージしたような」……」


 何となく嫌な予感がレヴィンの胸の内をよぎっていった。そして、恐る恐る、


「なに、それは?」


「殿下の女性の懐柔方法についてのメモです。恐らく、お忍び容認を目的とした」


 リディアは目をキラリと光らせそう言う。それは、着々と計画を進めていたと思っていたレヴィンにとって、非常に聞き捨てならないもので……。なので、悪事をさらけ出された罪人のように思わずレヴィンは額に冷や汗を流すと、


「……ばれていたのか」


「当然です。殿下の浅はかな考えなど、手に取るように。ですが、わたくしもいい勉強になりました。殿下の行動パターンを知るいい勉強に。これを分析して是非とも今後の護衛に役立てたいと思います」


 分析……僕は実験用マウスか……。


 自分の働きが徒労に終わり、レヴィンは疲れを感じてぐったりすると、結局注文はどうしたらいいのかと、脇でおろおろしている支配人の姿が目に入った。

 それを見てレヴィンはため息をつくと、


「それで、リディア。デザートは食べるの? 食べないの?」


「もう十分いただきましたので、結構です」


「と、いう訳だ」


 少しばつの悪いような顔をして、レヴィンは支配人に向かってそう言う。

 そうこれが、そんなこんなの出来事があった、二人の食事の顛末であった。


   ※ ※ ※


 そして、再び揺れる馬車の中。企てていた作戦も見事失敗に終わり、後は憂鬱だけが感じられるだろう彼女との買い物が待つばかりだった。当然のことながら馬車の中は分厚い雨雲が覆う空模様のようで、どうにも重たい雰囲気に包まれていた。


「いいかい、リディア。何度も言うけど、今日君は、僕の警護からは解放されているんだ。さっきみたいな行動はもう控えておくれよ」


 もう彼女の機嫌を取る必要はない、こうなったら開き直ってやると、レヴィンは強くリディアに釘を刺す。

 だが勿論リディアは納得のいかない表情で、


「ですが!」


「駄目だ、これは主人としての命令だ」


 今まで発したくても発せなかった主人としての強権。少し気分の良さも感じながら、言った後の様子が気になりチラリリディアの顔を覗き見る。するといつにないレヴィンの強い態度に言葉も返せないのか、彼女はむすっとした表情をしてうつむいていた。その姿に何となく嗜虐心があおられ、


「分かったの?」


 もう一度厳しく念を押してみると、どうやらこれは駄目押しの一言になったようで、


「かしこまりました……」


 到頭観念したように、そう言ってリディアは渋々頷いた。

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