第三話 過去という名の鎖 その十七
王宮内図書室。
古今東西のありとあらゆる書物が集められている場所。
王宮勤務者にのみ解放されたその図書室は、当然のことながら王立図書館には及ばないが、学術的価値のある珍しい本も、特に王室関係や魔法関係の分野において多数保管されていた。だが、今はそういった希少価値のある本たちに用事はなかった。
図書室に足を踏みいれ、まずレヴィンが向かった先とは、地図が保管してある場所だった。そこからレヴィンはルシェフの地図を取り出すと、ノーランドとの国境近くが拡大されているページを開けた。
そして送られてくるエミリアの念を追いながら、その場所と地図とを照らし合わせてゆく。
ノーランドの国境からそれ程離れてはいないな……国境の町アトレを真北に三十キロ程進んだところだろうか。とすると……。
素早く地図に目を走らせ、目的の場所を探す。だがそこは、
森林地帯……。
近くに町や村があるようでもない、ただ森だけが広がる場所だったのである。
こんな所に建物などあるんだろうか……。
そう思わせてしまうような場所であった。だが、この地図を見ただけでは細かいことまでは分からず、レヴィンはもっと詳しく見ようと、更に拡大したもの探し出し、広げて再びその場所を確認してみた。が、
やっぱり森ばかり、か……。
どんなに拡大しても、いくら詳細なもので見ても、恐らく位置以外これ以上の情報は得られないのだろう。多く謎に包まれているルシェフ、地図に載らない秘密基地のようなものがあったって不思議ではないから、もしかしたらこんな所にも建物があったりするのかもしれない。
『とりあえず君の念を辿って行ってみるよ。君の師匠のようにピンポイントでいけるかは分からないけど、しばし待っていてくれ』
『はい! 待ってます。でも、早く来てくださいね』
すがるようにそう言ってくるエミリアだったが、頭にあるのはあまりに大雑把な地図で、レヴィンはちょっと自信がないような苦笑いを浮かべると、転移魔法の呪文を唱え目的地を目指した。
勿論誰にも気づかれないよう結界を抜け。
※ ※ ※
魔法使いの脳裏に蘇る。
群がる記者達、裁判での追及、人々の好奇の目、研究所内での糾弾、彼女の両親の怒り……。それは全て、罪をあがなう為自らが受けねばならない罰だった。何もかもを甘んじて受け、そうすることで犯したフィラーナへの罪を償うつもりでいた。
それは無罪になったことすら厭わしく思う程で……。
だが、まだ足りないのだろうか。悲しげな瞳で見つめたまま、おまえはあの時のままの姿で私の前に現れる。全てを投げ捨て研究に身を捧げても、その目に浮かぶのはやはり恨みなのだろうか? まだ足りない、足りないと訴えながら……。
「フィラーナ……」
「室長……、助けて」
フィラーナの幻影は瓦礫の下敷きになったまま、相変わらず魔法使いに助けを求めていた。痛々しげなか細い声で、幻影は幻影でありながらも、魔法使いにとっては現実のものとして、たとえようもなく苦しげに。そして血まみれのままフィラーナはずるり、ずるりと自由の利く腕の力だけでそこから這い出してゆくと、魔法使いの方へと近づいていった。フィラーナの進む道筋が、行く先を示すように血の跡で染まってゆく。そして何とか魔法使いの足元まで近づくと、
「助けて、ここは熱いの」
「熱い? 何故」
「地獄の業火が身を焼くの」
フィラーナは魔法使いの服をつかみ、それを支えにゆっくりと立ち上がった。そして魔法使いをも血まみれにしながら、おぼつかない足元で何とか目線を近いところまで持ってゆくと、その血に濡れた手で彼の頬に触れ、口づけてしまいそうな程に唇を近づけてもう一度、「熱いの……」とささやいた。
「地獄? おまえは地獄にいるのか?」
「そう、私をここから救い出せるのは室長だけ……」
そしてフィラーナはすがるような目で見つめながら、懐から取り出したナイフを魔法使いの目の前に差し出した。
「これでちょっと指を傷つけて、サインをしてくれればいいの……」
「駄目だ、それは……フィラーナ。それは……」
あらがって顔を背けようとする魔法使いの頬を引き寄せ、フィラーナはとても死に際とは思えないどこか嫣然とした微笑を浮かべる。そして、魔法使いの心にとどめを刺す様に、
「それで、私は救われる」
「救われる……」