第三話 過去という名の鎖 その十四
ノーランド暦二一四六年五月十五日午前十時三十四分
瓦礫。
爆風がおさまり、訪れた静けさに魔法使いは嵐が去ったことを感じ取ると、状況を把握すべく恐る恐る辺りに目を走らせた。爆発の余韻で粉塵が舞い上がるこの実験室内、あまり視界はよくなく……。だが、建物の倒壊の恐れがありつつも取り敢えずの危険は去ったことを察すると、魔法使いはシールドを解いてすぐさま恋人フィラーナの姿を探した。
「フィラーナ! フィラーナ!」
「しつ……ちょう……」
すると瓦礫の下から、今にも消えそうなか細い声が聞こえてきた。それを手掛かりに魔法使いはその元に寄って行ってみれば、そこには血にまみれたフィラーナの姿があり……。
「室長……たすけ……て」
僅かに紡ぐ命で、フィラーナは魔法使いに助けを求める。
くくった髪は既に解け、血糊でべっとりと濡れていた。救いを求めて差し出される手も血にまみれ、力なく小刻みに震えていた。
命は消えかけていた。すぐに魔法使いは助け出そうとするが、たとえ一秒でも早くその上にのしかかる瓦礫を取り除いたとしても、こうなってはもう何もかもが既に遅かったのだ。
「室長……」
魔法使いを呼ぶ声が段々と小さくなる。
そして自分に為す術は何もなかった。不可能を可能にもする魔法使いであるというのに、何の術も……。
助けを求める声を聞きながら、命が消えてゆくのを魔法使いはただ見つめることしかできなかった。自分に再生魔法の技術があれば、そうも思ったが、例え最先端の再生魔法の技術を持っていたとしても、今の魔法の水準でこの傷を治すことは到底不可能なのであった。悔しさに歯噛みしながら、否が応でも目に焼きつけさせられるのはただ流れるままに流れ続けてゆく赤い血と、彼女の苦悶の表情……それは決して忘れることなどできない、あまりにも鮮烈な記憶で……。