第三話 過去という名の鎖 その十三
ノーランド暦二一四六年五月十五日午前十時十七分
「魔法圧、基準値まで達しました」
監視役のセーファスが魔法使いに伝える。
「空間に切れ目を入れますか?」
その報告を聞いて、ハーヴェイが窺うよう魔法使いにそう尋ねてくる。
「待て、圧が安定するまで待つんだ。セーファス、どうだ?」
それにセーファスは魔法の力を感じ取ろうとするよう目を瞑り、その圧力を探り始めた。そしてしばしの沈黙の後、
「大丈夫です。安定しています」
「よし、空間に切れ目を入れろ」
その指示にハーヴェイが呪文を唱え、空間に切れ目を入れる。すると、真っ黒な闇を飲み込んだような大きな口が、突如魔法陣の中に現れた。それを確認し、魔法使いも続いて呪文を唱えてゆくと、そこに吸い込まれるようにして荷車の姿が消えていった。そう、遠隔操作にはいったのだ。
「転移先の空間にも切れ目を入れ、空間と空間を繋ぎます」
ハーヴェイの言葉に魔法使いは頷いて、了解の言葉をかける。
再びハーヴェイの口から呪文が紡ぎ出される。
「切れ目を入れました」
「では、転移を実行する」
魔法使いがそう言って、いよいよ目的地へ物質を転移させるべく呪文を唱えようとする。すると、
「待ってください、魔法圧が上がっています」
セーファスが厳しい表情で割って入ってきた。
「基準値を保て」
「はい!」
魔法使いの指示に、魔力注入班の者達から一斉に声が上がる。何とかコントロールしようと必死になっているのだろう、三人の表情が険しいものになる。だが、
「駄目です! 魔法圧の上昇が止まりません!」
「止まらない? 何故だ。コントロールしているか?」
「しています。これ以上はないというほど!」
魔法使いの問いかけに、魔力注入班のリューが鋭く切り裂くような、そんな声を上げてきた。
緊張の中に流れ始める不穏な空気。
それに魔法使いは眉根をひそめ、
「圧は」
「駄目です、どんどん上がっています」
信じられないというようなセーファスの表情であった。まさかこんなことが起こるとは……。このまま行った先に待つものを予感してか、彼の顔は青ざめており、目の前の出来事に恐れをなしているようだった。
「魔力を注ぐのを止めろ! 全員だ!」
「止めてます!」
「皆止めてます!」
「でも、圧の上昇は止まってない……止まりません! このままでは……」
悲鳴のような声があちらこちらから上がる。もう実験どころではない、恐慌に陥る寸前の状況であった。とにかくこの事態を収拾させるのが先決で、室長として魔法使いは何らかの判断をせねばならなかった。そして、
「皆、シールドを張れ! そしてコントロールしろ! 暴走を止めるんだ!」
そう厳しく命令する。それに従って皆次々とシールドを張ってゆく、が……一人そうしない者がいた。何もせずほうっと突っ立って、目を閉じて意識を別の所へ持っていっている者が。
フィラーナだった。
フィラーナは周りの様子など全く目に入ってないかのよう、何かを探って意識を集中させていた。
「フィラーナ、何をやっている、早くシールドを張れ!」
「待って、もう少し、もう少しだけ……分かりそうなの、暴走の原因が」
そう、この状態を何とかすべく、彼女は原因を探っていたのだった。
「そんなことはいい! 早くシールドを張れ!」
だが、フィラーナは止めなかった。フィラーナは意識を集中させたまま、更に空間の奥へと探りを入れてゆく。そして、
「転移先の空間の切れ目が……僅かにずれている。そこに魔力がたまって逆流を起こし……」
すべてが氷解したというように、フィラーナの表情に歓喜の色が浮かんだ。だが、その喜びもつかの間に、
「フィラーナ!」
魔方陣の中心が赤く染まると、そこから力が一気に解き放たれたかのように、凄まじい圧力が外に向かって吹き出していった。
魔力の爆発、それはこの強靭な実験室の壁をも崩す程の威力で……。