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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第一章 ひとひらの花びらに思いを
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第三話 過去という名の鎖 その九

「さあ、着いたようだ。ここで降りてもらおうか」


 女性にそう促され、馬車を降りると、エミリアの目に入ってきたのは生えそびえる木々の群れであった。どうやらここは森の中であるらしい。


 そして次にエミリアがやったことは、自分以外に降りてくる者達の確認であった。それで分かったことは、どうやら敵は三人いるらしいこと。馬車の荷台には女性一人しかいなかったが、御者として御者台に一人、その助手席にもう一人いたのである。その顔ぶれは屋敷に賊が入った時の面子と同じであった。裏庭で倒れていた仮病の男の顔が見えなかったから、その者が魔法使いとの交渉に当たることになっているのかもしれない。


「じゃあ行くよ、ついておいで」


 そうやって敵の顔ぶれをエミリアは頭の中で整理していると、頃合を見計らったように女性が声をかけてきた。先導して歩き始める女性。そしてその後に続いて、恐らく逃げ出さないかを見張っているのだろう、男性二人がエミリアの脇を固めて歩き出す。


 案内されるがまま行くその道は、手入れがあまりされていなく、草木が伸びきった悪路であった。そんな道を歩きながら、エミリアは今こそあの馬車の中で思い浮かんだ黒い考えを実行すべき時だと心の中でひしひしと感じていた。そして道行きの途中、早速計画の第一段階として後ろ手の腕を動かすと、道端に生える雑草を引っこ抜き、


「ヌリョケチカ・ネ・シュキビチ・スアチュイ・コスソリヅ・コアスア」


 魔法使いから習った植物を成長させる魔法の呪文を小さく唱えた。そして、葉に多くある凸レンズ形の葉緑体が光のエネルギーを吸収し……と、植物の成長過程を思い浮かべながら、育った先の姿を想像する。それは決して道端に生える慎ましい雑草などではなく、大きな口と触手を持った植物であった。そう、遠く南の熱帯雨林の地域には、昆虫を食べる植物が存在するという。別に熱帯雨林でなくとも昆虫を食べる植物は存在するが、触手を伸ばし、とらえ、口に放り込み、消化液で物質を分解するというもっとすごい植物が……。


 実際の形などチラッと図鑑で見た程度なので、実は詳しいことなどよく分かっていなかったのだが、世にも不気味で物騒な姿を、ありえないほど勝手にエミリアは想像してみた。その大きさは人一人くらい簡単に飲み込んでしまえる程巨大なもので、触手で獲物を捕らえてはその口に次々と放り込んでいってしまうのだ。


 彼らをみんな、このお化け植物の餌食にしてしまえ! そう思いながら。


 すると、その想像に答えるよう手の中の雑草は次第に大きくなってゆき、エミリアはしめたと思って道端にそれを落とした。そして、何かの変化が起こるのをしばし待つ。


 ただ黙って歩む道程。両脇にいる二人の男に、今はまだ何の変化もない。だが、


「うわっ!」


「な、なんだ!」


 突如、男達の体が何かに持ち上げられたかのようふわりと宙に浮いた。期待と共に振り返ってみれば、エミリアが想像した通り、いやそれ以上に気味の悪い植物が、触手を伸ばして彼らを抱え上げていたのであった。


 どうやら魔法は成功したらしい。


 喚きながら、もがきながら、その口へ放り込まれてゆく二人の男。


 その声で残った女性も気がつき振り返るが、目の前に広がる光景にまるで魂でも抜かれたよう唖然として見つめていた。エミリアもあまりの効果に女性と共に唖然とするが、いかんいかんと我に返ると、


 ごめんなさい! 逃げる為には仕方がないのです。何より自分がかわいいのです!


 餌食になった彼らの先のことを思って、心で十字を切りながら、エミリアは来た道を戻るようその場から駆け出した。


「おまえ、魔法が使えたのか! うわっ!」


 エミリアの背に女性の喚く声が突き刺さり、そして段々遠くなる。それでどうやら女性もあの植物の餌食になったことが知れ、その威力の凄まじさを改めて思い知るエミリアだった。馬車に乗っていたのは三人、これで全部片付けたとほっとしながらエミリアは草の生い茂る道をひたすら駆けてゆく。


 そう、とにかくここから離れることが第一なのだ、それを胸に言い聞かせうろ覚えの道筋をしばし辿ってゆく。すると、


「!」


 目の前に、恐らく消化液なのだろう、頭から足の先までびしょびしょに濡らしたあの三人が、不意に姿を現したのだ。


「な……な……なんで」


 やっと逃げ出したと思った矢先のこの出現に、エミリアは口をパクパクさせる。


「ふん、転移魔法を使って逃れてきたんだ。ああ、最初からこうすれば良かった」


 忌々しげに女性がそう吐き捨てる。そして怒りに燃えた眼差しで、じりじりとエミリアに向かって三人は近づいてきた。また魔法を使われてはという気持ちもあるのだろう、それは恐る恐るといった感じであった。


「さあ、どっちにしてもこの場所には結界が張ってある、外にはでられないぞ」


「結界……」


 エミリアを捕まえようと近づきながら、三人は不敵に笑う。それは切り札とでもいうように出された言葉で、手札の少ないエミリアの胸にとどめを刺した。


 結界……まだそれを習っていないエミリアにとって、破って逃げるなんてこと、とてもできる訳がなかった。


 この領域から出られないのならば、エミリアに残された方法はただ一つ、彼らを前に観念するということだけ。そして行く先をふさがれたエミリアは到頭逃げることを諦め、力尽きたようがっくりとその場に膝をついた。


   ※  ※  ※


 それからエミリアは、森を歩んだ先にあった人気の感じられない古びた建物の中に連れてこられると、並ぶ部屋の一室に放り込まれるよう乱暴に押し入れられた。


「またこしゃくな真似をしたら、今度はただじゃおかないよ。いいかい、ここで大人しく待っているんだ」


 憎々しげにそう言う彼らに、エミリアはむくれて頬を膨らませると、ふいっと顔を背けた。


 どうやらここが終着点らしい、不機嫌面で座り込むエミリアを見張るよう、相変わらずのあの三人が取り囲んで待ちの態勢に入っている。


 そんな彼らを横目に、とりあえず自分は無事であること、この場所にいること、そして交渉に絶対乗ってはいけないことを魔法使いに伝えねばと、エミリアは彼から貰った腕輪を思い出し何とか自由になる指先で腕の方を探った。それは何度か空を切り、やがて指先が細い金属の冷たい輪を探り当てる。


 繋がった希望にほっとした気持ちになり、エミリアは魔法使いに言われた通り念を送り始めた。


『お師匠様、聞こえますか? エミリアです。ごめんなさい、捕まってしまいました。恐らくルシェフの工作員が接触してくると思います。でも、交渉に乗ってはいけません、お師匠様をルシェフで研究に協力させるのが目的なのですから。とりあえず私は無事ですので、心配は無用です……』


 できれば助けに来て欲しかったが、それを頼むことはできなかった。元はといえば自分の不注意が招いたことであるのに、そこにわざわざ魔法使いを巻き込んで、危険な目に遭わせる訳にはいかなかったから。だがこの先に待つものへの不安も拭い去れず、もしかしての期待感を湧き上がらせていると、脇でにやついた笑みを浮かべてエミリアを見遣っている女性の姿に気がついた。


「な……なんですか?」


 意味深な笑みに、何となく嫌な気持ちを感じながら、疑問も露にエミリアはそう問いかける。


「今、魔法を使っただろ」


 魔法といったらこの腕輪しかなかった。こっそりやったつもりだったが、もしかしてばれていたのかとエミリアは胸をどきりとさせる。


「何を言っているんですか? 使ってませんよ」


 とりあえず下手な嘘を言ってすっとぼけるが、女性の笑みは変わらなかった。


「隠さなくてもいい、全て分かっているのだから。その腕のわっかだろう。私たちはそれを待っていたのだから」


「だ……だから、一体何を言って……」


 その言葉から、態度から、ばれていることは明らかだった。だが、冷や汗の出る思いをしながらも、尚もエミリアは否定する。それは動揺が滲み出て、その否定が偽りであることが透けて見えてしまいそうな程であったが、肯定する訳にもいかないのだ。待っていた、という女性の言葉が気になったが、とにかく態度を変えてはいけないと言い聞かせ、エミリアはひたすら意地を通し続けた。すると、


「おまえを連れ去る時、既に我々はその腕輪に気づいていた。その用途もな。レヴィル氏とははなっから交渉する気などなかったのさ。おまえは人質ではなく、奴をここへおびき寄せる為の囮という訳だったのさ」


「な……な……」


「おまえが腕輪を使えば奴はここに来る、だから私たちはその時を待っていたのさ」


 女性の放つ言葉の意味を悟って、エミリアは愕然とした。自分は師匠の為にと思ってやったことだったが、実はそれは彼を危険に導くことに繋がっていたということに。


 そしてそこからエミリアはピンときた。ここには何か罠が張ってある、と。


「来ませんよ! お師匠様は絶対来ません! そういう人なんです!」


 来ないで、お願いだから来ないで! そう心の中で祈りながら、エミリアはもろくも崩れそうな強がりを言ってみる。


「さあ、どうだか、とりあえず見物と行こうじゃないか」


 そう言って、女性はエミリアの腕から腕輪を抜き取ると、それを手に不敵な笑みを口元に浮かべた。

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