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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第一章 ひとひらの花びらに思いを
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第一話 令嬢と性悪魔法使い その三

 憂鬱だ……。

 

 ランバートは廊下を歩きながら重い心でとある場所へと向かっていた。そのとある場所とはエミリアの待つ客間であり、憂鬱の源とは当然エミリアのことであった。


 一体何の用なのだろうか。まあ何にせよ婚約解消した自分に今更会いに来るなんて、きっとろくな用事じゃないに違いない……。


 渦巻く嫌な予感に出来れば顔を合わせたくないランバートだったが、何とかしろという父レッグスター伯爵のしつこいせっつきに、仕方なくこうして向かう事になったのだ。まあ、元々自分に会いに来たのだから、どちらにしても彼女の元へと出向かなければならなかったのだが。 


「いらっしゃい、今日は一人なんだってね、珍しい」


 そうしてランバートは憂鬱を胸の奥にしまい、にっこりと微笑を浮かべて客間へ入ると、手を胸に当ててお辞儀をし、形式どおりの挨拶をする。それにエミリアも、慌てて立ち上がってドレスの襞を掴むと膝を少し曲げ、同じく形式どおりの挨拶をした。顔には満面の微笑みが浮かぶエミリア。それに余計気が重くなるのを感じながら、ランバートはエミリアに言った。


「それで、今日は何の用? 何か用事があったんじゃないの?」


「ええ……」


 だがランバートの促しに、エミリアはどこかもじもじした様子で下を向き、その用件とやらを口にするのを躊躇っていた。


 無意味に過ぎ行く淡々とした時間。


 それにそれ程言いづらいことなのかと、ランバートは貼り付けた笑顔を次第に凍りつかせてゆくと、流石にその気まずい沈黙に気づいたのか、とうとう腹をくくったよう、エミリアがにこやかな微笑にどこか決意を秘めたような表情を浮かべ、


「私が陛下に求婚されていることはご存知でしょ。実はそのことで……」


 やはりその件か……と、予感どおりともいえる内容にランバートは凍った笑顔を引きつらせていった。


 予感が更に当たるなら、この先もっとすごいことが起こる筈なのだが……。


「あの、私この婚約には気乗りじゃないんです。とても陛下のお后になれるような器じゃないと……。それでランバート様に何か力になってもらえないかって……」


 あはは、これは爆弾かな、それも特大級の。 


 最大限にまで引き出された嫌な予感に、今度は顔を青ざめさせるランバート。


「何か力って、何が出来るのかな、僕に」


「陛下に対抗する、何か手段を、と。勿論一緒に逃げてなど、そんなおこがましい事は言いませんが……」


 そう言っているようにしか、僕には聞こえないんだけど……


「つまり、陛下と結婚はしたくないから、この僕に何とかして欲しい、ってことかな?」


「はい」


 よどみのない、期待度百パーセントの瞳だった。それにランバートは思わず泣きたいような気持ちになった。


 何故僕に……。


 多分恐らく元婚約者であるからだろう。それは分かっていた。だが、


 やめてくれ、やめてくれ! 確かに君は可愛い。性格だって悪くない。だがこれは恋ではないのだ。親同士が決めた事なのだから、お家の事情でそれが壊れればそれで終わりの筈なのだ。そうだろ、違うか?


 陛下の恋敵になど、なるつもりなんて毛頭なかったランバートは、心で泣きながらそう思った。


 僕はまだ社交界で華々しく活躍していたいんだ、ゴシップの対象にはなりたくない!


「それで、僕にどうして欲しいと?」


「匿ってくれたりなんかしたら、うれしいなーなんて、あはは」


 すっかり自分を頼りきっているらしいエミリアにランバートは頭を抱えた。そして、恐る恐るランバートは尋ねてみた。


「……君は十分その器に値していると思うけど……どうしてそんなに嫌なんだい……結婚が」


 すると、それにエミリアはちょっと表情を強張らせたように、ランバートにはそう見えた。だが、すぐにエミリアはそんなことを聞かれるのは心外だとでもいうような表情をすると、


「勿論、ランバート様をお慕いしているからに決まっているじゃありませんか。元ではありますが、婚約者ですし」


「愛?」


「ええ、愛です」


 にっこりとエミリアは微笑む。


 そのあっけらかんとした微笑みに、再びランバートは心の中で涙を流した。


 君は本当に愛の意味を分かっているのか……。


「そうか、愛……愛か……」


 ランバートは困り果てていた。これにどう対処していいのか分からず、湧き上がってくる焦りと共に、愛、愛と訳も分からず呟いていた。そして、


「こんな重大な事、僕一人で決める訳には行かないよ。父上とも相談してみなきゃ……それから、今ちょっと手を離せない仕事をしていたんだ。それも片付けないと。しばらく、しばらく待っていてくれるかな」


 しどろもどろにそう言って、ランバートは立ち上がる。


「ええ、勿論、いくらでもお待ちします」


 その屈託のないエミリアの笑顔を前に、ランバートは乾いた笑みを浮かべると、早々にその部屋を辞した。そして扉の外に出て、エミリアの目から逃れた瞬間、彼は勢いよく駆け出した。


 駄目だ、駄目だ、僕一人で手におえる問題じゃない!


 彼女の笑顔を裏切ることへ少しは罪悪感を覚えていた。だが、何より可愛いのは自分であった。


 父上! 説得、説得するのですよね。ですが、あの期待を前に、どうやって彼女を説得すればいいのでしょうか! 僕には分かりません!


 そして、ランバートは涙を堪えながら、助けを求めるべく一目散に父親のもとへと走っていったのだった。

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