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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第一章 ひとひらの花びらに思いを
29/165

第三話 過去という名の鎖 その四

な……長いです。ついでに理屈っぽいです。でも、半分は斜め読みでOKです。

ここで、魔法のからくりが語られますが、えー、突っ込みどころ満載です。作者も分かっているつもりなので、細かい突っ込みは許していただけると、嬉しいな~と……(^^;

(明らかなる間違いの訂正は大歓迎です!)

読みづらいかと思いますが、これも後の伏線になるので、どうぞ耐えてくださいませ!


あと、話は変わりますが、前のその三で、ジベレリンの化学構造式の図、最初は入れ方が分からなくて省略したのですが、その後調べて入れました。見ていない方、よろしかったらチラリのぞいてみてくださいませ。

 それから一週間、エミリアはエミリアなりの頑張りで本を読み進めてゆき、なんとか精一杯の努力をしたという満足感と共に、期限の日を迎えた。


 思わぬ断食ダイエットで痩せすぎてしまったエミリア、今度は勉強のし過ぎでブドウ糖を脳で消費しまくってしまったからか、それとも疲れの為か、はたまた単に寝不足の為か、更にげっそりしてしまっていた。


「で、一体どこまで読んだ?」


 積み上げた本を前に、居間の食卓につく二人。そうして早速放たれたのは魔法使いのそんな問いで、それにエミリアはくまのできた目でどんより彼を見上げると、「植物生理学講座」の本を指差した。


「ほう」


 意外と読み進んだと思ったのだろう、魔法使いは少し見直したような表情をする。だがまだまだ甘い、それには続きがあり、


「……の、十ページ目で挫折しました」


「……だと思った」


 予想外の能力を期待した自分がいけない、魔法使いはエミリアの言葉を聞いて、やはりそうかと当然のことのように納得する。


 そうなると、その一つ前は「高等学院生物」だった。魔法使いはその本を取り出し、


「じゃあ、このレベルに合わせておまえに再生魔法を教えていこう。まずは大まかな魔法の成り立ちからだ」


 そうして魔法使いは学校の教師よろしく小さな黒板を傍らに、エミリアはノートを開いてペンを握り、気分はまさしく授業といった感じで魔法の説明に入っていった。


「今現在使われている魔法は、近代魔法といわれここ二、三百年の間に発達した比較的新しい魔法だ」


 それにエミリア、勢いよく手を上げ、


「はい! 近代魔法の父、イーノック=セヴァリーによって考案されました!」


「そう、初等学院の子供でも知ってることだな」


 勢いだけは一流のエミリアの意気込みを、ばっさり切り捨てるよう魔法使いはニヤリと笑ってそう言い放つ。それにエミリアは自身の程度の低さを突っつかれたような気がして、「いじわる」と呟いてちょっと不膨れっ面になるが、魔法使いは笑みだけ返してそれを放っとくと、


「それ以前の古代魔法は近代魔法が発明される以前に行われた魔法使い狩りでほぼ絶えてしまった。書物等も焼かれ、その仕組みは多く謎に包まれている。だがこれから学ぶ近代魔法は、科学の発展と共にあり、その仕組みが研究によって明らかになっているものも多い。ところで、近代魔法の三大柱とは何か知ってるか?」


 その問いにエミリアはしばし考え、


「呪文! ……と呪文と呪文……」 


 やはり勢いだけは一流だった。だが元気が良かったのは最初だけで、その後の答えが全く思い浮かばず、段々と声が小さくなっていってしまうエミリアだった。


 それに魔法使いは罠にかかった獲物でも見るように薄く笑い、


「素人が陥りやすい過ちだな。確かに呪文は呪文学の専門家が何年もかけて漸く一つ見つけ出す苦労の結晶だが、実際使うときは、魔法を発動させる為の一つのスイッチにしか過ぎない。近代魔法の三大柱とは、素質、知識、想像力、だ。何より大事なのは魔法使いの持つ素質で、それが魔法使いの能力を決める七割を占めていると言われている。だが、素質だけではいい魔法使いにはなれない。魔法を作り出す為には、作りたいその魔法の背景にある知識が必要であるし、それを具体化させる為の想像力も不可欠である。たとえ素質があったとしても知識がなくては何も生み出すことはできず、また、素質や知識があっても、想像する力が豊かでなければ質の良い魔法を発動することはできない。この三つをバランスよく併せ持つことが重要だ」


 さも重要そうにそう説明する魔法使い。だがそれはあまりに具体性に欠けたもので、エミリアの頭は素質? 知識? 想像力?? と、訳の分からぬ理論の迷路にはまり込んで混乱してしまっていた。


 素質が大事なのはなんとなく分かる。だが知識? 想像力? 何故知識や想像力が必要なのかそこが理解できず、エミリアは魔法使いに向かって疑問も露な表情をする。


 するとそのあからさまなエミリアの態度に、さすがに魔法使いも気づいて、


「実際にやってみればそれがよく分かるだろう。今は大体頭に入れておけばいい」


「はーい」


「で、今回何故こういった本を読ませたのか。それは、魔法を発動させるのに必要な知識を仕入れる為だ。例えばこの植物、なんだか分かるか」


 そう言って近くにあった葉と茎だけの鉢植えの植物を、魔法使いはエミリアに差し出す。


「多分、ガーベラだったと思います……」


「そうだ、この植物に花を咲かせる為には、その構造や生きるための仕組みや成長過程を知っていなければならない。さあ、勉強の成果を示す時だ、どうだった?」


 不意打ちの質問だった。故にエミリアは何も考えておらず、慌てふためいて少ない脳みそから必死で言葉を搾り出す。


「え……えーっと……おひさまからひかりのエネルギーをもらい、ねっこからみずやみずにとけたようぶんをすいとってせいちょう……」


 ごつん。


 魔法使いが手に持つ教科書の背表紙が、エミリアの脳天を襲った。


「一体なーにを勉強してたんだ。初等学院以前のレベルだぞ、冗談も大概にしろ」


 痛い頭を押さえながら、冗談じゃないのに……少し涙目でエミリアはそう心で思った。確かに一通り目を通しはしたが、一生懸命読みはしたが、何のあんちょこもなく、いきなり説明しろといわれてもそうすぐに考えがまとまる訳がないのだ。


「頭の中がいろんな用語でごちゃごちゃになっていて、まず何から、一体どういえばいいのかさっぱり分かりません」


 それに魔法使いは、自分とエミリアを同じレベルで扱ってはいけないことに漸く気づいたようで、確かに……と、考え込むような仕草を見せると、


「……植物は何から栄養を得ると言った?」


「太陽から光のエネルギー、根っこから水や水に溶けた養分です」


「ならそこから、もっと詳しく説明を展開してゆけばいいだろう」


 なるほど、そうか。


 魔法使いの助け舟に少し救われたような気がして、エミリアは気持ちを落ち着けるよう深呼吸すると、もう一度よく考え出した。


 太陽から光のエネルギー……植物はそれを吸収して、それで……。


「……植物は、葉に多く含まれる葉緑素という色素から光のエネルギーを吸収します。それを光合成といいますが、その為には光の他に、二酸化炭素、水が必要です。どうやって植物は水を得るかというと……根っこの先にある根毛から吸い入れることによって得られます。そしてその水は植物の中にある道管という管を通って全体に運ばれてゆくのです。水は全て光合成に使われる訳ではなく、葉にある気孔という小さな無数の穴から水蒸気となって植物の外へと放出されます。この気孔からは光合成に必要な二酸化炭素も取り入れられます。あとは、えーっと……光合成によってできた栄養分はでんぷんから水に溶けやすい糖の形に変えられて、師管という管を通って運ばれてゆきます。糖は植物が成長する為の材料となったり、貯蔵養分となったりします。それから、それから……」


「植物が生きる為には、光合成だけで大丈夫なのか?」


「いえ、あと……植物も人間と同じく呼吸しています。肺で息をするように気孔などから呼吸をしますが、植物を形作る細胞一つ一つも呼吸をしています。細胞の呼吸とは、酸素を使ってブドウ糖などの栄養分を分解し、生活に必要なエネルギーを取り出す事です。そしてその結果不要物として二酸化炭素と水ができます。二酸化炭素と水を吸収して養分と酸素を作り出す光合成とは逆の関係にあります」


「そうだ、そうやって植物は生きている。そしてその生きた植物が成長するには、どうならねばならない?」


「細胞分裂です。ある限られた部分で細胞分裂が起こり、分裂して増えた細胞がもとと同じ大きさにまでなることで、植物は成長します。細胞分裂の盛んなところは根や茎の先端近くにある成長点や形成層です。まず植物の細胞とは、核と細胞質基質、葉緑体、液胞、そしてそれらを包む細胞膜、細胞壁によって作られています。核と核を取り巻く細胞質は実際に生命活動を行う部分でこれを原形質といいます。核は普通一つの細胞に一つあり、細胞の中央部にあります。生命の中心となるところで遺伝に関係する染色体を含み、細胞から核を抜き取ると、やがて細胞は死んでしまいます。細胞膜は、細胞の外側を覆っている膜で、細胞内外を区切ると共に、細胞内外での物質の出入りを調節しています。葉緑体は光合成を行い、糖を生産するところです。液胞は細胞の生命活動の結果できた不要物などをためておく袋です。細胞壁は細胞膜の外側を覆う厚くて丈夫な膜で、細胞の形を維持する働きをしています。細胞膜とは違って、水や水に溶けている物質を自由に通過させます。それから細胞分裂ですが……うーん……そう、細胞分裂の順序は五つに分けることができます。まず核の中の染色質の糸が次第に太くなり、染色体と呼ばれるものになります。次に全ての染色体が細胞の中央に集まり、規則正しく並ぶようになります。そしてそれぞれの染色体が縦に割れて、細胞の両端に移動します。やがて染色体は糸状の染色質に戻って一つのかたまりになり、二つの新しい核が形成されます。また、中央に細胞膜ができ、細胞質を二つに分けます。そして新しい二つの細胞になって、元の大きさに成長するのです。あとは……ええっと……ああ、もういいや、それを繰り返して植物は成長し、葉や茎や根などを作って、やがて花が咲くのですっ!」


 とりあえず思いつく限りの言葉を並べ、一通り説明を終えてエミリアはほっと一息つく。だが、気になるのは魔法使いの反応だった。自身精一杯の力を振り絞って出した説明、魔法使いはどんな判定を下すのかと、エミリアはドキドキしながら彼の様子を窺い見ると、


「よく頑張った……が、中等学院レベルの説明だな」


 落第ではないが、どうやら及第点にも至らなかったらしい。頑張ったとは言ってもらっても、とても褒めているようには思えない中等学院レベルという魔法使いの言葉に、エミリアはがっくりとうなだれる。


 目いっぱい頑張ったつもりだったのに……。


 そんな彼女を前に、魔法使いは「高等学院生物」の教科書を手に持ってエミリアに見せるよう差し出しだすと、


「いいか、この本まで読んだなら、もう少し高いレベルを見せてくれ。質の高い魔法を扱えるようになりたいのなら尚更だ。とりあえず到達すべき地点を示すために、私がすこし補足をしよう。……まず水だが、根毛以外に根の表皮組織の細胞からも吸収する。どういう仕組みで根が水を吸収するかというと、それは根毛細胞や表皮細胞の浸透圧が外液よりも高い為に起こる。ちなみに浸透圧とは、濃度の低い溶液側から溶媒が膜を通り抜けて濃度の高い溶液側へ、濃度差がなくなるまで移動していくことをいう。吸収された水は根の組織細胞のそれぞれの浸透圧の差によって、根毛および表皮細胞→皮層→内皮→道管へと移動する。根から吸収された水は、途切れることなく道管の中を移動して、体中の組織へと送られる。植物体内のその水分量は常にほぼ一定に保たれており、このバランスは葉にある気孔で行われる。

 次に光合成だが、エミリアの言ったとおり光合成には光、水、二酸化炭素が必要だ。その反応の結果、糖やでんぷん、酵素が作られる。光合成の場である葉緑体は、おもに植物の葉の柵状組織・海綿状組織の細胞に含まれており、一個の細胞中に数十個の葉緑体がある。その構造は全体が二重の膜で包まれたもので、内部には基質のストロマと扁平な袋状の多数のチラコイドがある。またチコライドが密になった部分をグラナという。光合成に必要な光エネルギーは、クロロフィルやカロテノイドなどの光合成色素に吸収されるが、それらの光合成色素はチラコイドの膜に含まれている。光合成色素について説明すると、まずクロロフィルだが、クロロフィルにはa・b・cと三種類がある。そのうちクロロフィルaは細菌を除く全ての光合成生物が持っており、光合成の中心的な役割を担っている。クロロフィルb・cはカロテノイドとともに、吸収した光エネルギーを中心にあるクロロフィルaに渡す補助的な役割をしている。カロテノイドは……ん?なんだ?」


 滑らかな口調で説明を展開していた魔法使いだったが、不意に目の前で起こったあることに気づいて言葉を止める。そう、突然エミリアがペンを持ったまま、ぱたりとノートに突っ伏してしまったのである。そして何かを訴えるように手を上げ、


「お……お師匠様は、一体何語を話しているのでしょう……。私にはとてもノーランド語には聞こえないのですが……」


 弱音としか取れない言葉を吐き出すエミリアを前に、魔法使いは丸めた教科書で突っ伏す彼女の頭にポカンと一つ鞭をくれてやると、


「正真正銘のノーランド語だ、……ったく、これから光合成のしくみについて説明しようと思ったのだが……ここでそんな調子じゃこの先へいったら……」


 それから魔法使いはちょっと考えた風を見せて、試すように、


「NADPH2」


「ううっ……」


「補酵素NADP」


「うううっ……」


「カルビン・ベンソン回路」


「あううっ!」


 これからでてくるはずだった用語が零れるたび、悶絶してしまいそうに苦しみもだえるエミリアを見て、魔法使いはため息をついた。


「もしかしたら、脳が破壊されるかもしれんな。分かった、これは飛ばして、細胞の構造についてもう少し細かく説明しよう」


 そう言って魔法使いは傍らの黒板に大きな縦長の四角を描き、その真ん中辺りに紫のチョークで丸を描き、その周りを緑やら水色やら黄色やらのチョークで様々な形のとあるものを描き始めた。そう、細胞の図である。


「細胞とは、細胞膜によって包まれ、内部に核とそれを取り囲む細胞質とからなるものである。核は核膜に包まれた球体をしていて、中に染色質や核小体があり、それらの間は核液で満たされている。細胞質中には、細胞質基質という液状成分があり、その中に、ミトコンドリア、色素体、リボソームなどの顆粒状の細胞小器官や、ゴルジ体、小胞体などの膜構造をした細胞小器官が分散している。細胞が生きてゆくためには、絶えず生活に必要な物質を合成したり、物質を分解してエネルギーを取り出したりしなければならない。細胞質はそのような活動の場であり、各種の細胞小器官が分担してそれを行っている。核の構造について詳しく説明すると……」


 そう言って魔法使いは細胞の図の脇に、球体、核を半分に割った図を大きく描いていった。


「核の周囲は多数の核膜孔をもつ核膜という二重の薄い膜に包まれ、内部にはDNAとタンパク質を主成分とする繊維状の染色質、RNAとタンパク質からなる小球状の核小体、および全体を満たしている核液がある。核は核膜孔を通して細胞質と連絡しており、遺伝情報であるDNAを格納している」


 そして魔法使いは核の図を消すと、次に黄色のチョークで中が櫛状構造になっている短棒状を半分に割った図を描いた。


「次にミトコンドリアだが……ミトコンドリアは内外二重の膜からなり、内膜は内側に突出してクリスタを作っている。酸素呼吸の場であり、細胞の様々な活動に必要なエネルギーのほとんどは、直接、あるいは間接的にミトコンドリアからATPの形で供給される。次は……」


 普通凸レンズ形で、薄い二重の膜に包まれている葉緑体、扁平な袋状の膜構造が重なり合うゴルジ体、扁平状または管状の膜構造で、核膜や細胞膜ともつながり、細胞質全体に網目状に広がっている小胞体、ダルマ形の微粒子であるリボソーム……と、魔法使いは一つ一つの細胞小器官を、また後形質と呼ばれるその他の物質を、チョークで描いて図解しては消して、また描いては図解してを繰り返していった。そして最後まで説明し終わると、全部黒板消しで消して、今度はまた細胞の図ではあるが、今までとはちょっと違ったものを描き出した。


「次に細胞分裂だが、これももっと詳しく説明できるはずだ」


 そう、細胞が分裂してゆく姿を、連続した図で描き表していったのである。


 魔法使いはその図を指し棒で指し示しながら、


「まず細胞分裂の準備の時期である間期であるが、母細胞は細胞質に富み、生命活動がさかん。分裂前にDNAなどが複製されるほか、細胞内で分裂に必要な物質が合成される。核に核小体が見え、核膜も明瞭……」


 核の中にある糸状の染色質が、太く短いひも状の染色体になる前期。前期の終わりには両極に極帽が現れ、核膜や核小体が消失。中期に入ると染色体が赤道面に並び、極帽から紡錘糸が伸びてそれぞれの染色体の動原体部分に付着し、紡錘体が完成する。後期は、染色分体が二つに分離し、娘染色体となって紡錘糸に引っ張られるように両極に移動する。終期、両極の娘染色体が糸状の染色質に戻ってひとかたまりになり、二つの娘核が完成する。また細胞板ができ始め、細胞質分裂が起こる。そして再び間期、核が元の形に戻り、娘細胞が完成し、成長し始める。核膜・核小体は明瞭……と、細胞分裂の過程に沿って説明を加えていった。


「こうして細胞分裂を繰り返し植物は成長してゆくが、形作られてゆく組織は次の二つに大別される。まず一つは分裂組織、細胞分裂を続ける未分化の細胞集団で、茎や根の先端付近にある。もう一つは永久組織で、分裂組織で作られた細胞が成長・分化してできる組織である。永久組織は更に、表皮組織、柔組織、機械組織、通道組織の四種類に分けられる。またこれらの組織が互いに関連しあって一つにまとまったものを組織系といい、表皮系、基本組織系、維管束系の三つがある。表皮系としては、毛・気孔・水孔などがあり、植物体の表皮を覆って内部を保護する組織である。基本組織系としては根、茎の皮層、葉の柵状組織と海綿状組織、根、茎の髄があり、植物体の基本的な働きをする組織である。維管束系としては師部、師部繊維、師部柔組織、木部、仮道管、木部繊維、木部柔組織があり、植物体の支持と通道をする組織である、が……」


「???」


 少しの補足? 少し? 少し?? これのどこが少しなの!


 とんでもなく大量に降りかかってくる用語の嵐に、とてもついてゆけずエミリアの目は点になってしまっていた。ついでに体も固まってしまい、それに説明していた魔法使いも気づいて小さく一つ溜息をつくと、


「本当は植物ホルモンとか、酵素とか、異化とか、同化とか、もっと色々説明したいんだが……その表情は今の時点で既に理解してないだろう」


「……はい」


 しっかり本を読んだはずなのに、頭に叩き込んだはずなのに、魔法使いの説明を聞いて、自分が字面だけしか追ってなかったことをつくづく実感する。


「これでも易しく説明したつもりなんだが……仕方ない、とりあえず知識についてはここまでだ。後でもう一度教科書を確認しておけ」


 どうやら魔法使いは説明することを諦めてしまったらしく、それになんだか落第生の烙印を押されたような心持ちがして、なんて理解力がないんだ自分、とエミリアは落ち込んで肩を落とす。


「はい……」


「では飛ばして先に進むが……こうして知識を得て、次に何が必要になってくるかというと……ここで漸く想像力の登場となる。得たその知識に基づいて、太陽から、土から水や栄養分を取り、呼吸をし、細胞分裂を繰り返して成長してゆくさまを想像してゆくんだ。より詳しく、鮮明に想像できればできるほど、その魔法は精度が高くなる。言い換えれば、より詳しく鮮明に想像する為には、より高度な知識を持っている必要があるということだ。すると生み出された花はより強く美しく咲く。素質以外に知識と想像力が重要になるのはそういった意味からだ」


「しつもーん!」


「なんだ」


「それは、全ての魔法においていえることなのですか?」


「基本的に、そう考えられている。研究で明らかになっているものに関しては、だが」


「じゃあ、攻撃魔法で炎を出そうっていう時には?」


「炎が起こる過程を想像すればいい。色々な方法があるが、小さな炎でよければ、少量の燐を摩擦させて発火させる過程を想像すればいいだろう。植物の再生魔法の時と同じく、より詳しい知識で具体的に想像できればできるほど、それは精度が高い魔法となる。他にも、アセチレンなどの可燃性の気体……別に気体に限らなくてもいいが……そういったものに静電気等何らかの方法で着火する過程を想像したり、大きな爆発性が欲しいのなら、ニトログリセリンを振動させたり発火点まで加熱させたりする過程を想像したりする方法もある。だが、より高度に具体的に想像しようとすればするほど魔法が発動されるまでに時間がかかってしまい、それが近代魔法の弱点でもある。精度が高く尚且つ早く魔法が発動されれば文句ないのだが……なかなかそう上手くはいかず、精度と早さとの兼ね合いが魔法使いの腕の見せどころともなる」


 なるほどと頷いて、エミリアはせわしなくノートにペンを走らせる。そして再び過った素朴な疑問に、


「じゃあ、じゃあ、現在の科学で解明されてないものについては? 転移魔法なんて、現在の科学じゃ説明できないじゃないですか」


「それは、仮説に基づいてひたすら実験あるのみだよ。科学の場で発表された論文から魔法の場に移植して実験に入るときもあるし、魔法使い自身が仮説を立てて実験する時もある。それが成功すれは一つの魔法として誕生することになる。ただし、しっかりとした根拠がないと、その魔法は不安定なものになりやすくなるがな。当たらずも遠からずの魔法は、みんなそんな感じだ」 


 ふむふむそういう訳か、今まで謎に思っていたことが氷解して、中々為になるなと納得しながら、エミリアはノートにペンを走らせていった。流れるような、中々美しい曲線を描くエミリアの文字が、ノートの中に収まってゆく。それを見ながら魔法使いは、とりあえずエミリアが書き終わるのをじっと待って、二人の間にしばし沈黙が訪れる。そして、


「簡単ではあるが、魔法の仕組みについての講義は大体終わりだ。早速実践に入るが……まずは、そうだな……枯れた花を蘇らせるという、理論が確定されていない魔法よりも、生きた花を成長させることの方が簡単だ。中でも根の張った植物に花を咲かせるのは最もたやすい」


 そう言って魔法使いはガーベラの鉢植えを、エミリアの方へと更に寄せてゆく。


「今まで言ったことを頭に、実際にやってみろ、呪文はヌリョケチカ・ネ・シュキビチ・スアチュイ・コスソリヅ・コアスアだ。呪文を唱え始めた時点で、もう想像を始めてしまってもいい」


 さあいらっしゃいと待ち構えているかにも見えるガーベラを前に、エミリアはごくりとつばを飲み込んだ。初魔法であるから、上手くいくかどうかの不安はやはり拭い去れない。そして緊張の面持ちで、エミリアは呪文を唱えようとすると、


「ヌリュケ……チ……チ……あれ?」


 耳慣れない言葉が全く覚えきれていないことに気づく。


 それに魔法使いはやっぱり……といったように肩をすくめると、


「ヌリョケチカ・ネ・シュキビチ・スアチュイ・コスソリヅ・コアスア、だ」


 エミリアに助け舟を出すよう、そう言って黒板に呪文の読みを書いていった。


 なるほどこれならば暗記せずともとりあえず呪文を唱えられ、エミリアはほっと胸を撫で下ろす。そして気を取り直し、「ヌリョケチカ・ネ・シュキビチ・スアチュイ・コスソリヅ・コアスア!」と黒板に書かれた文字を読みながら、本で読んだ通り、先程説明した通りの内容を頭に蘇らせていった。


 そう、『植物は、葉に多く含まれる葉緑素という色素から光のエネルギーを吸収する。それを光合成というが、その為には光の他に、二酸化炭素、水が必要である。水は根の先にある根毛から吸収され、植物の中をにある道管という管を通って全体に運ばれてゆく。水は全てが光合成に使われる訳ではなく、葉にある気孔という小さな無数の穴から水蒸気となって植物の外へと放出される。この気孔からは光合成に必要な二酸化炭素も取り入れられ……』と。


 とりあえず思いつく限りの内容を片っ端から頭に巡らしてゆき、じっと鉢植えのガーベラを見る。眼差しに力を込め、ひたすら成長することを願ってガーベラを見つめ続ける……が、残念ながらいつまでたっても目の前の葉に茎に、何の変化も表れることはなかった。考えることに、つれなく流れる時間に疲れ果て、到頭諦めてエミリアは泣きそうな顔で魔法使いを見上げる。


「そう簡単にものにできたら、誰も苦労なんかせず魔法使いになれてしまうってもんだ。恐らく、イメージが本の文字をなぞっただけになっているんだ。初心者のつまずきは多くそこにある」


 そう言って魔法使いは手本を見せるべく、「ヌリョケチカ・ネ・シュキビチ・スアチュイ・コスソリヅ・コアスア」と呪文を唱えると、鉢植えの花を見つめた。


「いいか、文字だけでなく実際そうであろう姿を写実的に思い浮かべるんだ。葉に多くある凸レンズ形の葉緑体、そこに含まれるクロロフィルという色素が光のエネルギーを吸収し、そしてそこから酸素と有機物を作り出してゆくさまを。浸透圧の差によって根毛や根の表皮組織から吸収された水が、皮層、内皮を経て、道管を伝って体中に巡ってゆくさまを。外呼吸によって気孔などから取り入れた酸素を使い、組織細胞が有機物を分解してエネルギーを取り出してゆくさまを。半流動性の細胞質基質の中に、浮かぶ丸い核の姿を。扁平な袋状の膜構造が重なり合っているゴルジ体、扁平状または管状の膜構造の小胞体、ダルマ上の微粒子のリボソーム……と、その周りを囲む様々な形の細胞小器官たちの姿を。そしてその細胞が、根端、茎頂、形成層でいくつもの過程を経ながら分裂を繰り返し、種種の組織……細胞質に富み、細胞壁が薄くて柔らかい柔細胞からなる葉の柵状組織や海綿状組織などの柔組織、厚い細胞壁を持つ細胞からなり、植物体を強固にする機械組織、表面を覆う細胞層である表皮組織、管状細胞が縦につらなり、水や養分を運ぶ通道組織……などを作りながら成長してゆくさまを」


 すると卓上の鉢植えの植物は、途端に滑らかな動きでするすると茎を伸ばしてゆき、愛らしいつぼみをつけ、やがて見事としか言いようのない真っ白な美しい花を咲かせていったのだ。


「すごい……」


「これは魔法の中では簡単な部類に入るものだ。これで感心してるようじゃ先が思いやられるぞ」


 それにエミリアは自分の未熟さをひしひし実感しつつ、簡単な道程じゃないと言った魔法使いの言葉を今更ながらしみじみ実感しつつ、それでも挫けてなるものかと、


「……はい、もう一度やってみます」


 呪文を唱え再び魔法に挑戦していった。そう、魔法使いが言ったように、葉の中の葉緑体が太陽の光のエネルギーを吸収して行くさまを、根から吸収された水が体中に巡ってゆくさまを、気孔が、細胞が呼吸をして酸素と栄養分から、エネルギーを取り出してゆくさまを。そして中心にまあるい核のある細胞が分裂を繰り返して植物が成長してゆくさまを、文字をなぞってではなく先程よりもっと具体的に想像しながら。するとガーベラはぎこちない動きながらもするするとの伸びてゆき、成功を予感して、「やった!」という気持ちがエミリアの胸に湧き上がる。そして想像しながら、「どどどど、どうしよう。もしかしてこのまま花が咲いちゃうのかしら。まだ二度目なのに、こんなに簡単に咲かせてしまっていいのかしら?」と、嬉しくありつつも動揺も隠せず思いを巡らせていると……。


「あれ?」


 エミリアは目の前の光景に目を丸くする。そう、咲いた花は、花びらが一枚しかなかったのだ。


「ふん、雑念がはいったな」


 全くその通りの指摘に、やはり甘い道程ではなかった……と、先程の喜びも吹き飛んでエミリアはがっくりうなだれる。


「いいか、想像するということは、集中力を必要とするものなんだ。たとえ私でも、体調が悪くて意識が散漫なっていれば、いい魔法は使えない。想像の途中にほかのことを考えるなんてもってのほかだ」


「はい……」


 そう返事をして魔法使いの言葉をしっかり噛み締め、エミリアは失敗の原因を反省する。そして、「もう一度やってみろ」という魔法使いの言葉に従って三度目の呪文を唱え、今度こそはと集中してエミリアはガーベラを見つめる。渾身の力を込めて、じっくり時間をかけ、これ以上はないというほどの想像を。


 凸レンズ形の葉緑体、それが太陽の光のエネルギーを吸収して酸素と栄養素を作る。根の根毛や表皮組織からは水が吸収され、それが道管を通って体中を駆け巡る。呼吸によって気孔などから酸素が取り入れられ、それを使って細胞が栄養分を分解してエネルギーを取り出してゆく。そうして成長点では細胞分裂が繰り返され、根や茎が伸びてゆく。半流動性の物質の中に浮かぶ丸い核、その周りを囲む様々な形の細胞小器官。その核の中の糸状の染色質が次第に太くなって染色体になり、それが細胞の中央に集まり、やがて縦に割れて細胞の両端に移動する。そして染色体は一つの塊になり、新しい二つの核が形成され、中央に細胞膜もできて、細胞質を二つに分けてゆく。出来た新しい二つの細胞はやがて元の大きさに成長し、それを繰り返して植物は様々な組織を形成してゆく。瞼に浮かぶ鮮明な植物の成長過程。すると、再びガーベラは伸びて……それも先程よりも大分滑らかに伸びてゆき、つぼみをつけ、やがてうっとりする程きれいな姿の花を咲かせた。


「や、やった!」


 大喜びのエミリア。今度こそは成功したという実感を覚え、褒めて褒めてというようにエミリアは魔法使いを見上げる。が、


「ちょっと待て」


 そう言ってエミリアを制し、魔法使いはガーベラに注目していた。


 エミリアもそれにならって注目すると、不意にはらりと一枚花びらが落ちた。それに続いて一枚、もう一枚と。そして全ての花びらは落ち、悲しいことにあっという間に花は枯れてしまったのだ。


 入魂の想像に集中力、今回こそは成功した自信にあふれていたというのに、無情にも結果はその期待を裏切るものとなってしまったのだった。


 中々上手くいかない自身のもどかしさに、落ち込んで再びうなだれるエミリア。


「イメージがまだ曖昧か簡略化しすぎているかのどちらか、だな。だが、最初は仕方がないことだ。何度も繰り返すうちに想像のコツというものをつかんで、もっと長持ちする花を、もっと手際よく咲かせることができるようになってくる」


 だが、自身精一杯の力を振り絞ったつもりだったのだ。これでもまだ足りないのかと、魔法使いの言葉に眩暈がしそうになってくるエミリアだった。もうこうなったらやはり、魔法使いがしたあの気の遠くなるような説明をマスターしなければならないのだろうか? そして想像力を駆使して、あの説明を鮮やかな映像に転換させるという、ひたすら地道な訓練を繰り返さねばならないと……。


「今日の所はこれで終わりだ。庭に生えてる植物を使って、多少は長持ちする花を咲かせるよう、暫く自主練習していろ。そうだな……一週間後その成果を見てやる。それまでにはせめてまともに花を咲かせるぐらいには成長していろよ。もしそれがマスターできていれば、次は切花を使って練習だ」


「か、枯れた花は?」


「まずは基本を叩き込んだからだ。枯れた花を蘇らせるなんぞ、まだまだ先のこと、それより出された宿題をこなすことを考えろ」


 まだまだ先の……ええ、まだまだなの!


 枯れた花を蘇らせる、それをそれほど難しいこととは考えて無かったエミリアは、すぐにそのステップを踏めるものだと思っていた。だが、まだまだ先のことと聞いて、エミリアは少しばかりショックを受けた。そうすることがエミリアの最大の目的であったのに、枯れた花をよみがえらせてうっとりしたかったのに、夢への道程はまだまだ長いというのだから。それに気が遠くなってゆくのを感じながら、魔法の難しさというものをつくづく実感するエミリアだった。

呪文は簡単な暗号になってます。暇がある方、良かったら解いてみてくださいませ♪

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