表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第一章 ひとひらの花びらに思いを
27/165

第三話 過去という名の鎖 その二

 それから暫しの時間の後、庭にはエミリアの姿があった。

 

 燃える怒りを周囲に発散させながら、荒々しい手つきで次々雑草を引っこ抜いてゆくエミリアの姿が。


「何が最高のエクササイズよ! なんだかんだいって仕事押し付けてるだけじゃないの! たまには草むしりぐらい自分でやりなさいってーの!」


 食事を後回しにされた恨みに、ブツブツ文句を言いながら、相変わらずの荒っぽい手つきで猛然と雑草を引っ込抜いてゆくエミリア。怒りを雑草抜きに転化しようとするかの如く、そのスピードは凄まじい程のものであった。すると、 


「こんにちは」


 突然背中に声がかけられる。文句たらたら零していたその時のその声に、もしや師匠かとエミリアはぎくりとして背中に冷たい汗が流れる。こんな言葉を聞かれたら、きっとただじゃすまないだろうことを感じて。だがその声は、もしそれが魔法使いのものだとしたら悪寒が走ってしまいそうな程柔らかなもので、絶対ありえないと思いながらエミリアは後ろを振り返ってみると、そこには……細身でありながら決して貧弱ではない均整の取れた体躯、風になびくさらさらの金髪、愁いを帯びた儚げな瞳……どれをとってもうっとり見惚れてしまいそうな青年が、その美しい顔におだやかな微笑みをたたえて立っていたのだ。その人物とは、


「で……で、殿下! どうしてここに!」


「いや、姿をくらましていた旧友が久しぶりに顔を見せたのでね、僕も会いたいとこうしてやってきたのさ」


「ああ、そういえば確かお城で……。殿下はおししょ……あわわ、いえ、アシュリーとお知り合いだったんですか?」


「まあ、ね。それより君とアシュリーが知り合い、それも恋人同士だったってことの方が驚きだよ」


 確かに、普通に考えればどこにも接点などないように見える二人、レヴィンが不思議に思うのも当然だろう。だが、それに上手い言い訳を考えてなかったエミリアは、これ以上深く突っ込まれないようにせねばと冷や汗を流しながら、


「世の中色々な出会いというものがありまして……」


 確かに奇妙な出会いであった。嘘は言ってないとエミリアは言い聞かせ、そう曖昧に話を濁らせる。何せ相手はあの国王の息子なのだから、事は慎重に運ばねばならない。


「ふーん。まあ思いがけない出会いというものがこの世には存在することは僕も認めるよ。でも……君がまさかあんな思い切った選択をするとは。あれからお城は大変な騒ぎだったんだよ。君のご両親も気の毒なほど動揺されて」


 確かに、あの場に残された両親を思うと申し訳ない気持ちになって、エミリアは肩身が狭いよう思わず身を竦める。


「お母様達は、あれから陛下の叱責を受けたのでしょうか?」


「いや、それどころじゃなかったよ、その時はね。まあそのうち何か言葉があると思うけど……」


「そうですか……」


 自分の行いの重さというものを感じて、落ち込みを見せるエミリアであった。


 だがそれに、レヴィンは気遣うような微笑みを浮かべてエミリアの顔を覗き込むと、


「でも、君はあまり気に病んじゃいけないよ、お腹の赤ちゃんの為にもね」


 レヴィンの、さりげなくも自然な優しさであった。それにエミリアは思いがけなく元気づけられ、「なんていい人なんだ!」と感激で胸がいっぱいになる。すると、


「それにしても、彼が君みたいな娘を選ぶとは意外だったよ。いや、君が悪いって訳じゃないよ。彼の好みとはちょっと違ってるかなって思って」


 なるほど、世に名高いフレイヤの涙を前に、全く微妙な雰囲気にすらならなかったのはそういう理由だったのかと、エミリアは妙に納得する。それはそれで非常にいいことなのだが、どんな人間でもばっさり切り捨ててしまいそうな魔法使いであったから、彼の好みというものがちょっと気になって、


「おししょ……じゃなくって彼の好みって、どんなもんなんです」


「そうだね……もっと落ち着いた雰囲気のある、大人の女性だね。女性らしさの中に理知的な光を持っていて、自立心のある人かな」


「おとな?」


「そう、大人」


 大人、その言葉を聞いて、エミリアは自分自身を考えてみた。どちらかというとまだ少女の面影を残す容姿のエミリア、大人の雰囲気とは程遠く……いや、容姿だけじゃなく、それ以外の部分でも全く自分とは正反対ではないか。


「おとな……」


 何故だか敗北感というか、釈然としない気持ちになって、エミリアは「おとな」と呟いて憮然とする。それにレヴィンは面白いものでも見つけたように微笑んで、


「ふふ、でも心配しなくてもいいよ。あくまで好みは好み、現実は中々そううまくはいかないってのが人の世の常だよ。好きになる気持ちに理想は関係ないってね」


 恐らくエミリアを慰めようとしているのだろう、だがレヴィンが信じてもの言っているその背景は全て嘘なのだ。なので、憮然としてしまうエミリアの心持ちも微妙に違ってくるのであって……。


「おししょ……あ、いや彼はもしかして相手に高いものを要求してくる人なのでしょうか?」


「うーん、性格に関してはどうだろ。少なくとも容姿に関しては違うと思うんだけど……でも、君を見てちょっと考えが揺らいでしまったかな。ごめん、こういう言い方は失礼かもしれないけど、容姿が良くても君のような箱入りのお嬢様は、どう考えても彼の気質とは相容れない気がして。なのに、現実は駆け落ちするほどの仲だというから……」


「あは、あは、あはは……」


 決してそんな仲ではありません。はい、そうです水と油です。推察の通りです。


 だけど、あの傲慢さも、高飛車の所も、自信家な所も、ひねくれた所も、いたぶり好きな所も、全て自分という存在が彼の気質と相容れぬところからきているのかもしれないと思うと、少し悲しくなる。


 うすうす感じてはいたが、こうはっきり現実を突きつけられると、さすがにがっくりとうなだれてしまうエミリアだった。するとそれに、エミリアの反応をどう受け取ったのか、レヴィンはほほえましいものでも見たように目を細めると、


「なんだか、思っていたのと随分印象が違うね。僕はもっとつんけんした人なのかと思っていたよ。いつも着飾って取り巻きを引き連れていたからかな、それが鎧のように見えて……」


 その言葉に今の自分の格好を思いだした。麦わら帽にほっかむり、少し前までは王に拝謁するため着せられた豪華な衣装を身にまとっていたが、まさかそれで草むしりする訳にもいかず、結局魔法使いのお下がりを着ており、おまけに顔はスッピンだった。


「あはは、イメージダウンですね、こんな格好して……」


「いや、僕はこっちの君のほうが好きだよ」


 そう言って、レヴィンはにっこりと微笑む。その微笑みはまるで舞い降りた天使のように美しく、エミリアは見とれて呆然とし、いかん、いかんと雑念を振り払った。


 彼は、名うての女たらしではないか!


 常に彼にまとわりついている噂を思い出して、エミリアは正気を取り戻す。そう、取り巻きを連れて……は、王子も同じだったのだ。王子の周りには常に彼に気のあると思われる貴族の子女達が群がっており、恋人の座を狙って、熾烈な争いがそこで繰り広げられていたのであった。更に来る者拒まずと言われている王子であったから、そこに渦巻く愛憎たるや凄まじいものがあり、部外者には近づきがたい雰囲気があったのである。


「ついてしまったイメージは怖いというか……同じ社交界という場所に身を置きながら、そのせいでお互いを遠ざけてしまっていたみたいだね。実にもったいないことだ」


 そう言ってエミリアの手を取ると、王子はその甲に唇を落とした。本来の礼儀からすれば、女性が許さなければしてはならない行為であったが、そんな無礼も許してしまいそうになるほど優しく洗練された物腰だった。


「あ、あのっ! 殿下……」


 あまりの恥ずかしさにあたふたするエミリアを前に、王子は余裕の微笑を浮かべていた。


「いけなかったかい?」


 魔法使いが闇夜を照らす冴え冴えとした月明かりだとしたら、王子は雪解けの春に大地を暖かく照らす明るい陽光だった。いけないいけないと思いつつ、その邪気のないように見える微笑みにエミリアはくらくらすると、


「いえ、キスでも何でもしちゃってください……」


 表向き、恋人がいることになっていることすら忘れて、マシュマロのような柔い自制心にそんなことを言ってしまっているエミリアだった。すると、それにレヴィンはエミリアの手を取ったまま、


「かわいいね。そんな君に草むしりさせるなんて、彼も罪な奴だ」


 噂に違わぬそれこそ罪な振る舞いでエミリアを翻弄すると、「でも……」といいながら、レヴィンは不意に表情を真面目なものにしてこう問うてきた。


「一体彼は、こんな森の中に引きこもって何をしてるんだい?」


 うっとりするように、ボーっと甘い余韻に浸っていたエミリアであったが、それにはっと我に返ると、


「再生魔法の研究ですよ」


 実のところ、エミリアも詳しいことはよく分からなかった。なので、とりあえず分かるところだけを言葉に乗せてみる。すると、


「再生魔法……彼が?」


 その言葉にレヴィンは驚いているようだった。そして考え込むようにして顔を俯けると、「まさか……」そう呟いてから暫しの後、搾り出すように「馬鹿な奴だ」、とどこか苦々しさを滲ませて言葉を吐き捨てた。


「殿下……」


 レヴィンのその様子の意味が分からず、エミリアは困惑の表情を浮かべる。


 するとレヴィンはそれに正気に戻ったようはっとして目を見張らせると、


「ああ……ゴメン。彼が再生魔法の研究なんて意外だったから」


 魔法使いの過去など何も知らないエミリアであったから、再生魔法が意外というレヴィンの言葉こそが、彼女にとっては意外なことであった。だが考えてみたら、エミリアは再生魔法を研究している姿以外、全くといっていい程魔法使いのことを知らないのであった。なので、恐らく色々知っているのだろうレヴィンを前に、途端にむくむくと好奇心が湧き上がってきて……。


「おししょ……いやいや彼は何故こんな森の中に引きこもって、ひたすら研究をする毎日を送っているんでしょうね。殿下は何か知ってますか?」


「君は……聞いてないのか」


「はい?」


「彼が話してないのなら、僕の口から言うべきではないかもしれない。ただ言えるのは……彼は王立魔法研究所の研究員だった。転移魔法部、大量輸送研究室の室長で僕の上司だった。そして、とある出来事のあと、彼は行き先もつけず姿を消してしまった、ということだけだよ」


 王立魔法研究所、それは魔法を研究する者の中でもエリート中のエリートが行く場所だった。その研究所で魔法使いはあの若さで何と室長だったという。自分が相手にしている存在は、実は驚くほどの高度な技術を持ち合わせた魔法使いだと知って、エミリアは驚きを隠せなかった。そうしてみると、どれほどの魔法なのかさっぱり検討のつかなかったあのピンクの薔薇も、ありがたいものに感じてくるのだから不思議なものだ。


 だが、部門は転移魔法だったという……何故再生魔法じゃないのか、エミリアの心には疑問が積みあがってゆくばかりだった。


 王立魔法研究所、転移魔法部 大量輸送研究室……。


 何か、聞いた覚えがある。


 だが、どこで聞いたのか思い出せそうで思い出せず、何かが喉に引っかかったような違和感に歯痒いを思いを抱いていると、ふとあることに気がついた。


 そういえば、何故殿下はここに入れたのだろうか? ここには確か……。


「け……結界は?」


「そいつは結界破りのスペシャリストだ」


 突然背にかけられた声に、エミリアは驚いて後ろを振り返った。するとそこには、この来客を好まないことがありありと分かるよう、苦々しげな表情を浮かべる魔法使いの姿があった。


「お忍びで外へ遊びに出たいがために結界破りをしているうちに、その道の達人になってしまったという、真面目に勉学に励んでいる者にとってははなはだ目障りな奴だ」


 この国で一番強力な結界を張っている場所、それが王宮だった。その王宮の結界を、理由は何とも不純なものであるが、破って、それも魔法使いの口ぶりからすると何度も破っているらしいのだから、確かにその道のスペシャリストと呼ばれても納得かもしれない。


「なのに何故か、きさまがやって来たのは転移魔法部、大量輸送研究室、どう考えても畑違いだ」


「結界破りは、必要にせまられて覚えてしまった魔法だ。実用に使う以外に興味は無い。研究するなら活発な活動を見せる部門がいいと思ってね。あの時一番君の研究室が活気溢れていた。大量輸送の簡略化は、どこの国にも先駆けて成し遂げたいわが国の目標でもあったしね」


「そのおかげで優秀な人材がはいる余地が一人分へってしまった」


「……まるで僕が優秀じゃないような言い草だな」


「転移魔法についていえば、きさまより優秀な者は腐るほどいる。王子という地位を利用して得た不当な職だな」


 曲がりなりにもこの国の王子である者に対して、あんまりとも言える魔法使いの口の利きよう。それにレヴィンは頭が痛いよう額に手を当てると、


「久しぶりだというのに、君って人は相変わらず……」


 何か言い返してやりたかったが、ある意味事実でもあるだけにあまり強い態度にも出られず、レヴィンはやれやれといった様子でそう言葉をもらす。そして、


「でも、僕が入り込んだことによく気がついたね。感づかれないようにこっそりやったつもりだったのに」


「はっ、自分の力を過信しないことだな。何せ相手はこの私だ。結界内は自分の手の中同然、気づかない訳がない」


「はは……過信ね。その言葉そのまま君に返してやりたいよ。確かに魔力の強さは認めるけど、君の結界の破り方は乱暴もいいところだからね。この前の一件では王宮の結界にどでかい穴を開けてくれたし……おかげさまで修復に相当な時間が費やされたよ」


「私はおまえのように、こそこそするのが好きでないだけだ」


 相反する性格の二人、魔法に対する考え方も違うようで、それを巡ってばちばちと火花が散るような時間がしばし流れる。だが、いつまでもそうしていても仕方がないと、その無意味さにまずレヴィンの方が気づいたらしい、ため息と共に小さく肩をすくめると、


「でもまさか、君がこんな森の奥に潜んでるとは思わなかったよ」


「……気配を追ったのか、あの時」


 あの時とは、多分この前城で起こしたいざこざの時のことであろう。それにレヴィンは「まあね」と言うと、途端に魔法使いの眉間に皺が寄り、表情が険しいものになる。


「だから、転移魔法は使いたくなかったんだ! 魔法の通った筋を追えば、行き先がまるわかりになる!」


「そんなに必死になって姿を隠すことないじゃないか。こうして久々の再会がなったんだから。でも、まさか君に恋人が出来ていたとは思わなかったよ。あの一件からようやく立ち直ったと考えていいのかな、いやよかったよかった。妊婦さんに草むしりさせるのはどうかと思うけどね」


 その言葉を聞いて、魔法使いの全神経が眼差しに集ったのではないかと思われる程の、渾身の一睨みがエミリアを襲った。彼の思いはその眼差しだけで良く分かる。まだ話してないのか! そういいたいのだろう。


 エミリアはそれに居たたまれない気持ちになると、肩を竦めて申し訳ないように縮こまった。だが、あれだけ散々魔法使いの恋人のような振りをしておいて、今更嘘ですとは言いづらい。それに、彼に嘘がばれるということは必然的に、王にもばれる可能性の高さを示しており……。


 師匠は怖い、だが嘘がばれるのも怖い、二つの怖いに挟まれて、エミリアは取りあえず見逃してくれないかとすがるような目で魔法使いを見てみる、が、


「私はもうごめんだぞ!」


 流石に二度目は無残に散った。


 魔法使いは不機嫌面、エミリアはしょんぼりして肩を落とし、何ともいえないいやーな空気が二人の間に流れ始める。そんな空気に挟まれて、レヴィンは訳が分からないといったように一人おろおろしていた。


 それにもうこうなっては仕方がないと、到頭諦めてエミリアは腹をくくると、


「実は……あれ、嘘だったんです」


「へ、嘘?」


「はい……お腹に赤ちゃんなんていないし、恋人同士でもありません。ただの、師匠と弟子の関係です」


 申し訳ないように肩を竦めるエミリア。それをレヴィンは呆然といった様子で見つめていた。


「ごめんなさい。私、あの、まだ結婚したくなくって、それでここに……できればこのことは陛下には内緒に……」


 いくらなんでも、王子の父親が嫌だとは言えなく言葉を濁してそう言う。


「嘘……だとすると、とんでもないことを言い放ったもんだな……まあ、あの親父なら、嫌だと思うのも仕方がないかもしれないけど。でも流石に親父、君のあの言葉には衝撃を受けたみたいでね、珍しく気落ちしていたよ。ああいう性格だから、暫くほっとけば君への執着もその内収まると思うけど」


「まだ……陛下は諦めてないんでしょうか」


「あそこまでいわれちゃ諦めざるを得ないけど、まだ未練は残るって感じかな」


「そうなんですか……」


 そう言って気がかりにエミリアはため息をつく。そしてレヴィンはこのことを内密にしてくれるのだろうかと、エミリアは不安げにその顔を覗き込むと、


「君の頼みを断れるのは悪魔な心の人間くらいさ。大丈夫、このことは僕の胸の中にとどめておくから」


 その気持ちを察してか、歯の浮く言葉もさらりと言ってのけ、レヴィンは寛大の心で優しくエミリアに向かって微笑んだ。それにエミリアはほっと胸を撫で下ろすと、


「ところで、エミリアは何の魔法を教えてもらっているんだい? 彼の弟子ということは、魔法の修行をしているんだろ?」


 魔法を習い始めた者を前にすれば、当然の如く発せられるだろうレヴィンの問いかけだった。だがそれにエミリアは言葉に詰まり、「えー……」と言ったまま考え込んでしまった。弟子とはいっても、まだ何も習っていないエミリアであったからそれも当然のことで、今更のようにそのことに気づいて、思わず「あれ?」と首を傾げる。


 それにレヴィンもつられるように首を傾げ、


「あれ? って……習ってないの?」


 レヴィンの疑問にエミリアはコクリコクリと何度も頷く。するとそれにレヴィンは大きなため息をついた。


「アシュリー、君は一体何の為に弟子をとったんだい。伯爵家のお嬢さんに草むしりなんかさせて、これじゃただの小間使いじゃないか」


 そう言って非難めいた眼差しを魔法使いに送った。


 それはエミリアも同感のこと。なので、そうだ、もっと言ってやれ! と心の中でレヴィンを応援しながら、魔法使いの言葉を待った。だが、彼はきょとんとした表情をして、


「……おまえ、魔法覚える気があったのか?」


「ありますよ~!」


 やっぱり居場所が欲しいだけの小間使いとしか思ってなかったのか……と、予感してはいたが、やはりはっきりそう言われると悲しい答えが返ってきて、エミリアはがっくりと肩を落とす。


「全く君は……ああ、知人と食事の約束があるから僕はもうこれで行かなきゃなんないけど、これからはちゃんとエミリア嬢に魔法を教えてあげるんだよ、時々確認にここへ来るからね」


「確認? そんなもんは必要ない。時間がないんだろ、ならさっさと帰れ」


 これ以上厄介者に関わるのはうんざりとでもいように、明らかに適当と分かる相槌を打って、魔法使いはしっしと手で払う仕草をレヴィンに向かってする。だが、それを無視してレヴィンは別れを惜しむようエミリアの手を取ると、


「いじめられたらいつでも僕の所へおいでね、部屋にかくまってあげるから。勿論親父には内緒で」


 確かに申し出は嬉しいが、相手が相手であるだけにそれもある意味危険な気もして、「あはは」と笑ってエミリアはその場をごまかす。


「それじゃあ、くれぐれも彼女のことは頼んだよ。……エミリア、また来るからね」


 魔法使いにしっかり念を押し、エミリアには再会を約束して、笑顔でレヴィンは手を振る。すると、それに魔法使いはもう我慢の限界とでもいうように、


「またって……くそ、二度と来るな!」


 そう怒りの声を上げるが、その時既にレヴィンの姿はなく、何もない空間だけがそこに残った。また、という言葉が何とも忌々しく、魔法使いの胸に不愉快という感情が胸の底に残ったが、取りあえず厄介者が去ったことにせいせいすると、その場から立ち去るべくエミリアに背を向ける。


 するとその背に向かって、


「お師匠様!」


 エミリアは声を張り上げて魔法使いを呼び止めた。


「なんだ」


「魔法、本当に教えてくれるんですよね!」


 この様子だと、王子の言葉など最初からなかったかのよううやむやにされてしまいそうな気がしたから、エミリアはもう一度確認すべくそう尋ねたのだ。


「ふん、中途半端な気持ちじゃこっちも迷惑だ。一つ魔法を覚えるだけでも甘い道程じゃない、それでも本当にやる気があるのか?」


 魔法使いの眼差しは厳しかった。だがそれにもめげず、エミリアは強く頷いた。


「一言で魔法といっても色々ある、一体何の魔法を習いたいんだ」


「再生魔法!」


 迷わずエミリアはそう言った。理由は単純、枯れた花をよみがえらせる力なんて何とも美しいではないか、とそう思ったからだ。それに習うなら、師匠が得意とするものを習った方がいいような気もしたのだ。


「再生魔法……」


 それに魔法使いは眉をひそめ難しい表情をして考え込んでいた。だがやがて、仕方がないといったように視線をエミリアに移すと、


「草むしりは終わったのか?」


「まあ、大体」


「なら、取りあえず昼飯だ。腹が空いてしょうがない。魔法は午後から教えてやろう」


 そう言って魔法使いは屋敷へと向かって歩き出した。どうやら王子との約束は反故にされずにすみそうで、それにエミリアは顔を綻ばせると、


「はい!」


 嬉しさも露にそう返事をし、その背に続いて遅れないようにと慌てて歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ