第三話 過去という名の鎖 その一
「ほう、痩せたな」
それはかえるに変えられてから三日目の朝のこと、ようやくもとの人間の姿に戻ったエミリアをまじまじと見て、飄々とした調子で魔法使いはそう言った。
「誰のせいだと思ってるんですか!」
元々ない胸から腹の辺りにかけて、ぶかぶかになっている服を恨めしげに見つめながらエミリアは言葉を返す。かえる姿を強いられてから三日間、当然羽虫なんぞ食べられる訳がなく、ずっと水だけの生活が続いたのであったから、それもそうなるだろう。
「まあ、最近太り気味だったみたいだから、ちょうどいいダイエットになっただろう」
全く悪気など感じてないかのよう、あくまで魔法使いの態度はしれっとしたものだった。それにエミリアは、
したくてしたダイエットじゃないのに!
そう魔法使いに言ってやりたかったが、最近太り気味……は、確かに気にしていたことであった。三食きっちりと食べ、毎回食後のデザートまでついてきて、更に敷地外に出ることもほとんどないような生活を送っていたのだから、そうなってしまっても仕方がない。同じような生活をしていて体型変わらずの魔法使いが不思議であったが、思いがけないダイエットに今度は少しやせすぎてしまったエミリア、
「ああ、我慢した分、今日は目いっぱい食べてやるんです」
こんな生活とは今日でおさらばと、キッシュにシチューにローストビーフ、これから何を作ろうかと考えを巡らす。いや、取りあえずぱぱっと簡単にできるようなものを作って、早目にお腹を落ち着けた方がいいだろうか。自分がかえるの間の食事として、魔法使いが買い求めてきたお惣菜の残りがあれば一番嬉しいのだが……あれもこれもと考えながら、エミリアは台所へ向かおうとする。するとその時、
「待て」
魔法使いの制止の声が響いた。振り返ってみれば魔法使いは、手で制してエミリアにそこで待つよう伝えており、そのまま居間の奥にある台所へと引っ込んでいった。そしてバターを塗ったパンを手に戻ってくると、それをエミリアに渡し、
「食え」
魔法使いの行動がいまいち理解できず、胸の中を疑問で満たしながらそのバター付きパンを受け取るエミリアであった。だがすきっ腹にそれはあまりにおいしそうに目に映り、エミリアは言葉のままぱくりと頬張った。
ああ、三日ぶりの食事、それも人間らしい味わいのある。
ここまでお腹が空いていなかったら味わえなかっただろう、その美味しさに、思わずぱくぱく食べ進めていった。すると、
「この三日間、運動不足で筋肉も衰えているだろう。筋肉量が減少すると、基礎代謝も減少する。そんな状態のまま元の食生活に戻ると、きっとリバウンドで更にまん丸だ。今の体型を維持する為には、筋肉を鍛え基礎代謝をあげることが重要」
そんな講釈をたれ始める魔法使いに、エミリアは更に疑問を深めながらパンをほおばる。
「ふぉひぇぐぁひぃっふぁいはんどぁってひふんどぇす?(それが一体何だっていうんです?)」
「あんまり食べ過ぎるとまた太るぞってことだ」
そう言って魔法使いはエミリアの頭に麦藁帽をかぶせた。そして食べかけのパンを取り上げると右手には鎌、左手に手ぬぐいを握らせ、
「という訳で、本格的な食事を取る前に、おまえに最高のエクササイズを与えよう」
「エ、エクササイズ?」
「そう、庭ではおまえの到着を待ち構えているぞ、雑草たちが」
「雑草??」